24、幕間 サラの旅行(ザールート・トラブル編 その三)

 アンヌの到着を待って朝食をとるつもりだったのだが、アンヌだけでなくクラウディオも一緒に来た。どうしても立場の違いがそうさせるのだろうが、アンヌの表情や態度はごく普通。だが、クラウディオはサラに何かあったら大変と心配してるようで、少し落ち着かない。


 サラが”心配しないでください”と言っても、”いえ、オルダーンにとっては大事なことなんです”と言ってクラウディオは緊張を解かない。


「ゼギアス様に報告しましたが、サラ様の好きにやらせてくれとのことでした。笑ってらっしゃいましたよ」


 アンヌも微笑んで”俺が出ていったら余計なことしないでと怒るだろうし”とも言ってたと言う。


「まあね。これは私が起こしたことなんだもの。そろそろ自分で解決しなくちゃね」


 アンヌがまったく慌てていないことと、サラの表情がいつも通りなのでライラも落ち着いている。この場で焦りが見えるのはクラウディオだけだ。この程度のことで何かあろうとゼギアスが怒るとも思わないし、オルダーンへも影響など無いだろう。でもクラウディオにとっては、オルダーン復興の大きな力であるゼギアスのことを考えると心配になってしまうのだろう。


 四人でこれからのことを打ち合わせし、何かあっても問題になりにくい浜辺へ降りて、馬鹿息子の言った”常識”とやらが起きるのを待った。


 やがて、”あそこに居るあいつらだ。昨日より人数増えてる。”という昨日聞いた声が背後からする。


「来たようよ。さてとどうするつもりなのかしら?」


 サラは声のする方へ振り向き、相手が来るのを待った。


 ”全員捕まえろ”と馬鹿息子が連れてきた警備員らしき男の一人が他の者達に命じた。


「逮捕の理由は? そして逮捕できる証明は?」


 サラは近づく警備員に向かって、腕を組みながら言う。


 馬鹿息子が”そんな理由なんかどうでもいい”と騒いでいるが、警備員は考えている。真正面から逮捕の理由を聞かれるとは思っていなかったようだ。


「逮捕の理由も今考えなきゃいけないの?」


 サラは両手を胸の高さまであげ、開いて、ヤレヤレといった態度。


「いいからそいつ等を捕まえろ。理由なんかあとで俺がなんとかしてやる」


 馬鹿息子は嫌な笑いのまま警備員達をけしかける。


「貴方達の中に、あの馬鹿息子の親はいるのかしら?」


 サラは警備員達に近づいて聞く。


 警備員の中に魔法を使える者が居るのだろう。

 サラの周囲に魔法が展開されるのを感じた。


「これはどういうことかしら? 逮捕の理由も聞かされていないのに、魔法で私を縛ろうと? ザールートの保安ってどうなってるのかしら?」


 サラはきつい口調で畳み掛ける。


「相手の力量も判らないうちに魔法を使うのは止めておいたほうがいいわ。無駄に魔法力を失うだけよ」


 サラは周囲に展開された魔法を無視して、警備員達の目の前まで歩く。


「ば……バカな……我らの魔法が通じません。この娘は我らより魔法力が強いとしか考えられません」


「で、どうするの? 逮捕の理由を言うの? 言わないの? 一応言っておくけど、私は理由も告げられずに大人しく捕まるような育ち方はしてないわよ」


「ここで大人しくしていろ。もうじき警備長官がいらっしゃる。それまで待て」


「いいわよ。もちろん待つわ」


 サラはライラ達が待つところまで下がり、座る。


「なぁんか色々見えちゃったわ。多分、警備長官もあの馬鹿息子がやってること知らないんじゃないかしら。あの部下は理由を聞かれて戸惑った。理由もなしに逮捕することの非道さを理解はしてる。あの馬鹿息子に脅されて嫌々ここに来たんじゃないかしら」


 十分程過ぎて、警備員達に動きが見えた。

 警備長官……あの馬鹿息子の親が到着したのだろう。

 サラは再び立ち上がり、警備員のほうへ歩きだす。


「私はここザールートの治安を任されてるベイリン・メルタルと申します。あなた方には不審者の容疑がかかってます。いくつか質問させて頂きますが宜しいですか?」


「はい、どうぞ」


 名前や出身地、ザールートへの訪問目的など聞かれた質問に一通りサラは答える。


「あのこちらかもお聞きして宜しいですか?」


「どうぞ」


 昨日、馬鹿息子達が仕出かしたことを話した。


「で、こうなってるわけですけど、ザールートでは男性からの誘いを断ると逮捕されるのでしょうか?」


 サラの話を聞いているうちに、ベイリンの顔色が悪くなっていく。

 ベイリンには心当たりがありそうだ。

 過去にも昨日のようなことをあの馬鹿息子が仕出かしたことがあるのだろう。


「すみません。少々お待ちいただけますか?」


 サラに立礼し、馬鹿息子のところへベイリンは急ぎ向かった。

 馬鹿息子がベイリンへ身振り手振りで説明しているようだが、どうせ嘘だろう。

 その様子を見守りながら、溜息を一つつく。

 もう馬鹿らしいと思いつつ、後ろを振り返る。


 ライラとアンヌはにこやかに座ってる。サラの様子を見て、もう大丈夫だと確信してるのだろう。クラウディオも先程までより落ち着いている。


 やがてベイリンが戻ってきて、


「あなた方が暴行を働いたというですが……」


「ベイリンさん。暴行を働いたというなら怪我をしているはずでしょう。治療したというなら治療跡が、魔法で治療したというなら治療魔法を使用した人がいるはずですよね? この街ではそういった当たり前のことも確認しないのですか?」


「あ……いえ……通常はそうなのですが……」


 サラはベイリンの馬鹿親加減に呆れてしまった。

 このままじゃ埒が明かない。

 後ろを振り向き、砂浜に座っていた三人を呼んだ。


「こちらはご存知でしょうか? オルダーンのクラウディオ様とアンヌ様です」


 ベイリンは、二人に見覚えがある。

 二人と領主との会合を警備していたのだから。


 このサラという娘はオルダーンの関係者なのか?

 そうでなければ次期国王のクラウディオとその姉アンヌが、わざわざこの娘と一緒に居るはずがない。ならば、賓客として遇するべき相手のはず。


 だが、そのような立場の者ならば、警備員が駆けつけた時に立場を明かせばいいはずだ。だがそうしないということは……うーん、判らない。警備の仕事以外ではベイリンに判断する権限がない。これは領主様に相談して対応を決めるしかないだろう。


「はい、存じ上げております。つきましては、我が領主、カレイズ・ガルージャとお会い頂きたい。ご案内いたしますので、皆様にはご同行をお願いしても宜しいでしょうか?」


「行きましょう。すみませんね。アンヌさん、クラウディオさん」


 ライラもアンヌとクラウディオもサラに向かって承諾したと頭を下げた。

 サラの言葉をベイリンは聞き逃さなかった。

 オルダーンの二人の様子も見逃さなかった。


 この娘は、オルダーンの二人と対等の立場。

 これは確実だ。

 マズイ、うちの馬鹿息子はとても困ったことを仕出かした。

 ザールートは今、オルダーンと友好関係を結んでいる。更にオルダーンの特産品やサロモン王国からの商品をザールートにも卸して貰おうという話も出ていると聞いてる。


 馬鹿息子がベイリンに向かって何か言おうとする様子に、ベイリンは目に怒りを浮かべて黙らせた。


 (私の首が飛ぶくらいでおさまればいいのかもな……)


・・・・・・

・・・


 領主の館で謁見の間のような場所へ四人は通された。

 しばらくすると、領主と次期領主の息子がベイリンと共に入ってきた。

 ベイリンが事情を説明すると、領主はクラウディオと話し始める。


「……それで、こちらがサロモン王国王ゼギアス・デュラン様の妹殿下サラ様、お隣がゼギアス様の第三王妃サエラ様の妹君ライラ様です」


 サラとライラが椅子から立って領主に礼をする。


 ベイリンの顔は青ざめた。

 サラやライラのような立場の人が、もし馬鹿息子の言うように乱暴を働いたというのなら、それなりの理由があるのだろう。いや、理由もなく乱暴を働いたのだとしても、証拠もなしに捕まえることなどできない。


 何より、ベイリンと会ってからここまでサラの言い分には淀みもなく、当たり前のことしか含まれていない。


 馬鹿息子は昔仕出かしたように、綺麗な女の子に手を出して、言うことを聞かないからと暴力を振るおうとしたのではないか。

 もし……もしそうだったなら……。


「領主様、はじめまして。私、ゼギアス・デュランの妹サラと申します。昨日ザールートへ旅行へ来て、この街を楽しもうとしておりました。古いけれど整った街並み、のどかな農園風景、美しい砂浜。ここには素晴らしいものがたくさん御座いました」


 ”ここに居るライラも同じく楽しんだでしょう”と、ライラに微笑む。


「しかし、二つ不満が御座います。一つは治安です。もう一つは我が国への差別意識です。昨日お会いしました方のことはそこにいらっしゃるベイリン警備長官に説明いたしましたので、治安についてはここで触れません。それよりも差別意識なのですが、昨日お会いした方は我が国のことを奴隷の国と呼んでいました。この件は治安などよりも大きな問題と個人的には考えております。もちろん兄にも報告しないわけにはいきません。領主様はいかがお考えでしょうか?」


 ”奴隷の国”という言葉を聞いて、領主とその息子よりアンヌの顔色が変わった。クラウディオの顔色は更に変わり、身体も震えている。


「それは聞きづてなりませんね。我が国に大恩あるゼギアス様とゼギアス様が治める国を奴隷の国と呼ぶ習慣がここにはあるのですね? カレイズ様、この件はっきりしていただかない限り、我が国との間で進んでいたお話をこれ以上進めることはできません」


 サラとクラウディオから問われた領主カレイズは


「申し訳ありません。現在、そのようなことを言う者がまだ残っていることは事実です。ですが、我が領民には考えを改めるよう申し付け、徐々にではありますが、減っておるのも事実です。その辺をどうか考慮してお怒りを納めてはいただけませんか?」


 サラとクラウディオに頭を下げて領主は謝罪する。


「ベイリン、そのような発言した者に心当たりはあるのか?」


 馬鹿息子との先程の会話の中で、サラ達を”奴隷”と呼び、”奴隷の国から来た奴のことを俺より信用するのか”と言っていた。


 うちの馬鹿息子で間違いない。


「……はい。ハロルド・メルタル……息子です。」


「……」


 サラ達は無言のまま状況を見守る。


「ベイリン。この始末、お前はどうしたら良いと考える?」


「ハッ、法に則りハロルドを拘束し裁判を受けさせることになります」


「それで良いのか?」


「私も辞表を……」


「貴方は親馬鹿の上に、無責任な人なのですね」


 サラはベイリンに向かって言う。


「貴方が辞めて何の意味があるのですか? 貴方の自己満足しか残りませんよ。この件で辛い思いをした貴方だからこそ果たすべき責任があるのではないのですか?」


 ベイリンから領主の方へ顔を向け、


「領主様が差別意識を取り除こうと努力中であること、それが判った以上、大事にするつもりはありませんし、兄に報告はしますが、別段この件で何かをする必要はないと伝えます。ですから、ベイリン警備長官をこれ以上罰しないでいただければとお願い致します」


 笑顔に戻ったサラは最後に


「そもそも、警備を呼ばれるようなことが無ければ、私はこの件でどうこうするつもりは無かったのです。私用の旅行中のことですからね。警備が呼ばれた以上は、私も立場上ケジメをつけないわけにはいかなかったのです」


 言い終えたサラは座った。


「サラ様が問題にしないのでしたら、ゼギアス様が問題にするはずがありません。そこは信用して大丈夫ですよ」


 ライラも気が済んだのか明るく付け加えた。


「私も先程はカッとして強く言い過ぎました。今動いている話はこれまで同様に進めていきましょう」


 サラが不問にするというなら、クラウディオもこれ以上問題にするつもりはない。オルダーンの意思と姿勢は伝えたのだし、いい機会になったのかもしれない。


「カレイズ領主、そしてエルス様、一度サロモン王国の首都エルをご覧になってはいかがですか? 私がご案内いたしますよ。あの街を見れば、特に、次期領主になられるであろうエルス様には勉強になることが多いと思います。また奴隷の国などと蔑んでいてはいけないと強く感じることでしょう」


 アンヌは実際を見せたほうがいいと感じていた。

 新しい技術、新しい統治、いろいろな新たなことに挑戦しているところを見れば、馬鹿にしている者のほうが愚かなのだと判るだろう。あそこを見ても判らないような相手とは人でも国でも付き合う価値がないのだ。


 サラ達は領主の館から出た。

 警備員に捕まり、ベイリン本人に連れられていく馬鹿息子とその仲間二人が、サラに罵声を浴びせている。だが、もうどうでもいい。せっかくの旅行一日半をつまらなく過ごしてしまった。


 残りあと二日をできるだけ楽しもう。

 ライラと二人でのんびり過ごそう。


「クラウディオさん、アンヌさん、ご迷惑をおかけしました。あと二日ここに居ます。もうこれ以上お二人にご迷惑かけないようしますね」


 迷惑などとんでもないと言うクラウディオと、二日後にまたと挨拶するアンヌ、二人と別れ、サラとライラは


「今日はこの街で美味しいものがないか探しましょう」


 二人は腕を組んで街へと歩きだす。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る