25、幕間 サラの旅行(出会い編:セイランとリエラ その一)

 ザールートの街をサラとライラは食べ歩きしている。


 土地で採れるものが違うと、同じ料理でも味が変わる。

 味の変化を一つ一つ確認しながら、ベアトリーチェと一緒に作ってみようとか、こっそり作ってゼギアスに食べさせようとか話ながらの時間は楽しい。


 お腹がいっぱいになったので、二人は散歩がてら、東側に見える低い丘まで登ろうということになった。


 街中でも多かったが、亜人や魔族の旅行客風の人達を多く見かける。

 多分、あれはサロモンへの入国希望者だ。


 入国検査は難しい。

 される側ではなく、する側にとっての話だ。


 この世界にも戸籍のようなものはあるが、それは人間のそれも地位の高い人に限った話。

 亜人や魔族、人間でも地位の低い者には、本人だと確認する手段はない。


 では入国検査で何をするかと言えば、身体検査や持ち物検査となる。

 身体検査も身体そのものよりも衣服で隠して違法なものを持ち込まないか確認するものになる。薬物や武器の持ち込みは禁止されている。


 サロモン王国では入国検査を通った者から、希望する職を聞いて順に斡旋する。

 現状はどこも人手が足りないから、ほぼ希望通りの職に就ける。


 今まで奴隷同然の暮らしで、どのような仕事があるのか判らない人も多いし、自分に適した仕事が何か判らない人も多い。そういう者達のために、体力測定と魔法力測定がある。それらの測定結果を参考に、暫定的な職場を紹介する。そこで問題がなければそのままそこで働いてもらい、不都合があれば別の職場を紹介する。


 病人には治療魔法や回復魔法が使用される。それでも治癒しない場合は、病状に応じて療養場所が決められてそこへ入院することになる。将来悪用される可能性ある制度だとゼギアスは思っているが、問題が発生するたびに改善していくしかないだろうとも思っている。


 まあ、他にもいろいろあるが、入国して就職するまではこんな感じだ。


 丘を登りながら、すれ違う亜人や魔族の一人一人に一緒に頑張ろうねとサラもライラも心の中でつぶやいてる。丘の頂上まで登ると、そこからは東側を除いて遠くまで見渡せた。地元の人にとってもここは良い休憩場なのか、ちらほらと手荷物程度しか持たない人が数人、地面に座りながら一緒に居る人と会話している様子が見える。もしかするとサラ達と同じザールートに宿をとった旅行者かもしれないが。


 肩から下げたバッグからライラが水筒を取り出し口に含む。そしてサラにも手渡し、サラも喉の乾きを潤した。


 二人は海を見ていた。サロモン王国にも海はあるが、首都は山と森に囲まれていて、いつもは見ることはない。オルダーンなら舟の一隻や二隻海に浮かんでるのだろうが、ここザールートの海には舟の姿は無い。サラもライラもその理由は知っているので不思議には思わなかった。


 水平線まで海水しか無い広い光景を見たことがなく、二人とも世界の広さに無意識に感動している。


「凄いね」


 ライラの隣に立つサラがつぶやく。


「うん、凄い」


 ライラもまたサラに同意する。


 二人の表情には何か特別な感情が浮かんでるわけではない。

 だが、二人の言葉には明らかに驚きか感動がある。

 ふとした時に感じた感覚が感動や驚きを生む時、態度や表情では表せず、ほんの少しの言葉に感情が込められるだけなのかもしれない。


 二人は一言つぶやいた後、無言のまま海を見続けた。


 我にかえったという程のものでもないが、無言のまま見続けていた二人はどちらかが最初に動きを取り戻したのか判らないが、ほぼ同じくしてお互いの顔を見て微笑んだ。そして腕を組み、ザールートとは逆側へ丘を下り始める。

 もう少しだけ街から離れた情景を見てみたかった。


 そのほんのちょっとした気まぐれが、二つの出会いを生んだ。


・・・・・・

・・・


 サラ達が途中途中で立ち止まり景色を楽しみながら下っていくと、風景画を書く一人の青年が目に入った。二人は絵を描く青年の邪魔にならないよう、でも絵を確かめられるよう静かに近づいた。


 画家が書いた絵など見たこともないサラには、その絵がどの程度のものなのか判らなかったが、初めて見る画家の絵に素敵だと素直に感心している。貴族の家にいた事のあるライラは、絵はいくつか観たことあるものの、それは幼い時であり、また気持ちに余裕をもてない時代でもあったので、落ち着いて見る絵に上手ねえと感動していた。


 画家が二人に振り向き


「絵はお好きですか?」


 柔らかく優しげな微笑みで二人に聞いた。


 画家はまだ若く、二十代半ばくらいに見える。

 ブラウンの髪、少し垂れ目な黒い瞳、どれもが画家の優しさを表してるように二人には思える。


「好きです。でも本職の方が描く絵を見るのは初めてで、ここの情景を映しているようででも何か別のところを描いてるようで、うまく言い表せませんが……素敵ですね」


 絵から目を離せない様子で、感じたままをサラは口にした。


「ええ、私も好きですわ。最近、絵本の挿絵を描くこともあるのですが、私下手で……こんな風に上手に描けたならどんなに素晴らしいでしょう」


 ライラは自分が描く絵と比べてしまい、少し気恥ずかしい気分になるが、目の前の絵のように描けたらと内心では絵本作りへのモチベーションがあがっていた。


「私など駆け出しで……でも褒めていただいて嬉しいです」


 頭をかきながら、照れた様子。


「私はこれからサロモン王国へ行き、北国の人間がまだ見たことのない風景を描きたいんですが、自分に上手く描くことができるのか不安なんですよ。それで、描き慣れたというか、描きやすいというか……自分に見慣れた情景を書いて不安を紛らわせていたのです。そんな絵を褒めて貰って、嬉しいけどちょっと恥ずかしい、そんな気持ちです」


「まあ、サロモン王国へ絵を描くために? 」


 ライラは嬉しそうに聞く。

 軽くだが、身を乗り出した。

 腕を組んでいたサラは、ライラの動きに引っ張られ画家に近づいた


 二人の姿をはっきりと見たせいか、その画家は固まったように動かなくなった。


「あ、すみません。断りもせずに女性をじっと見たままだなんて失礼ですね」


 画家は頭を下げ謝る。

 サラもライラも画家が自分達を見る目に、男の女を見る感じを感じなくて不快な思いはしなかった。なので、謝られるようなことはされていないのでと笑顔を返した。


「お二人が美しいのでつい……あ、これは事実なのですが、口説いてるような台詞ですね。相手に誤解されないよう気持ちを言葉にするのって難しいですね」


 言葉と態度に画家の誠実さを感じた二人は、画家の褒め言葉を素直に嬉しいと感じた。日頃、美しいとか魅力的だと言われ慣れていて、いつもは特に何も感じないのだけど、誠実さが加わると嬉しく感じるものだなと二人とも同じことを思っていた。


 特にライラは自分へ向けられる男の目には、性的な感覚をいつも感じていたので、そういった感覚なしの褒め言葉がとても嬉しかった。


「……褒めていただいて、とても嬉しいです。私はライラ。サロモン王国で暮らしています。首都にお寄りの際、お会い出来たならご案内させて頂きますね」


 サラはライラのその言葉に驚きと喜びを感じた。

 男に対してこのように、相手との関係を好ましいと判るような言葉は、兄ゼギアスにしかライラは口にしてこなかった。人間関係を前向きに作ろうとしている親友の変化にサラは喜んだ。


「駆け出し画家のセイラン・ファラディスと言います。サロモン王国では是非お会いしたいですね」


「私はサラ・デュランです。首都へお着きになったら、私の家をお尋ねください。多分、皆知ってると思うので。私とライラは一緒に住んでますから、必ずライラと会えますよ」


 サラとライラの二人は、絵の邪魔をこれ以上してはいけないと、セイランに挨拶し別れた。


「フフフ、ライラ、あの方を気に入ったのね?」


 いたずらっぽい色を瞳に浮かべて、サラはライラの気持ちを確かめる。


「気に入っただなんて……でも、好ましい方だとは感じたわ」


「それを気に入ったっと言うんじゃなくて?」


「サラちゃんは意地悪ね。でもほんと自然に警戒を解いてしまう方だったわね」


「それは否定出来ないわね。私もふわっとした気持ちで会話できたもの」


 二人はセイランの話をしながら丘を下り、そして丘をぐるっと回るようなザールートへ戻る道を選んだ。身内以外の……ゼギアス以外の男の話をするのは二人には初めてだった。傍から見るとそういう年頃の娘の会話は違和感がなく微笑ましいものだった。

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