22、ゼギアス後悔する(その二)
マリオンとサエラ、そしてスィールを連れて、俺はオルダーンに来ていた。
二十棟の温室建設が終わり、借りる約束の一棟で育てる果物、栽培方法の説明のため作業に就いてくれる方達と会いにきたのだ。
この世界には甘味が少ない。
だから前回、栽培しやすいけれども普通に育てただけでは甘味の少ないトマトをフルーツトマトとして栽培し易い土地を選び、その試みは成功した。
今回は、果物を栽培する予定。
穀物類だと薄利多売になりがちで、作付面積も広くなければならないし、保管や輸送も大変になる。そこで果物。甘味が少ないこの世界では、果物は高価な商品になるだろう。穀物ほど作付け面積は必要ないし、更に、温泉を利用した温室栽培が可能なこの地にうってつけだと考えた。
今回選んだのはマンゴーとメロン。
この二種を選んだのは、生育温度がほぼ一緒なことと、水やりがあまり必要でないこと。手伝ってくれる方の作業量が少しでも少ないものをと選んだ。
メロンは今年中に、マンゴーは数年先の収穫を狙っている。
本当は、ベリー類やバナナも栽培したいのだけど、多くのことに手を出せるほど人員が居ないので今年は諦めた。
栽培法、特に交配や病害虫についての説明を半日かけて行い、俺は同行していきた三名と共にオルダーン料理を楽しむことにした。
次期領主クラウディオとその姉アンヌと一緒に彼らが勧めるレストランへ入る。
フルーツトマトの反響をクラウディオは熱く語り、アンヌを含めた俺達はその様子を微笑ましく見て聞いていた。今日来たレストランでもフルーツトマトの冷製パスタやサラダにデザートが出てきた。
今はまだ生産量が少ないから地元に卸してるだけだが、新たに建てた温室で大量に栽培できたら、近隣とも良い商売になりそうだとのこと。
またもともと特産だったナマズを使った料理も美味しく、これで養殖が成功したら安く提供できるようになるし、不漁を恐れることも無くなるとナマズについてもクラウディオは嬉しそうに語っていた。
うん、アンヌもとても嬉しそうだし良かった。
だが、いい話ばかりではなかった。
ここのところ、オルダーンを訪れる人が攫われるという噂が広がってるのだという。
「この国の周囲は私とゼルデが指揮して見回りを強化してるのですが、人手がまだ足りず、オルダーンの隣町ザールートとの間の街道と近隣は監視が行き届いていないのです」
この辺りの巡回に、飛竜やグリフォンを利用してはという話はあったのだ。
だが、龍や魔獣は人間にとって恐怖の対象。
現在、グリフォンを利用してオルダーンとサロモンの各地の輸送を行う計画が進んでるが、それはあくまでもゼギアスを信用してる地域だから可能なこと。
ゼギアスと馴染みのないオルダーンの北や東側でグリフォンを利用するのはまだ時期尚早ということで、取りやめになっている。グリフォンよりも怖れられる龍など居ては、怖れて近づく人は大きく減るだろう。
そういうことで今のところ、空中を利用した巡回が出来ずにいる。
可能になれば人手もそう多く必要としないので良いのだが。
まあ、できないことを考えても仕方ない。
とはいえ、オルダーンに近づくと攫われるなどという悪評は絶対に防がなければならない。一つの悪評から離れつつあるのに、新たな悪評で邪魔されるのは困る。この問題はオルダーンだけでなく、サロモンへの入国をオルダーン経由に限定しているサロモンとしても困る話なのだ。
だが、リエンム神聖皇国との戦いがいつ始まるかと緊張状態にあるから、リエンム神聖皇国側の人員は回せない。同じ理由で、俺もここに長く滞在できない。
戻ったら早急にヴァイスとアロンに相談し、こちらにもできるだけ人員を回すからということで、この場でのその話は終わった。
・・・・・・
・・・
・
「ダーリン、先程の話はやはり気になりますわ。私達の国で暮らそうと旅してきた亜人や魔族を捕まえて売り飛ばそうと考えてる輩に違いないです。私達の国が現れたから奴隷の値段を釣り上げるのも楽な状況ですしね」
アンヌ達と別れて、宿に戻った俺達四人はマリオンの言葉に納得する。
そうだな。
一度は売られそうになったサエラも同じ意見のようだ。
スィールは自分が残って怪しい奴を片っ端からしびれさせて尋問しましょうかと言い出した。
建国時にスィールはアマソナスのリエッサと共に部族長の地位から離れ、軍の支援部隊に状態異常魔法を教える役目に就いている。ゴルゴンはデーモンとの戦争でその数を大きく減らしたから、スィールに前線から離れられるのは好ましくないのだが、軍としては状態異常魔法の使い手を増やしたいのでスィールに頼んでいる。
魔法はその理と術式さえ理解してしまえば、魔法力と訓練次第で使えるようになる。スィールは、”私が二~三日居ないと判れば、各自自習しているでしょう”と気楽に言う。
うーん、だがスィールが居る方がやはり良い。
実戦投入可能な人員を早く増やしたいのだ。
オルダーンに回す人員だって、実は数だけなら居ないわけじゃない。
問題は質なのだ。
しっかりと訓練し、実戦で使えるよう見込みがたってから配置したい。
考えていても仕方ない。とりあえず、オルダーンに滞在する予定の今夜だけでも巡回するという話で落ち着いた。
俺とサエラ、マリオンとスィールの攻撃役と支援役のペアを作り、街道を見回ることにした。
・・・・・・
・・・
・
俺とサエラはザールート側に転移し、マリオンとスィールはオルダーン側から始めた。俺達は全員思念伝達可能な状態。俺は不要だが、他の三名には思念伝達ネックレスを持たせてある。これで何かあってもお互いに連絡は可能。
ザールートからオルダーンまでは徒歩で十時間程度。
街道の両側から調べれば、五時間程度で終わる。
俺はサエラと腕を組みながら、一応旅行者風に雑談しつつ歩いた。
そしておよそ二時間後、マリオンから連絡がある。
「ダーリン、見つけましたわ。これから追いかけます」
連絡を受け取った俺は、サエラの手を繋いでマリオンの思念がある場所へと転移した。
マリオン達は街道から山へ入っていったようだ。
「俺もそばまで来た。状況はどうだ」
マリオンの思念が悔しそうだ。
「敵は四人。人質をとってるのです。子供二人を連れた三名。多分、母親ですわね。子供達二人を捕まえて首にナイフを当ててるんですの……」
「判った。手出しはしなくていい。見失わないように注意してくれ」
俺は子供達と母親に怪我をさせないよう、どうすればいいか考えつつ、マリオンの待つ場所まで走った。サエラをお姫様抱っこしながら……。
マリオンの姿はすぐ見つかった。横にはいつでも魔法をかけられるよう準備しているスィールの姿もあった。
「ダーリン、どうするつもり?」
敵から目を離さずにマリオンが言う。
敵はマリオンから離れるようジリジリと動いていた。
「チッ……仲間が来やがった。母親は勿体無いが置いて逃げるぞ」
敵の一人は片腕を抱いている。
マリオンの攻撃で怪我したのだろう。
その男が先に動き出す。
だがこいつは放っといていい。
今は子供達と母親を助けるのが優先だ。
俺は敵の表情を観察していた。
必ず俺達から目を離し、逃亡しようと考えてるはずだからだ。
この辺りからはザールートまではまだかなり距離がある。
隠れ家か、逃亡できる別の算段があるだろう。
そうでなければ俺達を襲い、倒してからザールートへ戻ろうとするはずだ。
マリオンの実力は多分判ってるはず。
だが、人質を離さず逃げようとしている。
対抗手段があるというのか?
今は無くても誰かが持ってくる。
いや仲間が来るのを待ってるのかもしれない。
母親と子供達さえ助けられれば、敵が何人に増えようとそんなもの問題にならない。俺が手出しなどしなくても、マリオンとスィール、いやスィールだけでも駆逐できる。
この時、俺は母親と子供達だけしか居ない理由を考えるべきだったのだ。
だが考えなかったせいで後に後悔する。
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