27、はじめての奴隷解放(その三)

 アロンの予測通り、動き出して二時間後には敵軍と向かい合うことになった。


 敵は広く左右に軍を展開している。

 敵からうちの軍が見えただろう時、敵軍から二頭の馬が近づいてきた。


「宣戦布告? それとも降伏勧告?」


 俺はここまで来て、敵は何をしようというのか判らない。


「やはり騎士道精神とやらに毒された指揮官のようです」


 アロンは予想通りで悲しそうだった。


 軍の最前列にいた俺とアロンの前で、敵の軍使は馬上から降伏勧告を読み上げた。もうひとりも馬から降りず、リエンム神聖皇国の旗を持って待機している。


「私は、ニカウア軍総司令リクゼルド・シュタウゼンの命で遣わされた軍使トール・エムガノン。サロモン王国を称する蛮族共に告げる。ただちに降伏せよ。さすれば絶対神ケレブレアの名のもとに、お前達には裁判を受ける権利が与えられるであろう。ニカウア軍総司令リクゼルド・シュタウゼンが証人となる。返答や如何に」


 アロンが俺の顔を見て苦笑している。


 答えなんか決まっているものな。

 俺は軍使の前まで近づき


「トール・エムガノンと言ったか。俺はサロモン王国の王ゼギアス・デュラン。俺達は降伏などする気はないし、その必要も無い。逆にそちらが降伏したらどうだ? 俺達は逃げるなら追わない。反抗してこないなら殺さない。都市に入っても、奴隷は解放するが他は何もしない。奴隷を全員解放するならここで立ち去ってもいい。さあどうだ? とそちらの司令に伝えてくれ。三十分は動かずに居よう。三十分過ぎたら攻撃を始める。以上だ」


「判った。必ず伝えよう。だが、この戦力差で勝てると思っているのか?」


 うーん、ここで”兵数の差が戦力の決定差ではないことを教えてやる”と言いたいが、それは自重しておこう。仮面もサングラスも持ってないしな。これからは仮面でも持ち歩くか。


「ああ、戦争は数じゃないことを俺達との戦いで思い知るさ。じゃあな。」


 俺の返事を聞いた軍使は踵を返し、敵軍方面へ駆けていく。


 その表情には”こいつ頭でもおかしいのか?”という怪訝そうな色があった。

 まあ、数だけで言えば向こうはこちらの三十倍だからな。


 俺は味方へ振り返り、ニヤリと笑って


「さあ、奴らの言う蛮族がどれほどのものか思い知らせてやろうぜ」


 ここには悪い顔をした俺が居るだろう。


・・・・・・

・・・


 律儀にも三十分後から敵は動き始めた。

 全軍揃って近づいてくる。

 左右を広げて俺達を包囲しようとしてるようだ。


 さあ、俺達も始めようか。

 俺はアロンの顔を見てから、右腕を振り上げた。


「行こうぜ! 野郎ども!!」


 オオォォォォォォ!


 俺の合図に鬨の声があがる。


 一度言ってみたかったんだ。

 なんか不良達の親玉になったみたいだ。


 イイね!


 地上部隊はゆっくりと進軍する。

 まず空戦部隊の攻撃が始まる。

 俺達の後方から飛竜達が敵に迫っていく。


 弓も当たらない高さから一気に地上に近づき、敵軍に炎のブレスを吐きつつ敵の上を移動する。炎のブレスが敵の頭上から流れていく様子が見える。

 うん、熱そうだね。髪焼けちゃって泣く人いるかもね。


 ブレスを避けるように敵が散らばったところへ、空戦部隊第二陣の魔法が襲いかかる。炎や氷の魔法で倒れていく。飛竜のブレスによって移動方向が限られ、誘導されるように空戦部隊第二陣がいる場所へ次々と近づく。


 第二陣からも逃げるように敵がまとまって後退したところへ、空戦部隊第三陣が催涙爆弾を落として去っていく。催涙爆弾は地上で爆発し、ガスを辺りに広げていく。


 ある者は失明し、ある者は止まらない涙や咳で辛そうだ。その様子を見ながらおよそ三分が過ぎると、第四地上部隊のゴルゴン達が動き出す。風系魔法で戦場に広がったガスを吹き飛ばす者と、味方に防御系魔法で支援する者。ゴルゴン達の支援魔法で強化された第一から第三の地上部隊が突撃を開始する。

 はっきり言うとこの時点で勝負はついている。


 指揮官クラスが指示を与えている様子を見て、AK-47を持ったエルザとクルーグが指揮官達を狙撃する。指揮官を失った兵たちは組織的な行動ができずに右往左往している。

 そこに地上部隊が突っ込んでくるのだ。

 対応できるはずもない。

 あとは蹴散らすだけ、単純な作業でしかない。


 敵にも魔法を使える者が居るようだが、ゴルゴン達がかけた魔法防御を破れる程の者は居ないようだ。時折、敵側に見える魔法の光がこちらの味方に当っても、弾けていくつかの光を残して消えるだけ。


「敵軍の総司令らしき者を発見したとエルザから報告がありましたので捕獲します。」


 アロンから報告があった。

 俺が頷くと第三地上部隊ダヤンへ捕獲して連れてこいと指示していた。


 戦場では、クジラを食い破ってるシャチを見てるかのように、六万の敵が千名程度の我軍に蹂躙されている。


 第一地上軍が通り過ぎた後には誰も残っておらず、第二地上軍の後ろには怪我を押さえて倒れる兵士達。第三地上軍が通ると敵軍が二つに裂けて散り散りにされた敵が必死に後退している。


 それでも何とか持ちこたえようと、軍を再編成しようとする動きがある場所には弓隊からの雨のように振る弓が襲い、組織的な動きを許さない。


 守備隊からの報告があったはずなのに、何故数さえ揃えれば必ず勝てると考えたのか……。


 まあ、うちの軍には地球で蓄積された知識で戦略や戦術を組み立てるヴァイスとアロンが居るから、敵の勝ち目が薄いのは判るけどね。その上この時代ではあり得ない空中戦力もあるしなあ。


 通常は上空で指揮するアロンが、今日に限っては少し小高い場所に降りて指揮している。要は、上から観察するまでもないってことなんだろう。


 やがて、派手な軍装のオヤジがうちの兵に掴まれ連れられてきた。




「ニカウア軍総司令リクゼルド・シュタウゼン……かな?」


 推定年齢五十代のがっしりとした体格の男が、身体をロープで縛られ、人狼族の兵に腕を掴まれて立っている。俺の顔を睨んで口を開いた。


「そうだ」


「そうか、それじゃ話が早い。俺はあんたが蛮族と呼んだ国の王ゼギアスだ。降伏したらどうだ。どのみちこれ以上戦ってもそちらの兵だけが倒れるだけだぞ」


「空からの攻撃とは卑怯な……」


 顔を近づけたらツバでも吐きかけられそうな顔をして睨んでいる。


「何が卑怯かは俺達が決める。決めるのはあんたじゃあない」


「正々堂々と戦えもしない癖に偉そうなことを。」


「ほう、じゃああんたは敵の数が百名だったら百名で戦い、その結果で勝敗を決め、受け入れるというのか?」


「そんな馬鹿なことはせん」


「そうさ。あんたは敵よりも有利な状況を用意しようとするはずだ。それでいい。戦争は勝たなきゃ意味がないからな。あんたの言う卑怯ってのはな、自分が対処できないモノで敵が攻めてきて負けたときの負け犬の遠吠えなのさ」


「……」


「まあいい。それでどうするんだ? まだ続けて味方の損害を増やし続けるのか? 俺はそれでも構わない。まだ暴れ足りない味方が大勢居る。ストレスの発散は大事だからな」


「私をどうする気だ」


「そうだな。まず戦闘行為を止めろ。次にニカウアに居る奴隷を解放するよう都市の決定権を持つ奴に伝えろ。その条件を飲むなら解放する。」


「戦いをやめるのはいいだろう。だが奴隷の解放は約束できん」


「そうか、だったら、あんたを連れてニカウアの城壁を壊せばいいか。まあ、とにかく戦闘を止めろ。それであんたの部下達の命は助かる」


「私と共に立って、黄色の旗を振れ、それが戦闘停止の合図だ」


 総司令の言う通りにしてみてくれとアロンに指示した。

 アロンは頷き、近くに居たエルフへ指示する。


 やがて敵の動きが止まる。

 様子を見ていると、我が軍も攻撃を止めている。


 よしよし、いいね。

 無抵抗の敵を襲っていない。


「それじゃ軍をまとめてニカウアへ行こう」


 俺の声にアロンが反応し、各部署へ連絡している。

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