24、幕間 サラの旅行(ザールート・トラブル編 その二)

 ザールートは、オルダーンの東隣りにある都市で、人口十万人。最近は移住者も増えてきたとは言え、まだ人口四百人にも満たないオルダーンとは比較にならない規模の都市だ。


 ザールートも海に面した都市だが、主な産業は農業。

 北側には穀物地帯があり、麦が主な作物だ。


 海に面してるのに、水産業がさほど盛んでないのは、砂場を好んで住む魔物が多数居るためだそうだ。船で沖に出ようとすると船底にぶつかってくるので、船に穴が空くのを怖れて、よほど頑丈な船を持つ者以外漁には出ないらしい。


 サロモンに属し配下になりたいと言って来た中に人魚系魔族マーマンが居て、その砂場を好む魔物について聞いたところ、”ああ、ノルノルですね。めっちゃ刺すんですよ、あいつ”と言っていた。体長は三十センチほどで、姿は小さなエイと表現すると近いみたい。半透明で茶色らしい。


 ”刺されると数日ひかないほど腫れるし多少痛いけど、死に至るほどではないから、刺されることを怖れず槍で頭を突けばいいんです。イチコロですよ、イチコロ”とそのマーマンは言っていた。


 魔族のマーマンには大丈夫な相手でも、亜人や人間にとっては恐ろしい魔物なのかもしれないので油断してはいけない。だが、掃討する必要が出た時は、マーマンに頼めそうだという感触は掴んでいる。ちなみに、食べても美味しくないそうだ。


 ノルノルが居るおかげで海産資源を十分に利用できずに居る。

 サラとライラにとってはあまり関係のないこと。

 一応知識として覚えたって程度の話。


 サラとライラは、ザールートののそばまで飛んでグリフォンから降りる。

 グリフォンには、一旦オルダーンへ戻って貰い、アンヌ達の警備に協力して貰うことになってる。必要になったらアンヌへ思念伝達しこちらへ送って貰えばいい。


「数ヶ月ぶりにサロモンの外へ出たけど、エルの建物や街並みを見てるからか、なんか平凡と感じちゃうね」


 ザールートへ入ってライラの第一声がこれだった。

 ライラと腕を組んで歩くサラは


「お兄ちゃんが作るものと比べちゃダメよ。あれはアレだからねえ」


「ああ、うん、この世界と違う世界から持ってきたものだよね」


「そうそう」


「何回聞いても不思議な話。でも、ゼギアス様だからなあ、何でもアリな気がする」


「私もよ。フフフフフ」


 二人は砂浜のそばの屋台で見かけたパンの間にタレが染み込んだ羊の焼肉を挟んだものを食べる。


「うん、悪くない」


「悪くないね。これに合うお野菜を挟んだらもっと美味しくなるね」


 砂浜に座って食べながら雑談している。

 今度作る絵本の内容をどうしようか話している。

 ストーリーや挿絵を考えるのは楽しいらしく、二人でいると最近はこの手の話が多い。あとは上手く作れた陶器のこと。


「フフ、これじゃ家にいるのと変わらないね」


「あ、そうね。でも場所がいつもと違うからお話の中身も楽しく考えられるわ」


「それもそうだわね。そう言われると私もライラと同じ気分だわ」


 背後から、”お嬢さんたち楽しそうだね”という男の声が聞える。

 ライラにとっては以前はよくあったこと。

 サラにとっては初めての出来事。


「ええ、楽しいもの」


 サラは振り返る。

 見かけは、旅行者か、行商人……でもこの街の人かも?

 年齢はゼギアスより少し上の二十代前半くらいか。

 中肉中背のごく普通の人間に見える。

 そんなタイプの男が三名が笑顔で近づいてくる。


「何の話をしてたんだい? 楽しいことなら俺も知りたいな」


「絵本のお話よ」


 ライラが答える。


「絵本だって? そんなもんの何が楽しいの?」


 男達のうちの一人が少しバカにした様子。


「子供達が楽しんでくれることを考えるのはとても楽しいわ」


 ライラがちょっとムキになって言い返す。


「ふーん、そうかい。貴族のお子様相手の話か、金になるならそりゃ楽しいだろうなあ」


「それじゃこいつら金持っていそうだな」


「ああ、誘って遊ぼうぜ」


 男達は勝手なことを言い出す。


「私達が何であんた達と遊ばなきゃいけないのよ。冗談じゃないわ」


 ライラは怒り出してる。


「ほっときなさいよ。さ、宿を取りに行きましょ」


 サラはライラの腕を掴んでこの場から立ち去ろうとする。

 一人の男がサラの肩を掴んで


「待てよ。俺達に逆らわないほうがいいぜ。俺の親父は領主様のところで働いてるんだ。判るだろ?」


「は? 何を言ってるのか判りませんよ?」


 サラは掴んでる男の手を振り払う。


「だからさ? 俺が親父に言えば、あんた達なんか捕まるんだよ。大人しく言う事聞いたほうがいいぜ? 何も攫ってどこかに売ろうってんじゃないんだ。一晩付き合ってくれればそれでいい。俺達もあんた達も楽しんで、はい、さようならってわけさ? 悪い話じゃないだろ? こいつらがあんた達の金をあてにしたようなこと言ったが、俺はそんな気はないしな。な?」


 な? じゃないわよ! とサラは言いたかったが、この街に来て初日でトラブルを起こしたくはない。


「申し訳ありませんが、私達は貴方達と遊ぶつもりはありません。では失礼します」


 サラがそう言って去ろうとすると、再びサラの肩をその男は掴んだ。


「離してくださいませんか?」


 サラは男の手を振り払う。


「乱暴なことしたくなかったんだが、あんたがこっちの言うこと聞かないのが悪いんだぜ?」


 男は他の二人に目配せする。


 一人の男がライラを捕まえようという動きを見せた。

 ライラは平手でその男の顔を打つ。

 パシッと音が鳴り、男は打たれた頬に手を当てた。


「おいおい、お転婆な女だな。男に力で敵うとでも思ってんのかよ」


「いい加減ここらで止めないと、貴方達が痛い目に遭いますよ」


 サラは一応忠告する。

 ライラの目はただ怒ってるし表情もそう。だが無表情のサラの目にはまるで汚い虫を見るかのような男達を蔑んだ色がある。ゼギアスがこの場にいてサラの表情を見たら、男達にお前達のためにここは帰った方がいいと言っただろう。


「てめえ。判らせてやる!!」


 男達はサラに向かって突っ込んできそうに見えた。 

 だが、サラとライラの前には見えない壁があり、男達はそこから先に進めない。

 男達は横や後ろに移動しようとしたが、やはり見えない壁に遮られて移動できない。


「明日の朝までそこで反省していなさい。一晩食事を抜いたくらいじゃ死にませんし、今日は寒くもありませんもの。ゆっくり反省する時間はありますわ」


 サラが使った魔法はベアトリーチェが得意とする結界による封じ込めだった。

 サラも結界魔法を得意とするから、ベアトリーチェとはしばしば情報交換する。その中で使い勝手のいい魔法として覚えていたのだ。


 サラの言うことは多分本当だろうと信じたのだろう。他の二人が”ここから出せ”と騒ぐのに、領主のところで働く父を持つ男は観念しつつも憎々しげに


「お前はどこから来た」


「サロモン王国からですわ。それが何か?」


「ケッ、奴隷の国からか。どうりで常識がねえぜ。まあ、明日の昼までこの街に残っていたらその意味を教えてやるよ。怖かったら、さっさとこの街から逃げるんだな」


「それはどうも」


 男の言うことなど関心ないと明らかに判る態度で、男達を振り向きもせずサラはライラと共にこの場から歩きさる。


 ”あいつらをこのまま帰していいんですか”だの”これじゃ俺達いい恥晒しですよ”と煩い男達を無視して、親の威に頼る男は


「大丈夫だ。あの女は明日も居る。泣いて謝らせ、その後犯して裸にひん剥いてやる。お前らも楽しみにしてな。奴隷のくせに俺に恥をかかせたんだ。ただで済ませるわけはないだろう?」


 そう一人呟いていた。下卑た色を帯びた瞳が光ってる。

 明日何をして楽しもうかと舌なめずりしている。

 他の男達もその言葉を聞いて、”ヘヘ楽しみだぜ””前からやってみたかったことがあるんだ”と悪い顔で笑ってる。


 誰を敵に回したのかも判らずに……。


・・・・・・

・・・


「そう、領主さんは良いお方なのね?」


 サラはオルダーンに居るアンヌと思念で情報を集めていた。

 どうやらザールートの領主は評判の良い方らしい。

 アンヌも、解呪後の話ではあるが、領主と面識があり、会って話した感じでは領民思いの良い領主であるという。


「そう。申し訳ないけど、明日の朝、巡回が終わったらこちらで合流できないかしら? 万が一ここの領主と会うようなことがあれば、アンヌさんが居てくれると話が早いと思うの?」


 アンヌは了解したと返事する。


「このまま帰った方が良いのでしょうけど、お兄ちゃんはこことはいずれお付き合いするつもりのようですから、きっちりと話をしたいわね。あの馬鹿息子じゃなくその親や領主様とね」


 心配しないでとライラの顔に両手をあてて笑顔をサラは見せる。


「クスッ……ライラに引っ張たかれた男の顔ったら……ククククク…………アハハハハハハ、思い出したら笑いが……」


「つい……」


 反省したようにライラはしょげている。


「いいのよ。ライラが叩かなかったら私が叩いていたわ」


 ベッドの上でサラは笑い転げる。

 その様子を見てライラの顔にも笑いが浮かぶ。


「今日は早く寝ましょう。明日の昼頃には、あの馬鹿息子の親が大騒ぎで来るんでしょうから」


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