27、はじめての奴隷解放(その四)

 ニカウアの城門前まで到着したので、第一地上部隊のラルダへ指示する。


「城門だけ壊しちゃって貰えますか?」


 ラルダは頷き、部下を二名連れ、ラルダの身体ほどでかいハンマーを持って城門に近づいていく。


 城壁には窓があり、そこから攻撃しようと敵の弓兵がラルダを狙っている。

 余程の貫通力が無いと、支援魔法など受けなくてもラルダの身体に弓は通らない。とは言え、無駄なリスクを負うのは嫌なので、ゴルゴンにラルダへの支援魔法を指示する。


 青い肌のラルダの肉体に力がはいっているのが見える。

 巨大なハンマーをフンッと力を入れて持ち上げた。

 そして背後へまわし、そこから一気にハンマーを城門に叩きつける。


 ババッガガッという音と共に厚い木製の扉に穴が開く。

 ラルダは開いた穴の周りにハンマーを何度も叩きつけた。


 バシッ……。

 グギャッ……。

 音が鳴るたび、穴が広がっていく。


 やがておよそ二メートル四方くらいの穴が開き、ラルダはハンマーを両手に戻ってきた。 


「ご苦労様」


 俺が声をかけると、何事も無かったかのような表情で軽く頭をさげラルダは部隊に戻っていった。


 敵の弓兵は結局攻撃してこなかった。

 多分、敵の司令官の姿を俺達の軍の中から見つけたのだろうと思う。


 トール・エムガノン、降伏勧告に来た軍使。

 敵が降伏し敵軍を返したあと、戦場で倒れていたのを見つけた。

 司令官連れながらのんびりとニカウアへ向かってる間に、ニカウアの方針を決めておいて貰おうと、彼に伝言して飛竜でうちの兵士に送らせた。


 ”俺が城内に入ったら、奴隷を解放するのかしないのか、ニカウアの返事を聞かせて欲しい、返事が無ければこちらとの交渉の意思なしとして、勝手に城内を捜索し奴隷を連れ帰る。その際、建物などが壊されることになるだろうけど、それはそちらが希望したものとして対応する。”


 こんな感じの伝言したのだから、俺が城内に入った以上、何らかの動きがあるだろう。素直に奴隷解放するのか、俺達が勝手に城内を捜索するのを認めるのか、まあ、抵抗を再度始めるという手もあるが、それは選ばないんじゃないかと思うよ。


 俺達が壊した扉から入っていくと、トールと共に、ぞろぞろと守備隊らしき兵士を連れた推定年齢六十歳くらいの派手な衣装きた男が近づいてきた。


「こちらがニカウア領主ヒルハルド・アムゼン様です」


 トールが俺に横にいる男を紹介した。

 顔や表情だけで判断しちゃいけないんだけど、こいつ嫌い。


 俺は身長高いから、人から見上げられるのは慣れてる。

 多くの人は顔を上に向けて俺を見る。

 だが、こいつのように上目遣いで見て、口端の片側をあげて嫌らしい笑みを浮かべる奴には会ったことがない。


「お前が蛮族の王ゼギアスとやらか」


「ああ、そのゼギアスとやらだ。返事を聞きに来た。要求はそこのトールから聞いただろう?」


「それでだがな。奴隷は解放できない。本音を言え。金か? 女か? それとも地位か? 中央に言ってやるぞ? その辺の村のいくつかをまとめる領主くらいなら頼んでやる。奴隷なんかより欲しいのはどれだ?」


 うーん、”殺しはしないけど、いくらか痛い目見せてもいいかな?”

 そういう思いを込めて、トールを見た。


「ですから領主様、奴隷の解放だけしか要求されておりませんので」


 トールの怯えたような視線の先には俺の仲間がある。

 戦場での彼らを見たトールは、領主が俺を怒らせないか危惧している。


「そんなはずはなかろう。奴隷なんぞにさほどの価値はない。そんなもののために攻めてきたというのか? 考えられん」


「俺は話の通じない奴といつまでもウダウダ話すのは嫌いなんだ。奴隷は解放しない。それでいいんだな」


「ああ、そうだ」


「そうか、それじゃトールに伝えたように、こっちは勝手にやらせてもらう。止めたかったらお好きにどうぞ。だがその場合は命がないからそのつもりで」


 俺は後ろを見て、右手をあげた。

 家を壊してもいい。だが人は殺すなと言ってある。


 俺の合図で、厳魔が家の扉を壊し、中へ他の部隊が入っていく。

 建物の中から人が放り出されていく。


 見つけた奴隷は、俺達の軍の後ろ側へ連れて行く。


「や、やめろ! 何をするんだ」


 領主が俺達の動きを見て、叫ぶ。

 領主にとっては全く予想外の行動だったのだろう。

 だが、そんなものは知らん。

 俺は有言実行しているだけだ。

 領主の叫びを無視して、仲間に指示していく。


「誰か、誰か小奴らを止めろ! 私の責任になるではないか」


 なるほど、こいつは雇われ領主か。

 ここの住人に住人の責任がない損害が出ると、住民から請求が出る。その請求の内容は中央の目に止まり、追求されることになるのだろう。


 まあ、いいや。こいつがどうなろうと知ったことじゃない。


 領主の命令に従った兵士が数人俺を捕まえようと近づいてきた。

 俺が動く前に、リエッサの後任でアマソナスの部族長になったヘラが近づいてきた兵を蹴り飛ばす。

 つま先まで一直線に伸びた蹴りのモーションが美しくて、思わず拍手しそうになった。


「薄汚い輩が、許しもなく我らが王に近づくな!」


 おお、何か嬉しい。

 この戦いが終わったらヘラに何か奢ってやろう。


 おっと喜んでる場合じゃないな。

 ヘラの肩に手を置いて


「ありがとう。そこらでやめておいてやれ」


 ヘラに蹴られた兵士は数メートル飛んで地面にへたり込んでいる。

 まあ、死んじゃいないだろう。


 ヘラは振り返り頷いて、俺の後ろへ下がった。


 俺は、領主の言葉など無視して作業を続けるように仲間に伝えた。


「誰か、誰か、止められる者はおらんのか!」


 領主は怒鳴り続けているが、軍隊が負けて今の状況なのだ。

 降参した兵士達は自分達の力が通じないと知ってるし、兵士が動きもしない相手に向かってくる奴はさきほどヘラに蹴られた奴くらいのもんだろう。


 十軒ほど捜索が終わった時、


「わ、判った。こちらでも相談するから少し待ってくれ」


「今まで十分時間はあっただろう。俺達がお前の要求に従う必要はない」


 だいぶ青ざめた顔の領主を見下ろして、俺は作業の中止など指示するつもりはないと伝える。


「奴隷の解放などという戯言が本気だなどと思わなかったのだ」


 いい加減腹が立ってきた俺は領主の胸ぐらを掴まえて、そのまま持ち上げる。


「戯言? ふざけるな。奴隷の解放を戯言だなどと二度と口にできないようにしてやる」


 俺は領主をそのまま投げ捨てた。

 そして正面にある柱まで近寄り、右手に無属性龍気を溜めて殴った。

 ドゴッという大きな音がなり、柱には俺の拳の形に穴があいた。


「次に戯言だなどと言う奴の腹にはこれと同じ穴を開けてやる。そのつもりで口を開くんだな」


「おやめください!」


 遠くから女性の声が聞える。


「父には私から言っておきますので、奴隷は解放しますので、これ以上はおやめください」


 どうやら領主の娘のようだ。

 金髪を揺らしながら領主に駆け寄り、青い瞳を俺に向けている。


 意思の強そうな娘だな。

 まあ、気絶してる領主など無視してこの娘と交渉したほうがいいか……。


「どうやって奴隷を解放する?」


「これから私が住民へ命令します」


「じゃあ、あと少しだけ……そうだな二十分待つから指示しろよ。待ってる間に解放した奴隷からも情報を集めるから、隠そうとしても無駄だと住民へ伝えろ。もし隠そうなどとしたら、その家は消すと付け加えておけ。あんたのオヤジさんのせいで俺はそろそろ我慢の限界なんだ。そこのところ覚えておいてくれ」


 俺は仲間に作業を一旦中断するよう伝えた。

 そして解放した奴隷には、この街で知ってる奴隷を教えるようにと伝えた。


・・・・・・

・・・


 十分後あたりから、奴隷が俺達へ近づいてきた。

 連絡がついた家から奴隷を解放させているのだろう。

 うん、これなら動きが止まるまで待ってもいい。


 仲間にも奴隷たちが解放されている間は待機と伝え、エルフには奴隷で怪我などしてたら治療しておいてくれと伝える。


「全住民へ連絡できたと思うわ。ただ、確認はできていない。でも今できるだけのことはしたつもり。そちらで確認できることはしてもいいわ。でも建物などは壊さないと約束して」


「ああ、いいよ。約束しよう」


 俺は奴隷たちに”ここに居ない奴隷は居ないかを確認してくれ”と伝えた。

 すると五名ほど見当たらないことが判った。


 それで所有者は判るかと聞くと判ると答えた者を連れて、奴隷が居るはずの家へ行く。領主の娘にここの家に奴隷が居るはずだと伝え、家主を呼び出して貰う。


 うちには奴隷など居ないというので、確認させてもらうだけだと言っても抵抗した。

 領主の娘へ、扉だけ壊させてくれと言うと、家主は観念して、家の中から奴隷を連れてきた。


 そんな風に、他の奴隷も全員見つけ、奴隷達に俺達の国へ連れて行くつもりだが、ここに残りたいなら無理にとは言わないと話した。中には、俺の話をどうしても信じられなくて、逃げたら殺されると言い続ける者も居た。


 俺は領主の娘を連れてきて、


「今日解放した奴隷は皆連れて行く。だが、ここに戻りたいというものが居たら、後日ここに帰す。その時、その奴隷が酷い目に遭わないよう約束してくれないか?」


「ええ、約束するわ」


「そうか、あんたと最初から話したかったよ。俺はゼギアス・デュラン。あんたの父親が蛮族の国と呼んだサロモン王国の王をやってる」


「私はエーリカ・アムゼン。ゼギアス・デュラン、その名前覚えておくわ」


「じゃあ、騒がせて済まなかったな」


 俺は振り返り、


「俺達の目的は達成した。さあ、国へ帰るぞ! 新しい仲間のためにすることもたくさんある。でも楽しくやっていこう!」


 拳を握った両手を掲げ、勝利宣言を敵前で行う。

 仲間たちは歓声をあげた。

 皆の顔が誇らしげで俺はますます嬉しくなった。


 アロンが各部隊隊長へ指示を出す。

 俺達は隊列を整え、振り返らずに国に向かって歩き出した。

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