第三章 始の章
26、奴隷解放第一段階、開始前(その一)
……死ぬ……これは死ねる……。
「では今日はここまでにしましょう」
ナザレスの穏やかな声が、倒れて息も絶え絶えな俺の頭上から聞える。
”貴方は攻撃に特化した力を既に持っていますが、防御方面の力が未熟過ぎる。防御方面の力を鍛えれば、結果として基礎体力も向上しますし、体力の増強で攻撃面の力も底上げされます。当面は貴方が苦手な結界、それも多属性結界を使いこなせるようになってもらいましょう。”
ナザレスに言われて始めた結界魔法の訓練。
無属性の龍気や四大属性龍気で、全ての防御とカウンターができた俺は、確かに防御系の魔法訓練をおざなりにしてきた。ベアトリーチェが結界魔法を攻撃でも活用したのを見ても、驚きはしたけど自分で身につけようとは思わなかった。
だって攻撃手段が……、敵を無力化する手段が俺には他に幾つもあったから。
苦手なことをわざわざしなくても、得意なことで対処可能なら別にいいじゃないか。
今まではそう思ってました。
おかげで今とても苦労しています。
「いいですよ。今日は昨日よりちょっとだけ防御力あがってますね。そうそう、そんな感じで属性の多重化するんです。いいですよ~」
ナザレスは俺の結界を攻撃しながら俺の上達を褒めてくれる。
だが俺は……
褒めて伸びる子ではなかった!
褒めて伸びる子ってのはきっとセンスが良いのだと思うよ。
褒められて伸びるのは油断の度合いと鼻の下だけの俺には縁のないことなんだわ。
「まったく、その程度は初日にクリアできんでどうするんじゃ」
俺の訓練を眺めるエルザークの呆れる声を毎日のように聞いてると、ホント俺ってできない子だと思わざるをえない。素質だけで今までやれていたとつくづく思う。
この訓練を始めてそろそろ十日を過ぎるが、色々と身の危険を感じ始めている。
死にそうになるほど疲労した男に起きる現象。
いわゆる疲れマラ。
身の危険を感じて子孫を残そうという本能が生じさせる現象――疲れマラ。
この現象に気づいた二人組が俺の身に危険を感じさせる。
そう、奴らである。
スィールとリエッサだ。
日頃から特定方面の研究には余念のないスィールはこう言った。
「つまり、身体は動けないのにアレだけは臨戦態勢。私らのために素敵なシチュエーションをゼギアス様自らがわざわざ用意してくださったということか。これは……いわゆる据え膳?」
いや違うから、据え膳って男側の状態で使わないから。
据え膳ってのは貴女達の日常のことを言うからね?
その辺間違えないように。
それにわざわざじゃないから。
俺が疲れ果ててるのは俺の意思じゃないからね。
疲労困憊して身体は動かないし、すぐにでも眠りたい俺に近づく二人組。
俺のもともとの体力を知ってる二人組は慌てて近寄っては来ない。
逃げないように、俺を囲む輪を徐々に小さくしつつ近づいてくる。
まるで狩り!
近づきながら服を一枚一枚と脱ぎ捨てていく二人を見ながら怯える俺は虎に狙われた子羊状態。虎の生息域に羊が住んでるのか俺は知らないけれど。
この状態でも無事だったのは、最終局面、つまり俺に覆いかぶさる際に、どちらが先に覆いかぶさるかで揉めるからである。片方が覆いかぶさってる間に俺の体力が戻ることを怖れ、どちらも先を譲らないのだ。二人組が揉めてる間に俺は回復して事なきを得てる。
だが、彼女達はそろそろ気づくだろう。
明日も同じ状態に俺は陥るのだと。
順番だけ決めれば良い話なのだと。
だから俺は対策を練らねばならない。
……なんてね
……何故こんなに二人を俺は拒むのか、実は最近判ってしまった。
この世界では、地球よりも性的行為に関して縛りが男女共に緩い。
それは自分自身や自分のパートナーが他の相手と関係を持つことへの危機感や嫌悪感なども緩いことに繋がってる。
簡単に言えば、性交渉する相手は特定の相手に縛られないってこと。
いつ自分から離れていくか判らない相手と深い関係になるのが俺は怖い。
でもゴルゴンやアマソナス、それにラミアやハーピィなどはもともと夫婦という考え自体持たなかったし、男は子種を得るための対象でしかないから、理由があれば誰とでも交渉を持つ。
スィールもリエッサも、俺の好みに合わせて髪を伸ばしたり、派手な服装を選ばなくなったり、口調や態度も変えてる。健気で可愛いなと思うし、一般的な魔族の考えを捨て、俺を特定の相手として考えようとしてるのだというのも判ってる。
でもどこかでもともとの魔族の習慣や考えに従って、俺から離れていくかもと思うと怖いのだ。
そうフラれるかもしれないと考えるのが怖いんだ。
おい、ビビり野郎! と呼ばれても頷くことしかできない。
エルフは、正妻となったら一生旦那一筋で、旦那が生きてる限り浮気などしないし、もししたら種族から弾き出される。まあ、そんな因習など関係なくベアトリーチェは俺だけを見てくれていることはいつも感じてるから、他の誰かにフラれたとしても俺が一人になることなどない。
だけど、マリオンとサエラにも愛情を持ってるから、一人になることは無いとしても、フラれたらとても辛いだろう。実際はそういう心配せずにここまでは暮らしている。有り難い。
だが、これは運が良かったのだ。
俺のことを気に入ってくれる相手が、誰でもベアトリーチェやマリオンやサエラと同じだなんて俺は思っていない。
ここまでは運が良かったに過ぎない。
俺のモテナイ男子メンタルがそう言うのだ。
貴族だったとき、王族だったとき、正妻や側室が他の男と関係もったことなど何度も経験したではないか。その時俺は、傷ついて怒っていたではないか。
そういうの嫌なんだよ。
うん、スィールとリエッサに、俺の情けないところ話そう。
お前達にいつかフラれるのが怖いから困るんだと言おう。
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