25、幕間 サラの旅行(出会い編:セイランとリエラ その三)

 お兄ちゃんが言うには、彼女はジャンヌ・ダルクという有名な方の呼ばれし者なのだという。地球の中世から近世という時代の人で、この世界の状況とあまり変わらない状況から来たらしいので、いろいろ教えるのは楽だろうとのことだった。


 ただ、前世では一度は国や民衆の救世主のように持ち上げられ、そして国と教会に裏切られて殺された悲しい方なので、その心を癒やしてあげないといけないとも言われた。


 外見でしか判断できないけれど、年齢も多分私やライラとさほど違わないだろう。

 私とライラがそばに居たほうがいいということで、お兄ちゃんの家に一緒に住むことになった。当面は、仕事もさせなくていいけど、興味を持つことがあったら是非やらせてあげなさいと言う。


 地球には、亜人や魔族は想像上の生き物で実在しない。

 だからここエルに居る亜人や魔族、それに魔物を見たら怖がるだろうから、彼女が慣れるまでは私かライラが付いていてあげなさいと言われた。彼女はどこに行く時も私かライラから離れないのでこちらが気にしなくても良い気はする。でも迷子になったら可哀想なので、それなりに気にはしている。


 お兄ちゃんは、名前はジャンヌでいいんじゃないかと言ったのだが、本人が強く嫌がったので、私がリエラと名付けた。リエラという名はこの辺りの山に咲く白い小さな花の名前で、可愛らしく香りも良く私が好きな花。彼女は身長は百五十くらいで小さく、白い肌、ブラウンの髪、黒い瞳を持つ可愛い女性だったからきっと似合うと決めた。


 リエラは前世のことを思い出すと、時に怒り、呪い、そして泣き出す。


 お兄ちゃんが言ってた通り、心に傷を負ったままこちらへ転生したのだろう。

 そういう時、私やライラはリエラを黙って抱きしめる。

 あのマリオンさんでも、リエラには不用意なことを言わないよう気をつけてるのが判る。皆、リエラが早く癒やされるよう願っているのだ。


 ライラやサエラさんが魔族だと知ったときリエラは少し怖がった。


 でもお兄ちゃんが、”貴女を傷つけたのは魔族だったかい? ”と言うと、その時からリエラはサエラさんもライラのことも怖がらなくなった。だからと言って、街で見かける厳魔やデーモン、ゴルゴンやラミアを見て怖がらないかと言うとまだ怖いらしい。これは慣れてもらうしかない。


 最近は魔族や亜人でも子供なら一緒に過ごしていても気にならなくなってきたようで、大人の魔族や亜人と仲良く過ごせるようになるのも時間の問題に感じている。


 ある日、エルザークがリエラを見て


「ほう、面白い力に目覚め始めておるようじゃな。これが呼ばれし者に稀にある特異な力の発現というやつか。サラよ、この者に料理を作らせてみよ」


 サラにそう言った。


「料理と言っても、何を作るかを教えなければ……」


「いいから、材料もこの家にあるだけ適当に見せて、夕食の一品でもこの者に自由に作らせよ」


 リエラに何をさせたいのか、いや、サラにリエラの何を見せたいのか判らないけれど、エルザークが言うのだから何か意味があるのだろう。


 サラはリエラを連れて厨房に入り、エルザークに言われた通り、厨房にある材料全てと香辛料など調味料も全て見せて


「何かリエラが美味しいと思うものを一品作ってみて?」


 と言い、リエラの様子を見守っていた。


 リエラは最初戸惑っていた。


 そりゃそうだ。

 何でもいいから美味しいものをと言われても、日頃料理を作り慣れていないはずのリエラにはどうしたらいいのか判るはずがないわよ……と思って見ていたら、何かを思いついたようにリエラは動き出した。


 動き出すとその動きは淀み無く、幾つかの材料を選び、香辛料などを使い調理しはじめた。

 材料を切ったり、潰したり、煮たり……何を作ろうとしてるのかサラには判らないがリエラの手際がいいことにまず驚いた。


 そして完成した料理を味見してみると、今まで味わったことのない味、そしてとても美味しい……。


 リエラが作った料理は、この季節に採れた野菜をふんだんに使ったホワイトソースのグラタンだったのだが、ゼギアス以外はグラタンという料理は知らない。ホワイトソースもゼギアス以外は知らない。


 夕食では、全員が絶賛した。


「これは凄いね」


「見たこともない味わったこともない料理ですが美味しいですわ、とても」


・・・・・・


 作ったリエラ自身もびっくりしていた。

 何故このような料理を作ろうと思ったのかさえ判らないのだ。


「エルザーク、これはどういうことなの?」


 とリエラの様子を見てサラが聞くと


「イメージしたモノを作る能力とでも言おうか、こう言ってしまうとサラの力と同じように聞えるが別物じゃ」


 サラの力は、最終的に作りたいモノのイメージと材料が必要だが、製造は聖属性の龍気が勝手に行う。


 リエラの力は、”美味しいもの”というイメージに沿って、”見たもの””触ったもの””匂いを嗅いだもの”などの五感で感じた情報から材料の性質を把握し、把握した情報をもとに”ゼギアス達が美味しいと思うだろうモノ”をリエラの手で作り出す。


「でもそれだとお兄ちゃん達が美味しいと感じないモノを作る可能性もあったんじゃ?」 


「うむ、そうじゃ。だが、その可能性は低かった。毎日、同じものを食べて過ごしてきたんじゃ。皆が美味しいと感じたものをリエラは知っていたからな」


「ということは、例えば、エルフが美味しいと感じたものをたくさん知れば、エルフが好むだろうモノを、それが例えこれまでエルフが味わったことのない味であっても作れちゃうってこと?」


「そうじゃ。そしてリエラは何故その味をエルフが好むと考え作ったのか判らんじゃろう」


「この力は料理にだけ使えるの? 」


「いや、服でも装飾品でも道具でもいい。ただし、リエラの身体で作れるものに限る。例えば、身長五メートルを越える巨人族用の装飾品を作れと言われても無理じゃろうな。奴らにとって麦粒のようなものしかリエラには作れん」


 料理でも服でも、一品だけリエラに作ってもらい、そのレシピやデザインなどを書き留めておけば、同じものを繰り返し、そして誰でも作れるとサラは気づいた。


「リエラ、貴女、一人で生活できるわよ。貴女だけの力で生活する能力があるのよ」


「え? ここを出ていかなければなりませんか?」


 リエラの目に不安が宿る。


「ううん、そうじゃないの。ここに居たければ、と言っても、私やライラもいずれここから出るから、貴女もずっとと言うわけにはいかないけれど、ここを出ても一人でやっていけるってことよ」


 サラの言葉を聞いて、リエラはジィーと皆を見回す。


「では、私はここで料理の仕事をしたいです」


「本当にそれでいいの? 服を作りたいとか、装飾品をデザインしたいとか、他にもきっと貴女の力を使えばできることはたくさんあるわよ?」


「はい、ここが私の家……だと思うから、皆さんが私の家族だと思うから……」


 この言葉はサラを喜ばせた。

 自分達を家族思うほど慕ってくれる人がここに居る。


「お兄ちゃん。リエラはこう言ってるけど、どう?」


「そんな答えが判ってること聞くなんて、サラらしくもないなあ。もちろん好きなだけ、いや、こちらからお願いするよ。できるだけここで料理してくれると嬉しいさ」


 この日、ゼギアス家の料理番であり、サロモン王国の料理に数々の新たな料理を加え、サロモン王国一のレストラン陰のシェフと言われることとなるリエラが誕生した。


 リエラは様々な要望に答えた料理やデザートを生み出し、各地方の名物料理を考案した。将来、リエラレシピと呼ばれる料理人ならば必ず目を通すべきレシピが生まれるのである。


「前世では戦いで国に貢献しようとしたけれど、今は料理で貢献しようと思っています。毎日私の料理で喜んでくれる人の笑顔が見れて私はとてもとても幸せです」


 ある日、ベアトリーチェとの会話の中でリエラが言った言葉。

 これを聞いたサラとライラは、あの時リエラに出会えて本当に良かったと思った。


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