18、指揮官と兵士 (その一)
ジャムヒドゥン、創始者ケレムが建国した騎馬民族国家。
ケレム亡き後、その息子たち四人の子孫四士族が四つに分けられた各々の領地を治める。四士族はお互いに領地拡大を競争し、今やジャムヒドゥンはグランダノン大陸においてリエンム神聖皇国と共に二大国の一つにまで成長した。
リエンム神聖皇国は攻め落とした国を完全併合し、ケレブレア教を国教として押し付ける。ジャムヒドゥンは完全併合することもあるが、宗主国として認め、一定税を納め、戦時協力するならば属国として支配する。宗教は以前からの信仰を認め寛容であった。
四士族とは、ケレムの長兄ウルスを祖とするウルス族、次男ダギを祖とするダギ族、三男テムルを祖とするテムル族、四男アザンを祖とするアザン族の四つである。各士族の族長はドルダと呼ばれ、ドルダのうちの一人が四士族をまとめるグラン・ドルダとなる。
グラン・ドルダは、シャーマンによって選ばれる。
シャーマンはその身に創始者ケレムの魂を憑依させ、新たなグラン・ドルダを選ぶ。
グラン・ドルダを決めるシャーマンは、ケレムの妻エリムの嫁ぎ元の一族ロカル族から生まれる。ロカル族は預言者の一族と呼ばれ、星詠みなどで予言を行う。ロカル族からは、特殊な能力の持ち主が生まれた。
ケレムの妻エリムは予言の力に優れていた。その力とケレムが生み出したとされる様々な戦術でジャムヒドゥンは建国されたと言われる。
ロカル族からは、予言の能力者だけでなく、大地や風を利用する幻術とか妖術と呼ばれる力を使う者が生まれた。
予言の力を強く持つ者は各時代に一人しか生まれない。
予言者はその魂を次の世代に引き継ぎ、その魂を引き継いだ者が次の予言者となると言われている。星詠みの力はロカル族の多くが持っているが、予言者と呼ばれる者は一人である。
ただ、世代交代ごとに魂の力が弱まってきたのか、代を追うごとに予言の力が発動する機会は減った。予言の力は予言者が自由に使えない。自然と脳裏に浮かぶものらしい。エリムは毎回ではないが、大きな戦の時には予言が浮かんだと言われる。
だから現在の予言者は、予言が発動した時はその発言は重視されるが、グラン・ドルダを決める際にケレムの魂を憑依するシャーマンとしての役割を担う程度の存在になった。
ロカル族は、予言者を生む一族としてより、術師を生む一族として有名となった。ロカル族から生まれる術師も皆が強力な術を使えるわけではない。だが、戦場においては、土煙をあげられる術だけでも重宝する。
実際、リエンム神聖皇国との戦いでは術師のおかげで、強力な魔法を多用してくる戦闘神官を将とする軍勢にたびたび勝利している。
各士族はロカル族の術師、戦場で頼りになる力を持つ者を重用するが、それも当然である。強い力を持つ術師を多く生み出す家系は名門と称される。
だが、名門の子弟だからといって、必ず強い力、戦場で使い勝手のいい力を持つわけではない。
初めて強力な術を使い、予言者として名を馳せ、一族の創始者とも言われるロカル。そのロカルの直系の一族スアル族。ケアルの妻エリムを生み、数多くの強力な術師を生み続けてるロカル族中最高の名門と言われるスアル族の子孫にも、いわゆる落ちこぼれは居る。
ズール。
スアル族現当主の長男として生まれ、現在二十四歳。
当主の長男として期待されて生まれたが、術の才能に恵まれなかった。
彼の後に生まれた次男や長女が名門の名に恥じない力を持って生まれたのに、彼は術をまったく使えないまま育った。
両親はズールもきっと使えるはずと、ありとあらゆる方法で能力が発現するよう教育したのだが、能力が発現する気配はまったく見えなかった。
ズールは両親の期待に応えるべく努力したし、術以外の戦術知識や体術・武術などでは他の兄弟とは比較にならないほど優秀であった。
だが、スアル族の長男として期待されているのは、あくまでも術師としての能力。
どんなに盤上戦術で連戦連勝であっても、武術訓練で圧倒的な力を示しても、術が使えないとスアル族の落ちこぼれとしか評価されない。
当主が亡くなり、次期当主として次男が選ばれた後、母はズールを次男のそばから離した。遠く離れた土地で、家とは関わらず自由に生きられるよう離した。
ズールの弟、新当主ゼベルは兄ズールの存在を疎ましく感じてる。そのことは母も判っている。あくまでも年功序列が基本の社会では、いくら一族の落ちこぼれであろうと兄の存在は当主として気にしないわけにはいかない。周囲もゼベルの兄ということで気を使う。ある種の祭祀ではゼベルよりもズールを尊重しなければならないこともある。母にはゼベルの気持ちもよく判る。
悩んだ末に、病気療養という名目でズールをジャムヒドゥンに属さない国へ送った。
「貴方はスアル族の誇り高い血を受け継いでいる。でも、判ってちょうだい。ゼベルも辛いの。貴方はもうジャムヒドゥンともスアル族からも離れ、自由に生きてちょうだい」
ズールは母の気持ちが判った。
男系が発言力を持つこの国で、母が家のことに口出すことは許されない。
母に出来ることはズールを家や一族から離し、一族とは関係のない立場で自由に生きられるようすることだけだった。一族や兄弟からの冷たい視線に晒され、身の置き所に困ることないよう泣く泣く決断した。
しかし、このことを知ったゼベルは、病気療養ではなく死亡とした。
時世の変化があろうと、兄ズールの存在を当てにしない、その存在を認めないという姿勢を明らかにしたのだ。
ズールは”そこまで俺の存在を疎むのか”と弟ゼベルの態度を憎み恨んだ。
そうは言っても、母を愛しているし、自分のことを愛し心配してくれた母を大切にしたい気持ちもあった。母の立場が悪くなることだけはしない。だが、母に何かあった時は、一族を敵にすることも厭わない。その思いを秘めて、ズールはジャムヒドゥンの外の世界を旅していた。
ジャムヒドゥンから南には、ジャムヒドゥンの属国以外の小国が数多く存在する。
ズールはそれら小国を旅していた。
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