31、奴隷解放(コムネス、その二)

 誰かに揺り動かされて目を覚ました。

 目を開けると、マリオンの顔。


「ダァーーリーーーーン! いくら頑丈だからって無理しすぎよぉぉ……」


 あらら、綺麗な顔が涙でぐっしょりだ。

 俺はマリオンの涙を手で拭き、


「ちょっと血を流しすぎた……心配かけてゴメン」


「お兄ちゃん。わざと攻撃受けたんでしょ」


 サラのちょっと怒った声が聞える。


「うん、ああでもしないと、奴が近寄って来ないからな」


「それは判るわ。だったら槍先が当たる場所に火系魔法を使って槍先を溶かし、深く刺さらないようにできたんじゃないの? 肌に槍が焼き付くけど、どのみち痛いのは一緒なんだし……」


 あ! その手があった。


「格好付けるのはいいけれど、もう少し考えてちょうだい」


 はい、ごめんなさい。


「あなた、少しでもいいから食べたほうがいいわよ」


 ベアトリーチェの声。

 やっぱり心配かけたんだな。

 声が少し震えてる。


「うん、くれ。実は腹が減ってるんだ」


 目の前に細かく千切ったパンを持つベアトリーチェの手が。

 俺はパンを受け取り、口に入れる。


「美味い」


「ゼギアス様、アロンの方は多少被害が出ましたが、それでも死者は出ず、追い返したとのことです」


 ヴァイスが冷静に報告する。

 顔が見えないけど、なんか怒ってる。

 俺が元気ならきっと説教するんだろうな。


「人質は全員助けた?」


「はい、ゼギアス様。全員助けました。怪我している者は治療しました。あとは衰弱してるので、首都の一時宿泊所へ送り休養させる手はずで、今移動の準備させています」


 ヘラからの報告。

 そうか、全員無事だったか、痛い思いした甲斐があった。


「ですが、コムネスに残った奴隷もまた人質と変わらず、早急な対応が必要です」


 再びヴァイスの声。


「どういうことだ」


「今回連れられてきたのは女と子供ばかり、父親や男はコムネスに残されてます」


 そうか、家族が居る奴隷はまだ人質同然ってことか……。


「判った。アロンに伝えてくれ。これから俺が言うことを全隊長へ伝えて欲しいと」


 ”皆には無理をさせてすまない。だが、申し訳ないがもうしばらく頑張ってくれ。これから隊を編成しなおしてすぐコムネスを落としにいく。俺もじきに行くから先に進んでくれ。頼む。”


 千切ったパンとハムをいくつか食べたら、また強い眠りが襲ってきた。


「……すまない。もう少しだけ休ませてくれ。起きたら俺はコムネスの城壁まで転移する。先に城門と城壁を壊すつもりだ。ヴァイス。その予定でアロンと戦術を組んでくれ。ヘラ、今回は人質だった仲間を連れて首都へ戻ってくれ」


 ヴァイスからの返事を聞いて、俺はまた目を閉じた。


・・・・・・

・・・


 再び目を覚ますと、そこは先程倒れていた場所ではなかった。

 だが見覚えのある天井。サロモンと暮らしていた家だ。

 今は前線の見張り達の休憩所兼宿泊施設になってる。


 身体を起こすと、俺の横にはサラとリエッサ、そしてエルザとクルーグが居た。

 入り口付近には見張りのエルフ達。

 俺が起き上がったことを知ったエルフ達が声をあげた。


「ゼギアス様、ご無事で良かった」


 俺の状況は出血多量で、それももう心配はないとサラに聞かされていたから、命に危険はないと判ってはいたが、顔色が優れないのでやはり心配だったと言う。


「心配かけてすまない。だが、もう大丈夫だ」


 少し疲労感は感じるけど、この程度ならいつも通りと変わらない。


「サラ、あれからどれくらい時間が経った?」


 外が暗い。俺が目を閉じた時は、まだ明るかったんだ。


「あれから五時間くらいよ。お兄ちゃん行くんでしょ?」


「ああ、行く。皆が待ってるからな」


「あれから大変だったのよ。マリオンさんとスィールさんが……」


「あのまま神聖皇国へ殴り込みにでも行きそうだったんだから、ベアトリーチェさんとサエラさんだって似たようなものだった。ヴァイスさんがゼギアス様が泣きますよと言わなかったら本当に行ってたかも……」


「そうか、ヴァイスには感謝しなくちゃな」


「マリオンさんとスィールさんは、あの辺りにあった皇国軍兵士の遺体を全て焼き払って、何とか落ち着きを取り戻してた。ちょっと怖かったわよ? お兄ちゃんの奥さんたち」


「リエッサは冷静だったのか、偉いな」


「違う。私はヘラから頼まれたから動けなかっただけ」


「ん?」


「ゼギアス様が敵に好き放題にされているのに、見てるだけで何もできなかったヘラは、私に、ゼギアス様とともに敵を潰してきてくれと。今にも血の涙を流しそうなほど悔しそうに言った。私はヘラに誓った。必ずと。だから動かなかっただけ」


「そうか……じゃあヘラを首都に戻して正解だったな。命令無視してでも虐殺始めそうな空気持ってたからな」


 サラ達四人を見て、


「さあ、行くか。サラ、もう判ってると思うが、サラはエルザとクルーグを連れて俺の後を追って転移してくれ。コムネスから離れた場所から狙撃と支援を頼む。俺はリエッサと城門と城壁を壊す」


 サラとエルザ、クルーグは頷く。


「じゃあ行くよ。リエッサ」


 俺はリエッサと手をつなぎ、コムネスまで転移する。

 転移後すぐにサラ達も現れた。


 よし、じゃあ始めるか。

 俺はリエッサに結界魔法を応用した防御魔法をかける。

 リエッサの身体が一瞬ぼわぁっと光って魔法がかかったのが判る。


 これはナザレスと訓練中の結界系の魔法だが、物理攻撃はもちろん、魔法も多属性に耐性がある。これでリエッサを傷つけることはそうそうできない。


 リエッサと顔を見合わせ、城門前まで歩く。

 城壁上には弓兵が居て、こちらに撃ってくるが俺達は無視する。

 耳元を弓が通り過ぎ、ヒュッと音がする。

 俺は城門前に着くと、両手に魔力を込める。


 風系魔法に土系魔法の混合魔法、それに闇属性龍気を纏わせる。

 白く光る魔法の輝きが徐々に強くなる。


「リエッサ、行くぞ。だが中にはまだ入るなよ」


 俺の言葉にリエッサは頷く。


「ハァッ!」


 気合と共に、城壁へ俺は魔法を投げつけた。


 俺の手から離れた輝きが城門を覆っていく。

 白い輝きに触れたところから城門が消えていく。

 城門全てが輝きに覆われ、輝きが消えると同じく城門も跡形もなく消え去る。




 中の守備兵が近寄ろうとする歩みを停めてるのが見える。

 俺の魔法に触れていたら、闇属性龍気の効果で消えていたところだ。


「リエッサ、俺のあとに付いてきてくれ」


 そう口にして、俺は城門があった場所からコムネスの中へ入っていく。


「おい、領主を呼べ、その際、奴隷をすぐ解放しろと伝えろ。無条件でだ。今から二十分時間をやる。答えがなければ、まずこの都市を囲んでいる城壁を消す。次に建物を消していく。いいか? 俺は今気が立っている。一分過ぎても俺はやるからな。行け」


 俺は守備兵に急がないと時間がなくなるぞと、守備兵の後ろ姿に叫んだ。


「リエッサ、外を見ていてくれ。まだ大丈夫だと思うが、侵攻していた敵軍が戻ってくるかもしれないからな」


 リエッサは城門の外へ出て、遠くを監視している。


 十分を過ぎた辺りで、”待てー、待ってくれー”という声が聞こえた。

 声のする方を見ると、領主かは判らないが、男がこちらに駆けてくる。

 腕を組んでその男の到着を待っている。


 男は到着すると、


「わ……わ……私が……領主の……ブロス・メラーだ。ハァハァ…………」


 腰を折り膝に手をついてゼェハァ言っている。

 太ってるわけではないが、腰回りには肉がタプついている。

 乱れた上着の隙間から、腹が見えてる。


 その体型でここまで全力疾走したのなら少しは真剣に受け取ったと認めてやる。


「奴隷をすぐ解放しろ。条件も譲歩もなしだ」


 俺は素っ気なく言う。事実どんな交渉もするつもりはなかった。

 また奴隷を人質にするというのなら、俺もこのまま街を壊していくだけだ。

 ついでに住民も死ぬかもしれないがそんなことは知らない。

 今日の俺は我慢できる余裕が無い。


「わ、判った。判ったから、一時間だけ待ってくれ、住民に伝達するから……」


「いいか? 早くしたほうがいいぞ。一時間経っても奴隷を解放する気なしと俺が判断したらすぐやるからな」


 ”嘘は言わん”と言って、領主を追いかけて来た役人達に指示して、自身もどこかへ走っていった。息を切らせていたはずなのに、また走ったりなんかして住民への伝達できんのかな?

 だが、それは俺の知ったことではない。


「ゼギアス様」


 リエッサが遠くを指さしている。

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