31、奴隷解放(コムネス、その一)
敵も馬鹿じゃない。
うちには兵力数に難があると考え、二手から攻めてくるようだ。
東側が四万、西側が六万、総数十万の兵力。
東と西の間はおよそ三十キロ。
リエンム神聖皇国側から我が国へ侵攻する際に必ず通る平野部の両端だ。
それより広がると、片側は確実に山岳地帯を通らねばならない。
我が方に地の利がある山岳地帯を避けるのは当然のことだ。
「やはりこう来たか」
うちは攻める分には強い。
だが、守りになると今回のように攻められると弱点がはっきりと出る。
「今回はさすがに片側はゼギアス様に担当してもらうことになります。戦場間際まで固まっていて、そこから分かれてくれるなら、分かれる前に戦端を開けばいいのですが、最初から分かれてこられると現有の兵数では対応できません」
ああ、その通りだ。
敵がこのような策で来た場合、片側を俺が担当するのは既定の方針だ。
「もう一点困ったことがあるのです。偵察の報告によると、どうやら人質を連れているようなのです。リエンム神聖皇国南部の西側中核都市コムネスの奴隷から、その数はおよそ三十名程度のようです」
「東西両軍共か?」
「いえ、東側だけのようです。」
「じゃあ、東は俺が受け持つ。サポートにエルザとクルーグ、地上部隊はヘラの部隊五百名、あとは治療・回復でエルフを五十名くれ。その他は全部西側で……でいいか?」
「空戦部隊は必要ないですか?」
「そっちで使ってくれ。前回と同じ兵数がそちらに居るんだし、今回は魔法師も投入してくるだろうよ。そうじゃなきゃ前回から学んでいないということだろう。敵もそこまで馬鹿じゃないさ」
「私もそう思いますが……ではそちらにはヴァイスハイト宰相を飛竜と共に同行させてください。東と西の連携をとれる機会があれば、ヴァイスハイト宰相に居てもらえると話が早いので」
「判った。そうしよう。では早速行くか」
・・・・・・
・・・
・
怒りで頭がどうにかなりそうだ。
敵将の戦闘神官トリスタンは、俺達の姿を見るなり、魔族の子供二名を軍使代わりにこちらへ送ってきた。
……背中と腹部を裂いて。
その子達はエルフの治癒魔法と回復魔法でなんとか命はとりとめた。それは良かった。だが、痛かっただろう、怖かっただろう、苦しかっただろう……。
こんな非道で残虐なことを……ああ、この怒りをどうしたらいい……。
(サラ、聞えるか? 俺のそばまで来てくれ)
思念から俺の感情に気づいたのだろう、サラはすぐ来てくれた。
サラを呼んだのは、この分だと人質にされてる奴隷たちがどんな目に遭っているか判らないからだ。サラが居れば部位欠損でも治癒できる。それだけ命を失わずに、今後の生活に支障のないようにできる。
トリスタンからの伝令はこうだ。
”ゼギアスが一人で出てこい。これから二十分後まで出てこないようなら人質を一人づつ殺す”と。
俺は出ていくことに決めた。
何か企んでいるのだろうが、抵抗できない人質の命を危険に晒すわけにはいかない。
「俺が敵将を倒したら、エルザとクルーグは人質を捕まえてる奴らを撃て。急所を狙え。情けはかけなくていい」
「ヘラ。エルザとクルーグが撃ち始めたら突撃して人質を解放しろ。その後は状況次第で撤退するのも敵を殲滅するのもお前の判断に任せる。だが、上空のヴァイスから指示があったらそれに従え。いいな?」
「サラとエルフは、支援と怪我人の治癒を頼む」
全員、無言で頷く。
子供達への敵の所業に怒りを感じ、口を開くだけで敵に攻撃してしまいそうな自分を抑えてる。みんなの空気が伝わってきた。
俺は指示を終えると、敵軍に向かって歩きだす。
敵軍の十メートル前ほどに近づいた時、敵将は人質を連れた兵を横に置き話しかけてきた。
「お前がゼギアスか」
俺は敵将を睨んで頷く。
「そこで止まれ。これからお前は公開処刑に遭うんだ。お前が避けたり抵抗すれば、もうお判りの通り、人質が一人づつ死んでいくのよ」
歯を食いしばり無言で睨み続ける。
「お前も馬鹿だよな。奴隷を解放したいんだってな? こんな価値のないものに拘って、人質にされたからって死にに出てくるんだ。もう、笑っちまうよ。ヒャハハ……。だが、俺のストレス発散に利用させてもらうぜ。おもしれぇ戦いをジャムヒドゥンとやれそうだったってのに、蛮族どもの相手をしろってよ。腹がたったぜぇ。まあ、いいや。お前さえ居なくなればジャムヒドゥンのほうへ戻れるだろうよ。さっさと死んじまいな」
そう言って、魔法を唱え始めた。
敵将の振り上げた両手に魔力が集まり、ぼんやりとした光がどんどん強くなっていく。俺は黙ってそれを見ている。
敵将が両手を振り下ろすと、敵将の手から黄色の魔法の塊が幾つも飛び出し、俺の頭、胸、腹といたる所にダンッ、ドスッ、ガンッとぶつかり弾けていく。このくらいなら特別防御しなくても、俺の身体が勝手にレジストする。
「ほう、なかなか頑丈じゃねぇか。それじゃこれではどうだ?」
敵将は幾つかの魔法の塊を一つにまとめ、それを俺にぶつける。
ダァンッ……。
後方に俺の身体が弾け飛び地面に仰向けに倒れる。
「ほら、起きな。まだ大丈夫だろ? もう少し楽しませてくれ」
俺が立ち上がると、続けてぶつけて来る。
ガァアンッ……ボスッ……バアァンッ……。
そのたびに俺は地面に倒れ、再び立ち上がる。
さすがに戦闘神官というだけはあるか。
俺を倒すほどの威力ある魔法を立て続けに打てる奴はなかなかいない。
何度かそれを繰り返すと
「へぇ、魔法への耐性がもともと強いのか。このままじゃ埒が明かねえな」
敵将の後ろに立つ兵士から槍を数本受け取り、俺に届く距離まで近づいて来る。
そして片手でズンッと勢いよく俺の腹に槍を突き刺してきた。
ボハッ……いてえ、これはさすがにいてえな……。
槍が刺さったところから血が滲んでくる。
「まだ立っていられるのか、確かに化物だな。じゃあ、続けて行くぜ。どこまで耐えられるかな?これはおもしれえわ。ハリネズミにしてやる」
敵将は俺の肩へザグッと刺し、再び腹へグザッ、太ももへザスッ、またも腹にドゴォッと槍を突き刺してきた。頭部を残して体中が血まみれだ。自分の血の匂いで酔いそうな気分。
俺の身体に五本の槍が刺さった。
くそっ、マジでいてえな……。
俺はついに仰向けにドンッという音と共に倒れた。
俺の名を呼ぶヘラの声が遠くで聞える。
ヘラの他の仲間が何か叫んでる様子がわかる。
……心配するな。
俺はまだ死なない。
敵将は少し息を荒くしながら倒れた俺を見下ろし
「ハァ……ハァ……こいつどんな身体してやがんだ。槍五本刺すだけでこんなに力必要だなんて信じられねえ。だが、それもこれでおしまいだ」
敵将トリスタンが俺の横まで近づき、グイッと槍を振り上げた。
俺は腹に刺さった槍を左手で抜き、トリスタンを刺そうと動く。
「ヘッ、そう来ると思ってたぜ……ん?こ……こいつ俺の足を掴んでやがる。離せ! この野郎」
フフ、槍は囮さ。
俺はやつの右足首を掴んだ手から魔法を使う。
刺されてる間も体内で練っていた魔力。
それを右手からこいつの身体へ送るように魔法を発動させる。
マリオンと初めて会ったとき、マリオンが使った技。
「つ……か……ま……え……た……ぞ。…………溶けて無くなれ!」
敵将の身体を超高温の炎が一瞬で包む。
その炎の温度はな、千五百度は超えてるんだよ。
間違いないんだよ、ガラス溶かして確かめたからな。
「ウオオオッ! あ……あちぃ!! やめろぉぉぉぉぉ!!!」
……うるせえ……、知らねぇよ。
敵将が暴れてるほうへ顔だけ向ける。
顔を両手で覆い目を守ろうとしてるが、ククク、その手がもう溶け始めてるぜ。
ざまあみろ、あの子達の痛みを思い知れ。
グアァァァァァァァァアアア……。
火を消そうと必死にもがき苦しみ転がってる。
フンッ、そんなもんで消えるわけがねぇだろう。
うるせえから早く溶けちまえよ。
てめぇの汚え声はもう聞きたくねえんだ。
手の指は既に溶け落ち、目も溶けて潰れ穴が見える。
顔は既にドロドロに溶け原型を留めていない。
服は燃え尽き、見えてる肌も焼けただれ、ああ、これはどうせ死ぬなと判った辺りで、敵将の身体がビクッビクッと震え、そしてパタと動きを止めた。
敵将の身体はまだ燃え続けている。
溶け続けている。
焼ける匂いが鼻をつくがこのくらいは我慢してやる。
………………ああ、やっと静かになった…………。
大の字で横になり空を見上げながら、敵兵を撃つAK-47の音を聞く。
ダァーン、ダァーン、ダァーン、ダァーンと続け様に狙撃音が聞える。
いい音だ。人質を頼む。
倒れてる俺を通り過ぎる無数の足音。
うん、ヘラが人質を助けているんだろう。
そうだ、まず人質を解放しろ……それが俺達の誇りだからな……。
ああ、俺のことは今は置いておけ、大丈夫死にはしない。
「お兄ちゃん!!」
……サラの声だ。
そんなに心配するな。
俺はまだまだ大丈夫さ。
サラも知ってるだろ?
俺は頑丈なんだ……。
俺の身体が暖かくなる。
サラが治癒魔法使ってるんだな。
俺の身体、薄い青色に光ってるんだろうな。
……急に眠気が襲ってきた。
「……わ……悪いけど……一時間経ったら起こして……くれ……ない……か……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます