23、ケレブレアの焦り(その一)

 サロモン王国樹立の報を聞いて、リエンム神聖皇国、ジャムヒドゥンはもちろんだが、中小国や、オルダーンのような地方都市も驚いた。


 奴隷云々の前に、グランダノン大陸南部は亜人や魔族という蛮族の住処で、数々の怪物が居るところであった。そんなところに国ができ、様々な宣言を聞くとかなり知性の高い者達の国だと判る。隣接してる上に、奴隷の捕獲地であった場所が奪われたリエンム神聖皇国はともかく、ジャムヒドゥンと他の国は様子見できる立場であった。


 リエンム神聖皇国では、いつ、誰が、どの程度の規模で討伐に向かうのか議論が起きていた。ジャムヒドゥンとの戦争中でもあり、しばらく様子を見ようという意見が多かったが、やはり社会資本である奴隷の供給源を失うことには深刻な問題と捉えていた。


 このような空気の中、ケレブレアだけは”様子見などしていて良いのか”と悩んでいた。というのも、新たな国ができたことはどうでも良いのだが、首都が神殿の森……神竜エルザークが住むところに出来たことをどう捉えれば良いのか悩んでいたのである。


 聞くところによると、その国の首都名は”グローリー オブ エルザーク”というらしい。この名を聞く限り、その国とエルザークは深い関係を築いてる。


 ケレブレアの目的は龍王ディグレスを倒し、自らが龍王となること。リエンム神聖皇国は、龍が攻めてこないための城であり、国民など人間の壁に過ぎない。自分が龍王に進化した後は、リエンム神聖皇国がどうなろうとどうでもいい。


 国境南部で、奴隷のための亜人狩りが失敗続きと聞いても必要とする者たちが好きにするだろうと放置していた。今回の国にしたって、神殿の森と関係のないところで生まれたのならやはり気にもしなかっただろう。


 だが、あのこの世に直接は関わって来ないはずの神竜エルザークが関わりを持つ国が生まれたのかもしれない……その考えはケレブレアにとって恐ろしく無視できない考えであった。


 護龍は忠誠を誓った龍王にのみ縛られている。だから神竜に歯向かうことは可能だ。だが、護龍が進化した龍王にすら敵わないのに、龍王の中でも優れた龍だけが至るという神竜へ歯向かっても無駄だ。


 もちろん龍王は神竜の意思の体現者だから、そもそも護龍が神竜に歯向かうことなど許される訳がない。


 歯向かえるのは、龍王への忠誠を拒んだケレブレアのようなはぐれ龍だけだ。


 ――勝てるはずはないけれども。


 もしエルザークが現龍王を守るために動き、その駒がサロモン王国だとしたら、早めに潰さないと取り返しがつかない。ケレブレアの野望……自らが龍王となり全ての龍を従えるという夢は終わってしまう。


 そんなことは認められない。


 カリウスを派遣して潰させるか……。いや、龍王ディグレスにカリウスの存在を知られてはならない。それくらいなら自分が出る。


 そうだ。

 我が自ら出て、新たに生まれた国を潰してしまえばいい。


 ケレブレアは百数十年ぶりに、神殿から出た。

 海岸まで行くと、本来の水龍の姿になる。


 (やはりこの姿だと力が湧いてくるな)


 人化している時よりも、体内から湧き出る力を感じる。

 海を目の前にすると今でも龍王を倒せそうな気持ちになる。


 だがそれは、しばらくぶりに海を目の前にした水龍の気持ちの昂ぶりがそう思わせるだけ。龍王はそんなに甘い存在ではない。この程度で倒せるのなら、わざわざ時間をかけてカリウスを洗脳し、育てたりはしない。


 ケレブレアは大海に身を任せ、身体の隅々に水の温もり、水の流れ、それらを思い出させる。


 (よし、我自ら滅ぼしてくれる)


 笑みを浮かべようとでもしているのか、目を細めてケレブレアは海水に身を沈め、グランダノン大陸南部へと泳いでいく。


◇◇◇◇◇◇


 ケレブレアが神殿を出て、人化を解いたことを知った龍王ディグレスは多少驚き、そして


 (神竜の存在に思い至り、焦って冷静さを失ったのだな)


 そう気づいた。


 護龍ゴフリートは、ケレブレアがゼギアスとやらを滅ぼせると考えていたようだ。だが、ゴフリートもまだまだだな。神竜がゼギアスのことを忘れている。


 神竜はこの世に関与しない。

 それはその通りだ。


 だが、龍が神竜を攻撃してきた時、神竜が自らの身を守らないというわけじゃない。敵が人間であれ、龍であれ、この世の生物が相手なら、神竜は攻撃はしないだろう。だが防御はするのだ。


 神竜のそばに居るものを攻撃すれば、その攻撃が神竜を傷つけるものではないとしても防御できるし、必ずする。それこそがエルザークがゼギアスのそばに居る理由だとディグレスは確信している。


 そして今回ケレブレアが出たのはいいきっかけになる。


「護龍達よ、ケレブレアが出た。ケレブレアを追い、彼の者の力を見定めよ。攻撃も許可する。そして、ナザレスよ。お前はそのままゼギアスのそばに残り、彼の者を鍛えよ」


「ディグレス様、それでは護龍の務めを果たせませぬ」


 水龍から護龍に進化したナザレスは難色を示す。


「良いのだ。ケレブレアとケレブレアの元で我を倒すべく育てられてる者は当分、それもかなり先まで動けない。動けるならば、わざわざ身を晒してまでケレブレアがゼギアスの討伐に向かうはずがない。奴は焦ったのだ。だから我を心配することはない。ゆけ! 」


「「「ハッ」」」


 護龍三頭は畏まってディグレスの命に従う。


 三頭はそれぞれ得意のコースでケレブレアを追った。

 火龍から護龍に進化したゴルゴディアは空を、ナザレスは海を、そしてゴフリードは地上を人間の目など気にせず、龍王の命じるままにケレブレアを追った。

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