23、ケレブレアの焦り(その二)


 (ゼギアスよ、急いで我のもとへ来るのじゃ。国民に被害を出したくなければすぐに来い)


 ヴァイスと打ち合わせしていたゼギアスにエルザークから思念が届いた。


「すまん、エルザークから急な呼び出しだ」


 ゼギアスはそう言い残して、エルザークの気配があるところ、神殿の森の背後にある山の頂上へ転移した。


「奴が、ケレブレアが来る。いいか? 我のそばから離れるな。絶対にじゃぞ」


 エルザークのいつもの余裕ある物言いではない。

 焦っては居ないが、ふざける余裕は無いといった感じだ。


 ゼギアスはエルザークに頷いて、エルザークの転移についていった。


「ここじゃ、ここで待つのじゃ。我のそばから離れるなよ」


 転移した場所は、リエンム神聖皇国のサロモン側国境そば。

 広く開けた荒れ地しかない場所。

 以前サロモンと住んでた家から少し北側。


 エルザークは西の海側を見守っていた。


「来た」


 海側から、大きな龍が駆けて来る様子が見える。

 光に当たってる鱗は白銀に見えるが、光に直接当たってない鱗は深く青い輝きを放っている。


「綺麗な龍だな」


 ゼギアスは思わずつぶやいた。


「ああ、奴の名はケレブレア、リエンム神聖皇国で神として崇められてる龍じゃ。護龍の中でも最も美しく強く賢いと言われた龍じゃ。じゃが見惚れてる暇はないぞ。攻撃してくるからな。だが慌てなくとも良い。奴が龍の姿のまま攻撃してくるなら問題はない」


 エルザークが何を言ってるのか、ゼギアスにはいまいち理解できなかったが、慌てるなというのだから、慌てずにエルザークのそばにいる。


 ケレブレアはゼギアスを見つけると、そばに居るエルザークが見えず、ゼギアスしか目に入らないように凝視し、そして口を広げて白いブレスを吐いてきた。


「……バカ者め」


 エルザークはそう口にして片手を前に出す。

 するとケレブレアが吐いたブレスが、見えない壁にでも当たり、そのまま吸い込まれていくような状況がゼギアスの目にうつる。


「別空間、いや、別次元の壁を展開し、そのままブレスを別次元へ送ったのか……。やっぱエルザーク神竜なんだな……」


 森羅万象の龍気を使えるゼギアスはエルザークがやってることを正確に理解はできたが、実際に可能とするエルザークの能力の高さに素直に感動していた。ゼギアスがいくら成長してもこれは無理と理解した。


 ケレブレアには理解できない壁にブレスを吸い込まれたことを理解したケレブレアは、目の前の大きな魔法力を持つ者の横に居るのが人化し、その気配を小さくしているエルザークであることにやっと気づいた。


「マズイ!神竜を攻撃したことになってしまった。マズイマズイマズイ……。」


 ケレブレアは焦った。


 ディグレスが龍王に進化し、ケレブレアが進化しなかった根拠がケレブレアにはいまだに判らないで居る。神竜に攻撃して龍王に進化することが可能なのかも判らない。


 ただ、能力だけなら当時護龍だったディグレスを上回っていたケレブレアが進化できなかったことから考えても、能力以外の理由が龍王への進化には必要だという点は理解していた。


 龍王への進化を目的として生きるケレブレアにとって、神竜への進化を阻害する事柄は全て排除しなければならない。だが今、神竜へ攻撃してしまった。このことが原因で進化できない可能性もあるかもしれない。


 判らないことへの不安がケレブレアを大いに焦らせた。


 エルザークやディグレスから見ると、神殿を出てケレブレアのみでグランダノン大陸南部まで来る選択をした時点で焦ってるとしか思えないのだが、ケレブレアは冷静のつもりでいた。


 だが、さすがに完全に周囲が見えないほどではなく、ケレブレアに追いついたゴルゴディアの炎のブレスは落ち着いてかわす。この辺りは、ケレブレアならではである。


 そしてケレブレアの後を追ってきた、ナザレスとゴフリードも視認できる距離まで近づいてきたことに気づきナザレスに向かって突進しブレスを吐いた。ナザレスがブレスを避けてる間に、三頭から囲まれない位置に移動する。


 (護龍どもめ。三頭なら我に勝てるとでも思ったか)


 ケレブレアは、宙にいるゴルゴディアにブレスを吐き、ナザレスにはその太く強力な尾をぶつける。ゴルゴディアは自身もブレスを吐き、ケレブレアのブレスと相殺させる。ナザレスは尾を避け、ブレスを吐いた。だが同じ水龍系護龍のブレスはお互いに相手にダメージを与えづらい。ナザレスの吐いたブレスは、ケレブレアの尾で払われる。


 だが、そこにゴフリードのブレスも加わると、ケレブレアも避けるしかなくなる。

 地龍系護龍のブレスは風系か雷系で、 ゴフリードのブレスは水龍には相性が悪い雷系であった。


 (チッ、こやつは雷系ブレスを吐くのか……、これではさすがに分が悪い)


 ケレブレアは撤退の隙をうかがい始めた。


◇◇◇◇◇


 こりゃ派手だな。

 まさに怪獣大決戦だ。


 サロモンのここらの領土は荒れ地だから、いくら暴れてもこちらの被害は無い。

 だけど、ケレブレアはブレスでリエンム神聖皇国の城壁も壊してる。


 死人がでなければいいな。

 ここらにはうちの者は居ないからいいけどさ。


「よく見ておけ。いずれあの中で戦っても問題ない程お前は強くなるだろうし、早くそうなって欲しい。とりあえずはあれがお前の当面の目標じゃ」


 エルザークはケレブレアを指差し、あの程度に一人で勝てなきゃ話にならんと言っている。


 んー、今でも俺は化物だと言われてるし、アロンなんかは”早く楽したいので、ゼギアス様お一人でジャムヒドゥン潰してきてくれませんか? あ、行くときは事前に教えてくださいね。母だけは逃さないと困るので”なんてこと言う。


 でもエルザークが俺に求めるのは、更なる化物のようだ。今の俺ではまったく物足りないということだろう。今回はエルザークが居て、更に三頭の龍がケレブレアと戦ってくれてるから、俺の出番はない。だが、エルザークやあの三頭が居なくても俺はケレブレアと戦える力を身に着けなければならないらしい。


 奴隷制度を無くしたあとは、素敵な奥様達とのハーレムライフを楽しみたいんだけどなぁ。俺のささやかな希望はなかなか実現できそうにないみたい。


 ”今の力でも全力で魔法を放てば……それも森羅万象使ってケレブレアの弱点探ってから放てば、多少はダメージ与えられるんじゃないか? ”と魔法力を高めようとすると


「やめておけ。多少魔法力が高い奴が神竜のそばにいると思わせておけ。森羅万象龍気なんぞ使ってはいかん。お前が特別なデュラン族だとバレてしまう。今のところは護龍達や我の力がないとケレブレアには全く太刀打ちできない輩と思わせておくんじゃ」


 なるほどね。


 ヴァイスが言っていたな。

 ”極力、敵に油断される状況を作ることを考えてください”ってさ。


 つまりはそういうことだろう。


 判ったよ。俺は黙ってエルザークのそばに立ってるよ。


 しかし凄いな。

 動くたびに土煙が舞い上がり、尾と尾があたるたびにズバァァァンという破裂音のような大きな音が鳴り響く。

 ブレスで地面には太く長い溝が多数出来ている。


 これは流石にある程度は均しておかないとなあ。

 もちろんうちの領土内の溝だけだけどさ。

 あちら側の溝の対処はリエンム神聖皇国で考えてくれ。


 お、ケレブレアが撤退するようだ。

 逃げても三頭に追いかけられるんじゃと見ていたら、ケレブレアはリエンム神聖皇国の城壁内へ逃げ込みそしてその姿は見えなくなった。


「人化して人の中に紛れたんじゃろうよ。護龍はこちらからは人間に攻撃しないからな」


 ずるいなあ。

 俺が人の中に居たって、あのケレブレアは気にもせずに攻撃してきそうだ。

 いやきっとする。


「それがはぐれ龍というものじゃよ」


 あ、俺の考えを読んでるな。

 今はエロいこと考えてないからいいけど。


「エロいことを考えてる時もあったぞ。さあ、護龍も……一頭は残していくのか。ふむ、ディグレスも早く安心したいのだな。まあそうじゃろうよ」


 ケレブレアとの戦いを終えた二頭の龍がどこかへ去っていく。

 昼の光で鈍く輝く赤黒い鱗を持つ龍は飛び去り、黒に近い深緑の龍は駆け去った。


 ケレブレアと肉弾戦していた群青の龍は消え、存在していた場所には人の姿がある。人化した龍だろう。それは徐々に近づいてくる。以前会ったゴフリードと同じ護龍なのだろう。殺気や敵意はまったく感じられない。


 エルザークの前で跪くと


「神竜エルザーク様、龍王ディグレス様の命により、ゼギアス殿の相手を務めることになりましたナザレスと申します。今後宜しくお願い致します」


 そう言って、礼をした。

 立ち上がり、俺の方を向いて


「ゼギアス殿、貴方のことはゴフリードから聞いております。私はナザレス。ディグレス様から貴方を鍛えよと命じられました。今後宜しくお願い致します」


 俺を鍛えるって……。

 んー、ケレブレアに勝てるくらいまで?


「感謝したほうが良いぞ。ナザレスはケレブレアと同じく水龍から進化した護龍じゃからな。この者を寄越したということは、龍王からもお前は認められたと言ってもいい。要はケレブレアへ対抗できる者と期待されてるのじゃ。まあお前ならそうそう怪我もせんじゃろ、頑張れよ」


 エルザークとナザレスの顔を代わる代わる見て


「怪我しそうなほどキツイの?」


「さあな。それはお前次第じゃ。だから頑張れと言っておるのじゃ。先程の戦いを見ても、今のお前ではナザレスに勝てそうもない。せいぜい苦戦させる程度じゃろう。うむ、キツイだろうな」


 その歯をキラッと光らせて、ニカっと笑うのはやめてくれ。

 嫌な予感しかしないんだ。


 ナザレスが俺より強いだろうってのは俺だって判る。

 これからそのナザレスと訓練するんだろ?


 サロモンにしごかれてた昔を思い出すと、思わず吐きそうになる。

 あれと似たようなことが起きるんでしょ?


 正直言って、避けたいんだがなあ。


 ナザレスは現在の俺にどの程度の力があるのか探ってるようだ。

 そしてある程度判った上で、余裕ある態度。


 うん、この程度かと思われてるよね。


 そうだよ! 

 その程度だよ!! 

 俺は龍じゃないんだ。

 化物と呼ばれていても、龍と比較されるのは迷惑なんだよ!!


「想像していたよりは悪くない。うん、悪くない。龍ではないことを考慮すると、確かに恐ろしい力を持ってる。フフフ、ゴフリードが期待するわけだ」


 ナザレス……Sっ気持ってないよね?

 優男風の外見通り、優しいよね?


「今回のことを心配してる者もおるじゃろ。さあ、帰って説明してやるが良い」


 いや、今の俺は俺自身のこと心配してるんですけど?


 そんな俺の思いは無視して、エルザークはナザレスを連れて転移する。


 判ったよ。

 やればいいんでしょ? やれば……。


 不満タラタラの俺もまた皆が待つところへ転移した。

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