22、ゼギアス後悔する(その三)

 俺が到着して五分ほど過ぎた時、子供を抱えた男達が背後をチラッと確認した。


 (今だ!)


 水系魔法に闇属性を混ぜた極めて弱い氷魔法をその男達のナイフを持つ手に、手首に向けて続けて放った。

 俺の手から、細く白い光が男達に届く。


 ポンッとナイフが落ちる。

 今まであったはずの男達の手首が消えている。


 俺の手から魔法が放たれたことを察知していたスィールとマリオンが動く。

 マリオンは子供達を救うため。

 スィールは男達を麻痺させるため。


 スィールの状態異常魔法をレジストできなかった男達はその場で座り込む。レジストできた者は居ない。残っていた三名全員が座り込んだ……身体を痙攣させて……。


 マリオンは男達の手から離れた子供達に近づき、子供達のそばに居た男二人を蹴り飛ばす。ガシィィという男達の防具に当たったマリオンの蹴りの音が響く。


 手加減はまったくしていない。

 まあ、マリオンに蹴られて運が良かったと言うべきか。


 俺は抹消するつもりでいたからな。

 こういう卑怯な輩にかける情けを俺はまったく持ってない。


「これで明日の昼まで動けないでしょう。何なら石化しますか?」


 石化は解除できるし、命にも別状無く治癒できる。

 だが、必ず誰かが解除しなくてはいけないという点と、解除できることを知らない者からすると石化は恐ろしい状態なので、必要の無いときの石化は認めていない。


 だからスィールは俺に確認したのだが、麻痺して動けないのだから、後はアンヌ達に任せることにした。尋問する必要もあるだろうしな。時間があれば俺がこの手で地獄を見せてやりたいのだが明日は戻らなければならない。


「マリオンさん!!」


 俺達の背後からサエラの叫ぶ声がする。

 何事かとサエラの居るところまで戻ると、そこには男が倒れていた。

 俺達の後を追って母親と子供達が近寄ってきて、倒れている男に覆いかぶさる。


「あなた!」

「「お父さん!!」」


 治癒魔法を使えるマリオンが近づき確認する。

 やがて首を横に振って


「もう十五分、いえ、十分前でしたら、助けられたのに……」


 そうつぶやいた。

 そうか、敵を追うことと人質を解放することばかり考えて、こんな深夜に子供達二人連れた女がいることを不思議に思わなかった。


 父の死を知った子供達が


「お父さん! もう少しで楽園に着くって、もうお腹が空くことを心配しなくていいって……ウワアァァァァァァアアン!」

「お父さん……お父さん…………お父さあああああぁぁぁぁん!」


 号泣し始めた。

 母親も子供達を両手で抱きしめながら、肩を大きく震わせて嗚咽を漏らしている。


 ……そうか……俺達の国を楽園だと子供達に伝えてくれてたのか……

 危険はあると判っていても、深夜に移動しなければならない理由もあったんだろう……


 ああ、俺はやはり馬鹿だ。

 何度も転生し、多くの経験を積んでるはずなのに馬鹿が治らない。

 ……ちくしょう……。


 もっと注意すべきだった。


 そう、彼らは辛い生活を送ってるんだ。

 毎日、毎日、何年も、何年も……。

 そこに希望が生まれたら飛びこんでくるんだ。

 飛び込まずにはいられないんだ。


 一日も早く少しでも楽な生活をと望む人達の気持ちをちっとも考えていなかった。

 希望を持った人達がどう動こうとするか考えてなかった。

 俺は辛い目に遭ってる亜人や魔族を守ると誓ったのに……。


 子供達に近づき、俺は謝った。


「……すまない。俺が馬鹿なせいで、俺が君たちのこともっと考えられなかったせいで……お父さんの命が奪われることになって……俺が無力なせいで……ゴメン。本当にゴメン」


「ダーリン、気持ちは判らないわけじゃないけど、自己憐憫に浸って自分を慰めるような真似はダメよ」


 今にも泣きそうな俺の後ろからマリオンが声をかける。


 ああ、そうだな。

 泣きたいのは母親と子供達で、俺は泣いちゃいけない。

 悲しみに浸る誘惑に負けちゃいけない。

 俺にはそんなことは許されないんだ。


 ――――だって王になったのだから。


 父親の亡骸を俺は抱きかかえ、山を下っていく。

 母親の横には母親の腰に手を当てながら慰めるサエラが、子供達の手をマリオンとスィールが繋いで俺の後ろをついてくる。


・・・・・・

・・・


 オルダーンに戻り、父親の亡骸の埋葬と親子三人のこと、山に置いてきた人攫い共のことをアンヌに任せ、俺達は飛竜に乗ってエルに戻った。


「ヴァイス! 意思表明をしたい。サロモンとオルダーンの近辺で奴隷商人やそれに類する輩を見つけたら、問答無用で殺すと」


 ヴァイスは既に事情を聞いていたのか、表情を全く変えずに


「サロモンとオルダーンの近辺だけで宜しいのですか?」


「え?」


「この際、地域など限定せず、どこであろうととすべきです」


 どこであろうと奴隷商人とそれに類する輩を殺すと言っても、現実には他国の領土内では基本的に不可能。リエンム神聖皇国もジャムヒドゥンもそのことは判るし、両国への直接的な表明ではないから無視するだろう。


 しかし、奴隷商人達は無視できない。

 何故なら、今回の結果を触れ回るから。


「了承を得る前に動いて申し訳ありませんが、アンヌに”彼の者達を残酷に殺されたように見せるよう”と指示してあります。実際は残酷に殺すようなことはしませんが、死体には細工させていただきます」


「うん」


「事実かどうかなど瑣末な話で、相手が事実と信じる状況を用意すればいいのです。奴隷商人達の動きは小さくならざるを得ません。まったく動かないとはいかないでしょうが……」


 その辺は任せていい。

 俺よりもヴァイスはうまく対応するだろう。


「ああ、判った。それでいこう」


「あと、逃げた人攫い達の捜索もアンヌとゼルデに指示しました。この件は他のことを全て止めてでも優先して対処すべきです。そうしないと我が国への入国を希望してオルダーンへ向かう者の気持ちに影響するでしょうから」


「了解した」


「あ、もう一つ。今回助けた母親と子供達は今日にも入国させます。彼女達を利用して心苦しいのですが、彼女達へは手厚く接し、そのことを宣伝に使わせていただきたいのです。そうすれば亜人や魔族も万が一の際にもその後の心配はないと感じてくれるでしょう。国内でも国外でもですね」


「うーん、彼女達に手厚くするのはいいんだけど、宣伝に利用するのはなあ……」


「ゼギアス様。敵には苛烈に、味方には手厚く温情を。これが我が国だと知らしめる必要があるのです。敵は降参しやすくなりますし、人も集まってくるでしょう。今だ人員不足の我が国は多少好ましくないこともしなければなりません」


 感情的にはまったく嫌だ。

 受け入れたくない。

 可哀想な親子を俺達の利のために利用するなんて考えるだけでも嫌だ。


 だが、ヴァイスの言うことも最もなんだよなあ。

 俺の美意識に沿った方策のほうが良いという理由も確信もないしな。


「ゼギアス様。歴史を見ると、ロマンチストが国を栄えさせた例はないのです。リアリストが国を栄えさせるのです。もちろん理想を持つのも語ることも必要です。理想のない現実主義もまた危険です。ですが、必要な時に適切な手段を感情に左右されずに使えないと国を栄えさせることができないばかりでなく滅ぼすこともあるのです……」


「判った。判ったよ。了解した。だが、彼女達の了承を得てからにしてくれよ?」


「はい、必ず!」


・・・・・・

・・・


「あなたのお気持ちは私達がよく判ってますよ」


「ダーリン。私が慰めてあげる。いっぱい甘えていいのよ~」


「主様、彼女達の生活、私も必ず助けますから、ご安心を」


 家に帰ってグッタリしてると、皆、それぞれの言葉で俺の心情を気遣ってくれた。

 サラとライラも慰めてくれた。


「そうそう、お兄ちゃんは外ではいっぱい叩かれて、家では甘やかされていればいいのよ」


「お兄様、私とお姉ちゃんも幸せになりました。きっとその人達も幸せになれますよ。みんなでそのために頑張ってるんですもの」


 サラの言うことには苦笑しちゃった。

 確かに、うちの奥さん達は俺を甘やかしてくれるから異論はないが。


 そう言えばサエラとライラも親を殺されたんだったな。

 でも今は笑顔で暮らしてる。


 そうだな。

 二人のように多くの人が笑顔で暮らせるよう頑張らなきゃな。


 しかし、皆と旅行したいな。

 難しいこと考えず、いろんな人と会ってみたい。

 今はまだできそうにないけど、人手が足りるようになったら、必ず行こう。

 問題があったらすぐ転移で戻れるんだ。

 連絡だっていつでもどこでもつけられるんだし。


 そういや、こんなこと何度考えたかな。

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