18、指揮官と兵士 (その二)

 オルダーンで人材探ししていたアンヌがズールと出会ったのは、ズールが海岸で釣りをしていた時だった。


 ゼギアスの進言で、オルダーンには禁漁区、禁漁期が設けられていた。海産資源を守り、この地の水産業安定を目的としたこの案は、港町オルダーンの将来に必要なものとして地元民も理解され守られていた。


 ズールが釣りをしていた場所は、たまたま禁漁区の中であった。この区域は貝の密漁を防ぐための区域であり、釣りをしても問題はないのだが、地元民なら別の場所を選ぶ。


 見回っていたアンヌはズールに声をかけた。

 ズールの様子から密漁者ではなく旅行者だろうとは思ったが、知らずに貝類を採り監視者にでも捕まったら気持ち良くないだろうと考えたのだ。


「ここで釣りをしても構わないのですが、貝類資源を守るための禁漁区ですので、気をつけてくださいね?」


 笑顔で優しく注意するアンヌの声に、ズールは反応する。


「すみませんが、禁漁区というのはどういったものでしょう?」


 この世界では、資源保護という考えはまだない。

 資源は神の恵みであり、多く採れる時も少ない時も全て神の意思と考えられている。


 ズールが禁漁という資源保護手段を知らないのも無理はない。


 オルダーンの人々も、この案をだしたのがゼギアスでなければ受け入れなかっただろう。救世主であるゼギアスの案だから従ったのだ。


 アンヌから資源保護の考えを教えてもらい、ズールは感心していた。

 資源保護で生じる利益に感心したのではない。


 自然の恵み、神の意思としか考えられていなかった食料。

 その食料を人の手で守るという考え方に感心していた。


 生まれるのも死ぬのも神のご意思。

 生まれた者が持つ能力も神のご意思。

 それが事実ならば、術を使えない自分の存在も神の意思による。


 術を使えて当然、強力な術者であってこそ名門スアル族に生まれた者の責務である。スアル族は神の意思で術を使える者が生まれる一族だから、術を使えない者は神の意思から外れた存在。


 そのような考えが当たり前の環境の下、ズールの存在は疎まれたし、蔑まれた。ズール自身もそのようなものだと自然に受け入れていた。


 全存在の生死や能力の有無は神の意思。


 だが、そうではないとしたら?

 人の力が世界に影響を与えられるのだとしたら?

 術を使えて当たり前の一族に、術を使う能力を持てずに生まれた自分の存在にも意味が何かあるのではないか?


 まだ漠然とだが、今までの自分を見る目が変えられる気がした。


 禁漁区、禁漁期、そして養殖などのアンヌの説明を聞きながらズールは希望を感じていた。


「説明していただいたような考えはずっとこの地にあったのですか?」


「いえ、ある人が教えてくれました。その人が教えてくれるまでは、魚も貝も全て神の恵みであり、私達はその恵みを受け取るだけと考えていました」


「その人とは会えるでしょうか? 是非お話を聞いてみたいのです」


 アンヌはゼギアスを紹介してもいいものか考えた。今は人材を一人でも多く必要としてると聞いている。だから、アンヌは人材探しのためにオルダーンに戻ってきた。それにこの者がゼギアスをどうこうすることは不可能だろうし、この者をどうするかはゼギアスが決めるだろう。


「この地にはいつもは居ません。会いたいのであれば、泉の森に住むエルフのところへ行き、ゼギアス様を訪ねるといいでしょう。時間があれば会ってくださると思いますよ」


「その方はエルフなのですか?」


 エルフは人間よりも自然を尊ぶ種族。

 そのような種族が自然の力に人の力が影響するなどと考えるだろうか?

 もしそうならその人の発想力は驚くべきものだ。


 ズールは更に興味が深くなった。


「エルフではありませんが、亜人ですね」


「では、泉の森の場所を教えていただけないでしょうか?」


「私は二日後に泉の森へ戻ります。私と一緒でも構わなければお連れしますけど」


 二日後?

 どうせすることもないのだ。

 その人と会えるなら二日後だろうが一月後だろうがいくらでも待つ。

 このアンヌという女性の様子から察すると、その人とアンヌは親しいようだ。

 この人と一緒に行ったほうが会える気がする。


「ええ、是非お願い致します」


「ゼギアス様がいらっしゃらなくても、多分、数日以内には会えるでしょう。では、宿泊してる宿を教えてください。出立の準備を終えたら連絡さしあげますので」


 二日後、ズールはアンヌと共に飛竜に乗って泉の森へ出発した。


◇◇◇◇◇◇


「やあ、待たせて済まなかった。昨日はいろいろと立て込んでいてね。話す時間を取れなかったんだ。昨夜泊まって、何か不便なことはなかったか? あったら何でも言ってくれ。まだ挨拶してなかったな、俺がゼギアス。あんたのことはアンヌから聞いてる。俺と話したいんだって?」


 ズールは挨拶し、この地に着いてから不便など感じていないことを伝え、そしてオルダーンでアンヌから説明されたことを知ってゼギアスに興味を強く覚えたことを話した。


「まあ、あんたには珍しかったんだろうな。植物を栽培することは知っていても、魚や貝を育成したり保護するなんて、どこでもやってないからなあ。で、そのことを知って何を話したいんだ?」


 ズールは身の上話をし、今回自分の存在意義を改めて考え直したことや、神や自然についても視点を変えて考える必要があるのではないかと疑問を覚えてることをゼギアスに伝えた。


「……様々な知識が足りなくて思いつかないことや、努力不足の理由に神の存在を持ち出す。または支配しやすい理屈に神を持ち出したりと、神という存在そのものは否定しませんが、世間で言われる神の恵みだとか神の意思というものには疑問を感じたのです」


「あんたの場合は、身の上が身の上だからそういう考えに至ったんだろうな。俺個人としちゃあんたの見方は正しいと思うぜ。でも、それを世間に周知させるのは難しい。慣習や信仰、権力や欲や誇りなんかがあんたの敵でそれは見えないものだからな」


「でもオルダーンでは貴方の方針が受け入れられているし、街の人も貴方に従ってる。あの街にも慣習があり、それを守ってきた誇りはあったはずなのに……」


「それはきっかけだな。オルダーンの人達には俺を信用してくれるきっかけがあった。そのきっかけを俺は利用して俺の考えにとりあえずは手伝って貰ってる。だからあそこで試してることはある程度の成果を出さなきゃいけない。結果がうまい方向に出れば、あの街の人達だけでなく、見て知った他の街の人も試してくれる可能性が出る」


 真剣な眼差しで語るゼギアスをズールもまた真剣な態度で受け止めていた。


「この世界の多くの人にゼギアスさんの考えを広めるにはどのようなきっかけが必要だと思いますか?」


「利益だ」


「利益? 」


「ああ、新しい考えに従えば、もっと豊かに、もっと安定した、不安が少ない生活を送れると多くの人に利益ある考えだと判れば勝手に広まる。とても多くの時間がかかる話だがな。敵も居るし」


「敵とは、今のままが都合の良い人達?」


「お、察しがいいね。その通りだ」


「なるほど。昨日ここで行われていることを見物させて貰いました。新たな技術も素晴らしいと感じましたが、私は武門の出ですのでどうしても戦闘訓練に興味がありました。情報の共有と共有された情報によって生まれる機動力と展開力ある組織だった戦闘訓練でした。その性格は防御力に重きを置いた戦い方でした。あれは、この国を守るためのもので他国を攻めるものには見えませんでした。つまりこの国はいずれ大国の脅威になると考えてらっしゃるのですね?」


「うん、必ずなる」


 ゼギアスの考えに賛同したい。

 ゼギアスの考えを実践してる国を守りたい。

 

 ズールの中に様々な思いが湧き上がってくる。

 自分を肯定したい、自分を否定した国を見返したい、そういったズールの個人的な思いが根底にある。そのことはズール自身も理解している。


 だが、それとは別に今まで知らなかった世界を見てみたい。新たな世界作りに協力したいという思いも同時に生まれていた。


 一族と関わりにならず、もう死んだも同然にただ余生を送るだけと思っていたズールにとっては離れがたい魅力ある思いだった。


「私にもこの国でできることがあるでしょうか?」


「おお、あるさ。いくらでもある。特にあんたのような軍事に詳しい人は大歓迎だ」


「術が使えない私に価値はあるのでしょうか?」


「術が使えて当然のあんたの一族にとっては、あんたは困った存在だったのだろうが、俺に言わせるならあんたの一族はバカだな。あんたの一族を悪く言ってすまんな。だが、考えても見ろ? あんたは術を使った戦法の長所も短所も判って戦術を組み立てられるんだ。その価値はとても大きい。術などは使える者が使えばいいだけで、その手の者が重要なら、ほぼ全員が何かしらの魔法を使える魔族は重要人物だらけだ。戦場では指揮、指示出来るものが必要だ。あんたにはその才能がある。俺にとってはあんたの一族の内であんたこそ最も重要な人物だ。敵にいたら一番やっかいだからな」


「ゼギアスさんの見方を信じたい。私にその機会をいただけますでしょうか?」


「え? 本当に俺達の仲間になってくれるの?」


「許していただけるなら是非」


「でも、あんたの一族が敵になることもあるんだよ? いいの?」


「それについては……、母が生きてる間は私が前に出ることは避けたいです」


「そりゃそうだな。質問なんだが、あんたの母さんをこっちに呼ぶことは無理かな?」


「私を愛してくれたように、母は弟達も愛しているでしょう」


「なるほど、それも当然だな。判った。あんたがうちを手伝ってるとは知られないよう、戦場でもその他の場所でも手を打とう。なに、難しいことじゃない」


 うちには思念伝達の装備がある。

 近くに居なくても指示はできる。

 離れた場所を広く観察する装備も作れるだろう。


 うん、問題ない。


 ゼギアスはズールの通称・呼称を変えることにした。

 呼び名から素性がバレるのを避けるためだ。

 ズール本人もそれを希望した。


 本名ズール・スアル。

 通称アロン。


 後世、その戦いは慎重堅実。だが、勝機を見極めた時の一撃は戦況を大きく変えたと称される戦術家がここに生まれた。

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