28、エーリカ・アムゼン(その一)

 ニカウアから奴隷を解放し、勝ち戦に湧く仲間との帰路。

 アロンが懸念を伝えてきた。


「ゼギアス様。あのエーリカという娘。責任を負わされてしまうかもしれませんがこのままにしておいて宜しいでしょうか?」


 なるほど、あの領主が責任回避のために娘を犠牲にすることもあると。


「それは嫌だな」


「では、モルドラに様子を伺わせておきましょうか?」


「ああ、そうしてくれ。でもモルドラには無理しないでくれと伝えておいてくれ」


 アロンは頷き、首都に居るモルドラと連絡をとる。

 モルドラはアロンがジャムヒドゥンの隣国から連れてきた人間の男だ。


 モルドラはもともとアロン……ズールを殺害しようとした者に雇われた暗殺を生業とする男だった。ところが、モルドラの仲間が暗殺に失敗した時、モルドラの所在もバラしてしまいズールに捕まった。モルドラの仲間たちが全員捕まり、雇い主もまた誰かに殺害されたあと、ズールはモルドラを雇いたいと言った。だが、殺害対象だったズールに雇われるのもどうかと断ったあと、モルドラは解放された。ズールはモルドラのことが気に入って、解放するよう動いたのだ。


 その直後、ズールも家から離されることになり、モルドラを雇うという話はなくなった。そしてアロンという名にズールが変わったあと、ゼギアスの頼みで人材を集めることになった際、モルドラにも声をかけた。


 モルドラは、ゼギアスが目指すものを聞き興味を持った。その時は何となく面白そうだなという程度だったが、アロンと共にゼギアスがやっていたことを見て、ゼギアスの夢に付き合ってみようと、ゼギアスのもとで働くようになった。


 もともと暗殺の技術を磨いてきたモルドラは、サロモン王国では諜報任務に就いている。ちなみに、現在は諜報活動に必要な技術を、人間、もしくは見た目は人間の亜人や魔族に教えている最中だ。


 モルドラならば、ニカウアに潜入しエーリカの状況を確認することは簡単だろう。


 アロンが感じた嫌な予感は現実のものとなる。


◇◇◇◇◇◇


 ニカウアの領主ヒルハイド・ハムゼンが気がついた。

 状況を確認すると、ニカウアの奴隷は解放され、ゼギアス達は立ち去った後だった。そして奴隷の解放を許可したのが娘のエーリカと知って、ヒルハイドは怒り狂った。


 何故、どんな権限で解放を認めたのか?

 認めるにしても何故全員にしたのか?

 交渉して一人でも多く解放しないよう努力したのか?


 ヒルハイドはエーリカを責め立てた。


 エーリカも必死に弁明した。


 あのままでは、父が殺されてしまうと感じた。

 解放する奴隷の数を交渉できる余地は無かった。

 無断で解放したのは申し訳ないが、既にゼギアスは少しも待つつもりは無かった。


 エーリカの行動と当時の状況を見て知っている者達もエーリカを庇った。


 だが、ヒルハイドはエーリカを許さなかった。

 エーリカをこの事件の前に勘当したことにして、既に勘当していたにも関わらず、勘当されたことを隠して領民に領主の娘であるかのように命じたと全責任をエーリカにあることにした。


 もちろんこれでヒルハイドにまったく責任がないとはされない。

 その程度のことはヒルハイドにも判っている。

 だが、少しでも責任を軽くしようとするならば、エーリカの責任にするしか手はないと考えたのだ。


 この世界では、息子と娘では家における待遇・立場が大きく違う。

 息子は跡継ぎだが、娘は持参金を用意して他家へ嫁がせるから、資産がある家でも基本的にはお荷物。もちろん上流階級の家へ嫁がせることができれば、縁結びの役目もあるのだが、ヒルハイドの今回の失態でそういった良縁とは遠くなった。


 要は、エーリカには利用価値が無くなったと考え、せめて自分の役に立たせようと責任を負わせたのだ。


 自分なりに父と領地を守ったと考えていたエーリカにとって、父の自分への処遇は信じられなかった。一応は一人娘である。多少は自分の責任が父よりも重くなるかもしれないが、それは家を守るためには受け入れるつもりであった。だが、勘当された上で全責任を負わされるとは思いもしなかった。


 ヒルハイドへ中央からの指示は、エーリカは処刑、ヒルハイドは資産の半分を没収、領主の地位は変わらず……だった。ヒルハイドは胸を撫で下ろした。

 子供は養子をとり、資産は税をあげればすぐに回収できる。

 地位さえ守られればいくらでも挽回できる、そう考えた。


 エーリカの処遇はモルドラからアロンへすぐ報告された。


◇◇◇◇◇◇


 アロンからエーリカの処刑について報告を受けたゼギアスは、自分自身でエーリカを連れ出すと決めていた。


「領主でもないあの娘と交渉を進めたのは俺の判断だ。だから俺が責任を持ってあの娘を助け出す。これは国の問題じゃない。俺がやったことの後始末だ」


 エーリカが捕らえられている場所だけはモルドラに調べておいてくれと依頼し、ゼギアスはニカウアの城外へ転移した。


 ゼギアスはエーリカと交渉したことを自分のミスだと考えていた。

 あの時、いくら領民へ指示することができると言っても、彼女に権限はないと判断すべきだった。だが、少しでも早く奴隷を解放したかったために、その点を見過ごした。その結果がエーリカの処刑だ。


 あの腐れ領主がそこまですることは誰も予想できなかっただろう。

 だが、あの領主にそこまでさせる隙を作ったのは自分だ。


 彼女の人生を狂わせたきっかけを作ったと、ゼギアスは自責の念に駆られていた。


・・・・・・

・・・


 エーリカは領主宅で軟禁ではなく、牢に入れられていた。

 こうなれば諦めるしか無い。恥じることはないけれど、政治的な解決にはこういう場合もあると考え抵抗することを諦めていた。


 エーリカはゼギアスのことを考えていた。


 奴隷を解放してどうするつもりかしら?

 あれほどの数を一度に受け入れたら食費も大変だろうし、住むところだって用意するのは大変なはず。

 それにああまでして解放した奴隷なのに、本人が戻りたいと言ったら戻すと言っていたわ。それじゃ骨折り損じゃないの。

 そんなことも判らない訳はないわね。

 少ししか話していないけど、バカではなかったもの。

 亜人や魔族だってバカを王に頂くはずはないものね。

 もう一度会って、あの奴隷たちがどうなったのか聞いてみたかったわね。


「よう、大変な目に遭わせてしまったな。すまん」


 エーリカが顔をあげると、頭を手で掻きながら申し訳なさそうな表情の大きな身体の男が居た。

 ゼギアスだ。

 ゼギアス・デュランだ。


 だが何故ここに?

 ここは領主である父が許した者しか入ってこれないはずなのに。


 そう言えば、高等魔術師の中には転移という、壁や距離を越えて移動する魔法を使える者が居ると聞いたことがある。

 ゼギアスも転移を使ったのかもしれない。


「どうしてここに?」


「あんたを連れ出そうと思ってな」


 連れ出す……ここに来れたこの男なら可能なのかもしれない。

 でも外へ出てどうすればいいの?


「どこへ?」


「俺達の国へ」


「私を奴隷にでもするの? 亜人達を奴隷にしていた人間だから?」


「そんなつもりはない。俺達の国を見て、気に入らなければ他へ行けばいい」


 つまり私を助けて、自由も保証するというのね。


「私を助けてどんな利益が貴方にあるの?」


「そうだな……あんたをこんな目に遭わせた償いが少しでもできれば、それが俺の利益だな」


「貴方の責任じゃないでしょ?」


「いや、俺にも責任がある。あんたには奴隷を解放する力はあっても、権限はなかった。でも俺は奴隷を早く解放することばかり考えていて、権限の無いあんたに奴隷を解放させてしまった。だからあんたはこんな目に遭った。すまん」


 面白い考え方をするのね。

 やはりこの人はバカではないわ。

 それにこの人の態度は真剣だわ。

 本気で私に謝っている。


「もしも貴方の言う通りで、貴方に責任があるのだとしても、人間は貴方の敵で、私を助ける必要はないんじゃないの?」


「人間全てが敵だなんて思ってないさ。仲間にも人間が居るしな。俺の敵は亜人や魔族を奴隷としか見ない奴だな」


「判ったわ。私も父にはウンザリしたところよ。貴方の国を見るのもいいわね」


 私の言葉を聞いたゼギアスは一瞬消えたかと思うと牢の中へ入ってきた。

 やはり転移というものに違いない。


「ちょっとすまんな。手を握らせてもらう」


 ゼギアスはエーリカの手を握る。

 エーリカの視界が一瞬ぼやけ、次の瞬間には見覚えのある風景が目に入った。

 ニカウアの城壁の外だ。


 そこには見覚えのない顔があった。


「モルドラ、ご苦労様。一緒に戻るか?」


「ええ、そうできれば助かります」


 モルドラと呼ばれた男の手も掴む。

 そしてまた目の前がぼやけ、再び視界がはっきりしたが、今度は見覚えのない場所だった。


「モルドラ、今日はゆっくり休んでくれ。私用で動いて貰ってすまなかったな」


「いいえ、久々の潜入は少し楽しかったですよ。現場というのはたまに経験しないと空気を忘れちゃうものですからね」


「そうか、本当助かった。ありがとう」


 モルドラはゼギアスに立礼して立ち去った。


 ゼギアスはモルドラを見送った後


「さて、今日のところは我が家に泊まって貰う。だが、明日からは入国者達と同じ場所で過ごして貰う。いつでも俺の国から出たくなったら言ってくれ。極力日に一度は会いに行くから」


 そう言ってゼギアスは私を彼の家へと連れて行った。

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