20、ジズー族との戦い(その三)

 本拠地に到着するまでの間、二度攻撃されたが、こちらが反撃すると逃げた。

 ゆっくりと休ませず、こちらを疲れさせるのが目的と判る攻撃だった。


 だが、無駄だ。


 こちらには夜でも遠くまで監視できるエルザとクルーグがいる。


 二人の通常任務は夜間哨戒だ。

 リエンム神聖皇国が夜襲をかけようとして城壁から出てきた時点で発見し、こちらから先手を打って奇襲したことなど何度もある。

 夜間、彼らほど早く敵を察知できる者はそうはいないだろう。


 その二人には昼間は飛竜の上で休んでもらい、夜間は合流し交代で哨戒して貰ったのだ。戦いが始まったら多少無理して貰うけれどさ。

 こちらは敵襲に驚くこともなく、十分準備してから反撃できた。


「アロン、どうする?」


「そうですね。周囲を索敵してみましたが、彼らは包囲されることを怖れているようで、包囲されない場所、背後の海と左右にそびえる山を壁にして正面決戦するようです。包囲されなければ兵数の差で勝てると思っているのでしょうね」


「んー、それだとこちらも策は使いづらいよな」


「ええ、空中からの攻撃を主体にするなら、飛竜隊を使うべきなのですが、今回は連れてきていませんし……」


 アロンは俺の顔をじっと見て、


「目的の一つだった、集団連携戦闘の実戦経験を積むことは達成したと思いますから、ゼギアス様が出ていってケリをつけてもヴァイス様は問題にしないでしょう。どうします? 見てるより動く方が好きですよね、ゼギアス様」


「ハッハッハッハッハ、そうだよ。見てるだけってのはどうもストレスが溜まって困る。俺が行ってくるよ。どうせ俺の力見せて降伏させる予定だったんだ」


「では、ご自由にやって構いませんので、ああ、こういう場合は必ず言ってくれと、サラ様から言われてました……”お兄ちゃんやりすぎちゃダメよ”以上です」


「おう!了解した」


 アロンが全軍に向けて”あとはゼギアス様が遊んでくるそうです。皆さんは邪魔にならないようあと二百メートルほど下がって見物しましょう。”と指示してる。


 ダヤンと厳魔以外は俺の戦いを見たことがあるせいか”俺達相手の方が敵も気楽だろうに”などと言って心配のかけらも見せずに下がっていく。皆につられてダヤンと厳魔も下がっていくがダヤンは何度もこちらを振り返っている。


 さて行くか。


 俺は味方に背を向けて、敵陣へ歩いて行く。

 相手も様子を見てるのか、それとも罠を怖れてるのか、静かに俺が近づくのを見守ってるようだ。


 敵まであと六百メートルほどのところまで近づいた時、敵はやっと動き始めた。

 魔法による一斉攻撃。


 俺は結界魔法を使えない。

 というより覚えなかった。


 俺は無属性龍気を使ったシールドを張ることができる。

 魔法で敵の魔法を相殺することもできる。


 今回は龍気で対応する。

 数種類の魔法で攻撃してきてるが、実際に俺に当たりそうな魔法だけ対応するなら魔法で相殺することも可能だ。

 だが、敵の魔法は俺が脅威を覚えるほどの力はない。

 それははっきりと感じる。


 だったら、敵の魔法がいくら当たろうと気にせずにいられる龍気で対応するほうが忙しくなくていい。


 敵の魔法が降り注ぐ中、俺はゆっくりと敵へ近づいていく。


 あと四百メートルのところまで近づくと、敵も自陣を飛び出し、俺に直接攻撃を仕掛けてきた。味方と交戦するデーモンやガーゴイル、そしてキマイラの様子を観察していた俺は、敵の力量をほぼ正確に把握していた。


 そして出した方針は、厳魔ほどの破壊力はないし、アマソナスの俊敏さもないし、状態異常はもともと俺には効かないから、ただ手当たり次第殴ればいい。


 敵が振るう剣や槍は俺の腕で折られ、ガーゴイルの爪は俺には届かず、俺の拳でただ吹き飛んでいく。キマイラの状態異常ブレスは無視され、飛び込んでくるデーモン達は殴られ蹴られて倒れていく。


 こんな程度の相手は、魔法を使うまでもないのだが、数だけは多いのでいちいち殴るのも面倒になった。


 俺は両手に魔力を溜め、風系魔法を発動させる用意をした。

 用意している間も敵は突っ込んできたが、それらは全て蹴りで対応して退けた。


 準備が終わって、両手を前へ突き出すと同時に魔法を発動させる。


 ただ強風を敵に叩きつけただけ。

 風を刃に変えることもせず、とにかく強風を叩きつけた。


 風でも水でも、少量で勢いがなければ笑って済まされる。

 だが、その都市を覆うほどの莫大な量と木造家屋などゴミのように蹴散らすほどの猛烈な勢いを伴った風は、天災と呼ばれるほどの被害を及ぼす。


 デーモンのジズー族と彼らの配下にいたガーゴイルとキマイラは、お互いに、または壁や柱に身体を衝突させ、空中に散らばっていく。


「マルファは残ってるか?」


 残った敵のところまで駆け、そして聞いた。


「俺がマルファだ」


 黒地に金の刺繍が入った上着を着た男が立ち上がって答えた。

 視線は鋭いし、他のデーモンよりは他者への圧力がある。

 逃げずに、俺の目を見返す強い気持ちもある。

 リーダーとしては合格にはいるだろう。


「そうか、今すぐ降伏しろ。見ての通りお前に戦う力は残っていない。それとも俺とやり合うか?」


 悔しそうに唇を噛んでる。


「本来なら、お前とやり合って死ぬまで戦い、デーモンの誇りと俺の意地を見せるべきなのかもしれんし、俺はそうしたい。だが……」


「……」


「お前は俺の軍隊を無力化するだけで、殺そうとはしなかった。手加減したのだろう? それは侮辱とも感じるが、同時に、俺達などお前はもともと相手にしていないと感じた。違うか?」


「ああ、お前達は俺の敵ではない。敵は別にいるし、できればお前達にも俺に協力して貰いたい」


「……判った。どのみちお前やお前の軍に俺達は勝てそうもない。敗者は勝者に従う。これはこの地に住むものの決まりだ。俺達はお前に降伏しよう。ただし、代償は俺の首一つで許して欲しい。それが認められないなら、最後の一人になっても俺達は抗う」


「これ以上、誰の血も要らない。マルファ、お前とお前の部族が俺の仲間になってくれればいい。俺の条件はこれだけだ」


「それでケジメになるのか?」


「そんなもん要らないよ。もちろん裏切ったら容赦するつもりはない。だが、仲間として俺に協力してくれるなら、お前達には楽しく生きることを教えてやる」


「……だが、それでは俺の面子がたたない。では、俺はお前に忠誠を誓おう。それくらいは受け入れてくれ。俺がお前に忠誠を誓い、お前の言うことには絶対に従う立場となれば、それが俺のケジメになる」


「うーん、そういう堅苦しいのは嫌なんだが、お前の面子がかかってるというなら受け入れよう。俺の名はゼギアス、今後俺と仲間たちに協力してくれ」


 俺に髪を一本くれと言うので抜いて渡す。

 すると俺の髪を自分の腕に押し当て、何やら魔法を唱えてる。

 やがて五芒星の焼印のような印が浮かんできた。


「これで俺はお前の下僕となった。この印は俺が死んでも決して消えない下僕の印だ。俺が裏切るようなことがあれば、この印に刻まれた誓いによって俺は死ぬ」


 重い……重いんですけど……。


「まあ、さっきも言ったが堅苦しく考えるな。覚悟を見せて貰ったと思うよ。ああ、信用するさ」


 デーモンのジズー族は俺達の仲間になった。

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