20、ジズー族との戦い(その一)
春になった。
これで工事ももっと進められると喜んでいたのだが、またしてもデーモンが侵攻準備を始めたという。ガーゴイルやキマイラなども含めると前回より数百は上回ると予測している。
デーモンの動きをこちらも随時確認していたので対策を早く打てる。
前回と異なることはまだある。
アロンがジャムヒドゥンや周辺国から多くの人材を連れてきてくれたこと。
喫緊の懸案だった教師不足は、アロンが連れてきてくれた方達の中の元文官達十名で解消。まだ十分とは言えないし、今後も増員していく必要はあるけれど、当面はひと息つける。
元商人や元武官も居て、その武官の中には、軍を統率できる者が三名居た。商人経験者には兵站面へも協力してもらえそう。それに三百~五百名規模の隊の統率経験者が三名増えたのは大きい。これらに各部族のリーダーが加われば、戦術単位の隊編成が十分可能になる。
冬の間、ヴァイスやアロンと共に集団戦闘訓練を積んでくれたおかげで、厳魔とアマソナスを前衛、ゴルゴンとエルフが後方支援、アマソナスとエルザ兄弟による長距離攻撃部隊による組織だった戦闘が可能になった。
総勢で二千名近く。
二千名の軍隊に、ヴァイスとアロンの頭脳が加わる。
敵が一万名規模でもない限り、俺の出番は無い。
俺も冬の間にエルザークの指導の下、基礎体力はもちろん魔法も龍気も鍛えたから、今の実力を試してみたい気もする。でも、ヴァイスから、それでは隊の実戦訓練になりませんとお叱りを受けたので今回も自重する。
基本方針は前回とほぼ同じ。
罠を仕掛けた場所やこちらに有利な場所へ誘い込んでから包囲して一斉攻撃。
誘導役は厳魔。
魔法防御力をもともと備えてる彼らにエルフが支援魔法をかけ、その状態で戦ってもらい、徐々に罠のある場所まで誘導する…………
…………その予定だったのだが、デーモンの動きが前回とは違った。
飛竜に乗って偵察した者から、デーモンはガーゴイルとキマイラを従え、隊を二つに分けて北側と南側に同時に移動しはじめたと報告があった。
「問題ありません。戦力を分けてくれて感謝したいくらいです」
ヴァイスは敵の情報を聞いても少しも慌てない。
「こちらは北側に侵攻してくる敵を先に全戦力で叩きます。その後南側へ移動し、敵の後背から叩けば済むことです。隊を二つに分けてくれたので、各個撃破するだけでいいのです」
うん、詳しくは判らないけど、要は楽になったってことだな。
ちなみにアロンが何故か嬉しそうだ。
「どうしたの? 何か良いことでもあった? 」
「相手も少しは考えてるのが判って楽しいのです。今回の敵が選んだ手は悪手ですが、でも、何も考えないでただ力押ししてくる敵じゃないと判って嬉しいのです」
ふむ、知恵比べしたいってことか。
でもデーモンじゃ相手になりそうにないな。
「ええ、もう少し歯ごたえがある相手だと私も嬉しいのですが……」
ヴァイスも同じ気持ちらしい。
でも貴方と知恵比べできる相手はそうそう居ないと思うんだよな。
あと今回は敵を追い返すだけではなく、追いかけて敵に大きなダメージを与える予定になってる。前回の戦いで捕虜にしたデーモンからの情報だが、最近攻撃的になっているのは、王が変わり、新たな王が魔族を支配統率する夢を持ってるからだという。
それじゃあ自分の力を思い知らせないと何度も同じことを繰り返すだろうと皆の意見が一致したので、今回は敵を徹底的に叩くことにしたのだ。全滅させて殲滅させるところまではやるつもりは無いけど、敵の本拠地近くまでは攻め入るつもり。
途中で降参してくれると楽だが、捕虜から話しを聞く限りは降参するくらいなら死を選ぶタイプのようだ。
ヴァイスは、殲滅しなくては戦争を継続させるような相手で、本拠地近くまで攻め入っても交渉にも応じないようであれば、その時はゼギアス様の力を見せつける必要が出てくるかもしれません、その時は宜しくと言われた。
うーん、どんな風に見せつければいいのだろう?
まあ、炎の壁で敵を取り囲んじゃうのが、見た目にも判りやすいか。
ちょっと予想外の動きを敵がしてきたけど、うちに対しては有効ではない動きのようだった。アロンの号令で我が方の攻撃が始まる。
厳魔とアマソナスの前衛部隊を三つに分け、中央から厳魔のリーダー、ラルダ率いる二百名が、エルフ等から対魔法防御の支援魔法を受けて突撃していく。敵がラルダの部隊を取り囲む動きを見せた時、その両側の外から、アマソナスのリーダー、リエッサ率いる右翼部隊四百名と新たに加わったダヤン率いる左翼部隊四百名が敵の両翼を側面から襲う。
空中に上がろうとする敵は、我が軍が誇る長距離攻撃部隊によって叩き落される。
アマソナスの中でも弓に秀でた者に、複合素材で威力、命中率をあげたロングボウを渡してある。有効射程二百メートル、アマソナスの鍛え上げられた筋力によって放たれる弓矢の貫通力は脅威だ。
そして、もうこれは卑怯と言われても甘んじて受け入れるしかない武器をエルザとクルーグには渡している。
AK-47、アサルトライフル。
どんな環境でも動作不良を起こさない、構造が簡単でメンテも楽。
重いのが難点でそれが命中精度を下げていると言われてるが、それは人間での話。亜人のエルザとクルーグが訓練すると人間より高い筋力を有し、4キロ程度の重量などさほど問題にならない。遠視能力に優れたエルザ達に有効射程距離六百メートルのAK-47を持たせると鬼に金棒という表現しか思いつかない。
地球で複製した一丁をドワーフに預け、冬の間に二丁だけ作って貰ったのだ。
マガジンの装弾数は八百で、一応スペアも持たせている。
AKー47を俺から受け取ったエルザとクルーグは、この武器の特徴、性能を知ると目を輝かせ、銃撃訓練後には”この子から離れません”とエルザなど言い出す始末。クルーグも暇さえあれば、薬でもやってるんじゃと心配になるような危ない笑いを浮かべて銃身を磨いている。
鷹人の弱点かもしれないと暗視装置も用意したのだが、実は夜でも見えるという。え? 鳥は暗闇では視力落ちるって実は嘘なの? と聞いたら、そんな話は聞いたことないですねえと言われた。まあ、梟なんか夜行性なわけだし、でも梟は特別で、他の鳥は鳥目だと思ってた。まあ、暗視装置は他の人でも十分利用価値あるから無駄にはならない。
そんなわけで、空中の近くの敵はアマソナスがロングボウで、離れた敵はエルザとクルーグがAK-47で叩き落としていく。
実戦で見るのは初めてで、その破壊力にビビったのは厳魔。
自身の身体能力を体内の魔法力を利用して高めているので、全く魔法を使えないという評価は正確ではないが、敵を攻撃する魔法は使えないし、防御や支援魔法も他者へ使えない。使えるのは自身にだけ。
攻撃は彼らの身体能力だけなのだが、これがとにかく怖い。
敵の攻撃など意にも介さず、ひたすら目の前に立った敵を腕や足で破壊する。
彼らの拳に当たった肉体は、言葉通り破裂する。破裂するとしか表現できない結果が、彼らの拳や蹴りに見舞われた相手には生じる。厳魔の攻撃にはどれほどのパワーとスピードがあるのだろう。
返り血を浴びた無表情な青い顔でズンズンと進んでいく様子がとても怖い。
子供が見たら夢に出てきてトイレにいけなくなるのではないだろうか。
うん、厳魔怖い、今日覚えた。
アマソナスの戦い方は、厳魔と異なりパワーよりも敏捷性の高さを活かしたものだった。避けて切る。アマソナスは魔法攻撃には弱い。魔法防御力などないに等しい。だが、その弱点をエルフとゴルゴンが支援魔法で補っている。
デーモンの魔法攻撃がさほど影響がないとなると、アマソナスの動きが良くなるのも当然。相手の攻撃が物理的であれ魔法であれ、まったく当たらない。前回魔法攻撃を怖れて避難を優先した種族と同じとは思えない。
そしてアマソナスは敵を倒すと笑う。
ニヤリと口の片端をあげて笑う。
浴びた返り血を舌で舐め目を光らせて笑う。
厳魔の怖さは体中がゾクリとするような腕で身体を抱えたくなる怖さだが、アマソナスの怖さは背中に冷たいものが走っていくザワザワするような怖さ。
最近、神殿の森に来た亜人の中にはアマソナスの嫁さんもらおうかなと笑顔で話してた男も居る。見た目は肉感的と言えなくもないしね。その気持ちは判らなくも無いが……まあ、本人が良ければいいか……彼に幸あれ。
左翼部隊を率いてるダヤン。
彼は元来一撃離脱戦法を得意とする。
そのせいか、敵の隙を突くのがとても上手い。
攻撃を仕掛ける直前の敵を見つけては倒す。
そして開いたところへ自軍を突撃させ、多少深く入り込んだところで、再び自身が開けたところへ反転突撃させる。
要は、敵がまともに攻撃できない状況を作るのがとてもうまいのだ。
ダヤンは人間で魔法防御力は全く無い。だから彼には魔法防御力ある盾と防具を渡している。しかし俺が見る限りは、彼は魔法攻撃されていない。いや、させないのだ。
敵が攻撃しづらい状況をダヤンが作り、そこへ厳魔とアマソナスで構成する左翼部隊が突撃していく。
中央と右翼の攻撃力は相当だが、三隊の中でもっとも結果を出してるのは左翼だ。これは統率能力と判断能力が優れているおかげだろう。
ダヤンに遊撃隊を任せたら大きな戦果をあげてくれるに違いないと戦術素人の俺でも確信する。
支援魔法部隊は、ゴルゴンのリーダー、スィールが必要に応じて、味方への魔法防御や敵への状態異常魔法を。長距離攻撃部隊は、エルフのマルティナがリーダーを務め、敵の密集してるところと、近づいてきた敵を丁寧に攻撃している。マルティナの指示方法は面白い。攻撃地点の指示を魔法を使った光で行う。弓兵は、その赤や緑などに光った地点をめがけて乱射する。
ちなみにエルザとクルーグはその指示を無視することが許されている。攻撃目標と目標までの距離が全然違うしね。
戦闘開始から三十分後には敵は撤退していく。
うちの部隊は、一旦戦闘を止め休憩と捕虜の確保を行う。
今回はまだ戦闘する予定なので、捕虜はマルティナが張った結界の中に閉じ込めておくことにした。
休憩中に、上空で指揮していたアロンが周囲を見て、敵の逃亡先を確認する。
そして偵察役を乗せた飛竜が、今回のもう一つのターゲット、南下したデーモンの様子を調べに行く。
俺の背後では、各リーダー達が戦闘で感じたことを教え合い、修正するべき点について話し合っている。
「ガーゴイルは魔法も物理攻撃力もそう高くないけど、動きが速いから、先に狙ったほうがいいかも……」
「デーモンもまるっきりの馬鹿じゃないね。隊を内部で幾つかに分けて、攻撃が途切れないよう指示していた」
「状態異常魔法はどれもあまり効果が無かったから、味方の支援に集中したほうがいい。魔法力の消費を抑えておくのも大事よね」
うん、我が方に油断はない。
実際、勝ててはいるけど兵数は向こうが上なんだし、こちらはその分、疲労に注意しなきゃいけない。効率的に倒していかなきゃ長期戦になれば不利。
俺でもそんなことは判るのだから、いくつもの戦闘を経験してきたリーダー達は可能な限りの準備に余念がない。
「じゃあ、このまま行軍して南側も叩きますか。先程撤退した敵から情報を得てるでしょうが、手は打ってありますので、私達はすべきことをすればいいだけです。では行きましょうか」
そのアロンの号令で全軍が動き出す。
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