30、深まる関係(その三)

 改めて領主宅へ伺い、使用人達には石鹸の他にシャンプーも配った。男性には無香料のもの、女性にはスズランの香りを付けたものを。


 領主達だけに気に入られるだけではダメだ。

 噂話好きの、話し好きの使用人達にも気に入られなければならない。


 当然領主様達にも石鹸とシャンプー一年分程度をお土産で渡した。

 我が国でシャンプーを使用した経験があるお母様がとても喜んでくれたのは言うまでもない。


「妻はよほど気に入ったようで、今まで使っていたものはまったく使わなくなりました。またゼギアス様に言われた通り、付き合いのある貴族のお宅数件にも渡しておきました。女性というのはどこの家でも同じようで、妻のところへ……入手先を何とか聞き出そうと毎週のように遊びにきておるようです。もちろん誰にも秘密にしておりますよ?」


 領主のカレイズからも石鹸の香りが微かに漂う。

 どうやらカレイズも気に入ってくれたようだ。


「そうですか。今日はシャンプーもお持ちしました。是非お使いください」


 領主も奥様も大喜びしてる……。


 ……フフ…………フフフ…………フフフフフフフ…………


 皆、我が国の秘薬の香りに酔いしれるがいい!

 世の中のほぼ半分は女性、我が国なんか七割以上は女性だ。


 女性が飛びつく商品のリサーチは我が国では簡単なんだ。


 まあ……種族的には偏りが激しいけれども……。


 とりあえず、オルダーンでは果物で女性の胃袋を……ザールートでは石鹸で女性の美を追求する心を……、これからもっといろんなモノ作って……我が国の製品でこの大陸の女性全てのハートを鷲掴みする!


 サロモン王国製品なしではイヤァ~~ンな女性ばかりにしてやる!

 二十一世紀の地球の知識や技術を利用して、この世界では我が国でしか作れないものをドンドン売っていくんだ!!


 中世時代に片足踏み入れた程度のこの世界の技術では太刀打ちできまいて。


 ん? 卑怯? 聞こえませんなあ……。

 公平な勝負じゃないなどというのは、敗者の……持たざる者の僻みだ!


 とにかくだ。

 男は好きな女の身体と心を開かせたいからな。

 そのためには金を使うもんだ。


 俺の持論!


 『男の財布は女が開かせるもの!』


 そもそも男って自分のためにお金をそんなに使わないと思うんだ。

 これは前世での俺や俺の周囲がそうだったからってのもあるが、自分のためにお金を使う男ってそうそう多くない気がする。


 ギャンブルや酒や趣味に使う男は居たけどさ?

 ほとんどの男はそれらにさほどお金使ってなかった覚えがある。

 でも女って、自分のためにはお金を男よりも使うと思うんだ。


 少なくとも俺にはそう思えた。

 だから客のターゲットは女にすると決めている。


 うん、領主の前にいる俺の表情は爽やかな笑顔の能面状態だろう。

 でも内面はきっとゲス顔してると思う。うん絶対。そう絶対……。


 でもね?


 オルダーンはもちろんザールートにも損などさせない。

 きっちり儲けていただこうじゃあないか。

 儲けていただけるよう最大の努力をしようじゃないか。


 そうじゃないと第二第三のザールートが生まれない。

 我が国との関係を強化し維持したい街や国が生まれない。


 それは困る。俺達の国への、亜人や魔族への偏見を減らしていくには第二第三のザールートは必要なんだ。


 俺がやってることで損をしてるのは、もっと正確に言えば、損をしてるように見えるのは別の世界で特許や商標などの知的財産権を持ってる方々。


 だけどさ?


 こちらの世界の富に関われない人や組織にとって、俺がやってることは本当に損させてることになるのかな?


 まあ、面倒臭いことはこれ以上考えないでおく。

 今まで亜人や魔族を奴隷としてこき使ってきた奴らが、自分の商品売れなくなって困ろうと俺は知らん。


 俺は開き直って、自分にできることで国民の富を増やしていく。

 協力者にも損をさせないウィンウィンの関係を築いていく!


 まとまらないまま適当なことをいろいろ考えてる俺に領主の奥様は笑顔を見せる。


「まあ、嬉しい。ゼギアス様のところで……シャンプー……ですか? それを使うと洗髪が楽しいと思えましたわ」


「それは良かった。お褒めいただいて、我が国の者達もきっと喜ぶでしょう。ありがとうございます」


「それで、ゼギアス様、私共で他にすることはあるでしょうか?」


 領主が別の儲け話を探ろうとしてか、それとも俺に不満があるかを聞こうとしてるのかは判らないけれども、声をかけてくる。


「そうですね……やはり地域の安全を高めることと、街の清潔感を高めることは早いうちに手をつけたほうがいいと思いますね。せっかく寄ってくれたお客様にはまた来ていただきたいですし、口コミも大事ですからね」


 ザールートはオルダーンより全然大きい街だ。

 街が大きくなると、雰囲気の悪い治安の悪い地域がどうしてもできてしまう。

 これは諦めるしかない。


 だが、この街に来たお客がそういう場所に足を踏み入れないとは限らない。

 万が一そういった場所へお客が入ってしまっても、被害は最小限ですむように対策しとくべきだろう。


 また汚い場所を目にした客の印象は、悪ければ街全体の悪いイメージにも繋がる。衛生的で清潔感ある街作りは住民の毎日のちょっとしたケアさえあれば可能だ。特に、排泄物を街中の水路に流すなど以ての外だ。臭いし非衛生的だしね。


 その辺の住民の意識作りの重要性も領主に説明した。


 まだ住民が千人にも至らないオルダーンと違って、十万人の住人を抱えるザールートでやるのは大変だろうけど、少しでも向上してもらえれば、必ずその努力は利益としてザールートに返ってくる。


 だって、ジャムヒドゥンのサバトルゴイも、リエンム神聖皇国のニカウアも俺基準では汚かったし臭かった。

 もしザールートが衛生的で清潔な街に生まれ変わったら、……我が国ほどでなくても……、訪れた人の感想は絶対にいいはず。再び訪れたいと考えるだろうし、移住希望する人も増えるだろう。それは街を活気づけることに繋がる。良い商品を売るだけでなく、衛生的な街作りを心がけるだけで景気は良くなる。


 我が国を見て、体験して貰った奥様や息子さんたちがいるのだから、領主も納得してくれると思い力説した。


「判りました。これからはご意見に従い、ゼギアス様から見てもザールートは衛生的で清潔な街だと感じていただけるよう住民と努力していきます」


 判ってくれたようだ。

 良かった。


「あと、ここザールートともオルダーン同様に同盟を結んでいただけませんでしょうか?」


 ん? そこまではまだ考えていなかったんだが、領主はかなり前向きな口調だ。


「えーと、ご存知のようにサロモン王国は奴隷解放を目指して、現在リエンム神聖皇国と戦争状態にあります。この状況下で我が国と同盟を結ぶとザールートに不利益が発生するように思うのですが?」


「ええ、判っております。もちろん、かなり考えました。ですが、リエンム神聖皇国はご存知のようにケレブレア教を国教として採用するよう圧力をかけています。今は私共のところなど視野に入っていないようですからその圧力はさほどではありませんが……」


 ザールートは、この辺りの精霊を崇める宗教の信奉者が多いので、リエンム神聖皇国の下には入りたくない。


 一方、ジャムヒドゥンは属国には宗教の自由を認めるけれど、属国となると税が高い。人頭税に印紙税など徴収されるという。現状、さほど豊かとは言えないザールートには、ジャムヒドゥンに税を支払うとなるとかなり貧しくなってしまう。


 サロモン王国の税は安いということをオルダーンから聞いている。


 うん、確かにうちはオルダーン周辺警備の経費はほぼ実費分貰ってるが、特に税を貰ってはいない。

 その上、領地経営も手伝ってもらっている。このようなサービスは他国はしてくれない。

 だったら、ザールートもオルダーン同様にサロモン王国と共に生きようと考えたとのこと。


 うーん、有り難い申し出だ。


 でもね……。


「我が国としてはとても有り難い申し出です。でもしばらくは今のまま中立国で居ていただきたい。もしザールートが他国から侵略されそうなときは必ず私共も皆さんと一緒に戦います。それはお約束します」


 俺はサロモン王国が蛮族の国ではなく、文明的な国と周知されるまでは、ザールートに色を付けたくない。今、サロモン王国の色が強く見えると、ここを訪れる人は先入観を持って来ることになる。そうではなく、あくまでも自然に無意識のうちに我が国の製品を利用する人が増えるのが望ましい。


 更に、リエンム神聖皇国とは戦争状態にあるけど、ジャムヒドゥンとはまだ一度も戦ってはいない。ジャムヒドゥンに近い街人口十万人のザールートと同盟を結ぶと刺激することになる。人口が千人に満たないオルダーンとは話が違ってくる。今はまだジャムヒドゥンと争う時期ではないと考えているので、実質的には同盟関係でも、条約を結ぶのはまだ先にしたい。


 一応、万が一のために、ザールートの領地をグリフォンによる巡回することにするので、住民にはグリフォンを見ても恐れる必要はないと周知させて欲しいと付け加えた。


 俺の説明に領主は理解したという表情を見せ頷いた。

 俺としては、サロモン王国の勢力圏を今はまだ外にあまり広げたくない。

 今のまま開発が進めば、国内だけで十分。できることなら、ザールートの住民達全員に将来は移住して貰いたいくらいなんだ。


 最近調べて判ったことだが、グランダノン大陸南部の八割以上の土地に誰も住んでいない。現状の全国民を集めても首都とその周辺を開発してる地域だけで居住地としては十分だろう。でも、今まで住んでいた土地から離れることを嫌がる者もそれなりに居る。だから各地を結ぼうと考えてる。


 だが俺達の軍事力ではグランダノン大陸南部を守るにも今のところは全然足りない。勢力圏を外に広げるなんて自殺行為と言われても仕方ないんだ。


 それでもオルダーンやザールートのような既に認知されてる街との協力は必要だ。我が国が文明国と周知されるためには必要だ。


 だから可能な限りは援助する。

 巡回は手伝える。

 だが周辺の大国からの侵略に常時備えるのは無理。

 今はこれで精一杯。


  (ゼギアス様、至急こちらへお戻りください。リエンム神聖皇国が動き出しました。)


 ヴァイスからの思念伝達が届く。


「すみません。国から呼び出しが来たので、急ぎ戻らねばなりません。あとの実務的な話は担当の者をこちらへ寄越しますので、宜しくお願いします。申し訳ありませんがこれで失礼いたします」


 領主達に立礼して、俺はヴァイスが居る首都まで転移した。


 ゼギアスが去ったのを見送った領主達は、この場で話したことを実施するため、政務に携わる者を呼び出し、早速取り掛かった。

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