17、ジラールのサキュバス (その三)

 路地裏のいくつか荷物が積んである空き地。

 そこへ着くと、やや背の高い方が


「お願いです。私達の主になってくれませんか?」


 そう頼んできた。


「意味がよく判らないのだが、主人を必要としてるのか?」


 ご……ご主人様プレイ??

 ゴクリと喉を鳴らして、そんなことを一瞬想像したが、まあ、確実に俺の願望兼妄想だろう。


「必要としてるわけじゃありませんが、貴方は昨日と今日二度も助けてくれました。その御恩を返したくて昨夜貴方の部屋にも忍び込んだけど、私達の力が貴方には全く効かなくて……」


 え-と、話が繋がらない。

 恩返しと俺が彼女たちの主になること。

 どこに接点が……。


「恩に感じることはないと昨夜も言ったし、今日のだって俺は奴隷商人が大嫌いだった上に一応顔見知りのお前達が捕まっていたのでやっただけだ。今日のことも恩に感じることはない。だいたい、恩返しと俺がお前達の主になること、どうやったら繋がるんだ」


 彼女たちは纏っていた白いローブを脱いだ。


「私達はサキュバスなんです。若い男性ならサキュバスを自分の思い通りにすることに憧れると聞かされていたので、貴方もそうなんじゃないかと思って言ったのですが、違いましたか?」


 だからお姉ちゃんは思い込みが激しいっていつも言ってるでしょと小さい方の女の子が姉を叱ってる。


 うむ、エロい。

 やや蒸気した表情、そよ風になびく銀髪、白い肢体、滲み出るフェロモン、全てがエロい。


 お兄ちゃん頑張っちゃうぞ~とか言いたくなるがここは我慢する。


 つまり若い男性である俺ならサキュバスを手に入れて好きなプレイを楽しみたいだろうと思ったわけだ。だから俺を主にして若い男性の願望を叶えさせて恩返ししたいと考えた。


 だが、奴隷商人から解放しただけで、そこまでのことするかな?


「他にも理由があるんじゃないか? 奴隷商人から解放しただけで俺を主にしようだなんて割に合わない話だ」


「どうする?話すの?」

「いい人のようだし、そうしようかなあと」


 姉妹二人でやや決め兼ねているようだ。


「実は私達追われて逃げてきたんです」


 姉が意を決して話し始めた。

 彼女達の母親は、リエンム神聖皇国のある貴族の奥様と契約していた。

 契約内容は、奥様が旦那の相手できない日は旦那から精気を抜いて浮気する気など起こさせないことと、奥様が相手する日は旦那をその気にさせること、その代わり、彼女達の母は、屋敷内の男達から翌日の仕事に支障出ない範囲で精気吸い取って良いということだったらしい。


 セレブな奥様は旦那の浮気対策と夫婦生活充実のためにサキュバスを利用したわけだ。


 ところが夫婦喧嘩の果てに、奥様は相手されなくなってしまった。

 にも関わらず、どんな美女から誘われても旦那さまのその気がちっとも出てこない。


 うん、男から元男になってしまったのではと悩んだことだろう。


 旦那さまは医者にも相談し、悩んでいたところ、奥様と契約していたサキュバスの存在がバレた。旦那さまは怒って、奥様を離縁するだけでは治まらず、そのサキュバスも捕らえて殺し、彼女たちも捕まえようとした。

 二人は旦那さまの手から何とか逃げ、ここまで来たものの、噂では旦那さまは今だに二人を探しているらしい。


 これからどうしようかと悩んでいたところに俺と会って俺に助けてもらえないかと考えた。


 そういうことらしい。


「なるほどな」

「貴方はとても強い、それに魔法力もかなり強いはず。それに優しい。いつか誰かに捕まって自由を奪われるなら、貴方のような強くて優しい方に従うほうがいい」


 「あれ、俺は魔法使ったかな?」と質問すると、昨夜サキュバスの淫夢を見せる力も催淫する力も通用しなかったから、かなり強い魔法力を持ち、魔法抵抗力が強い人だと思ったのだという。


 エロい夢を見せて、それで恩返しにしようだなんて、なかなか判って……いや、失敬な人だな。その上目を覚ました俺を催淫しようとした? それはとても勿体無……いや、行きずりの女性と遊ぶような男に見られるとは心外だ。


 強い力を持つ人と契約すると、その力に影響されて魔族も成長することがある。

 貴方は強いから、私達も成長できるかもしれない。

 そうしたら逃げ切れる可能性も高くなるし、貴方の役にもたてる。

 だから私達と契約して主になって欲しい。


 彼女はグリーンの瞳を潤ませ上目遣いで俺に頼んでいる。


 そういう目を向けられちゃう弱いんだよなあ。

 こういうところがサラに危ないと思われるのだ。


「契約は今ここで決められない。でも俺の手伝いをしてくれるのは有り難い。当然、お前達は俺が守る。どうだ? この辺で今日は納得してくれないかな?」


 二人は、喜んでくれている。

 その様子を見て、俺はまあ、人員はまだ足りないんだし、人間じゃないのはちと残念だけど、それはまだこれから探せばいいと二人を泉の森へ連れて行くことを決めた。


「これから二人を連れて行くところには、独身男性が大勢居る。だけど、催淫は以ての外、淫夢も俺の許可がない限り自重すること。守れるか?」


 二人は揃って頷いた。


「そうだ、お腹空いていないか?」


 サキュバスは男性の精気の他に生命力も食べて生活できるという。

 生命力は、生きてる者なら自然と垂れ流している。

 生命力に溢れた者や乏しい人で体外に出してる量は違うけれど、大勢が生活してるところであれば、サキュバスは食に困らないらしい。


 ただ、先程まで捕まってる間中着けさせられていた鎖には聖属性魔法がかかっていて、あれを身に着けさせられると魔族の力はほぼ失われてしまう。体力も消耗するので、空腹ではないけど疲れているという。


 ふむ、それじゃ闇属性龍気で癒やすことができるんじゃないかと、姉の手を掴んで闇属性龍気をただ彼女の身体に流し込んだ。


 ……やってしまいました。


 ベアトリーチェに聖属性龍気でホルモンを操作したときと似たような状況が目の前で起きてます。姉、激しく悶えております。見事な肢体のクネクネが止まりません。エロいにも程が有ります。


 妹が「お姉ちゃんどうしたの?」と姉の身体に触ると、「あ……今、触っちゃダメェ……」と落ち着きかけた彼女は再び悶え始めました。


 俺と妹は姉が落ち着くまで見守った。


 全身で息をして、胸に手を当て、やっと落ち着いた姉は


「こんなご褒美を最初にいただけるなんて……」


 ヨロヨロと立ち上がり、熱い視線を俺に向けてくる。


「私はサエラ、契約など無くても私は貴方の下僕です」


 ちょっと待て。

 サエラの状態は何となく判るけど、どうして下僕まで飛んだ。


 サエラの話によると、人間二~三人の精気を吸うくらいでは、サキュバスのお腹は満たされない。それこそ死ぬ勢いで精気を吸っても満たされない。


 だが俺が流した気は、彼女の飢えを完全に癒し、更に情欲まで満たしたとのこと。


 サキュバスは世間のイメージと異なり、いわゆるビッチではないのだという。

 彼女達が淫夢を見せるから彼女達も淫らだと考えるのはおかしいのだという。

 サエラが言うには、人間は麦を育てるために肥料を撒くが、だからといって肥料が好きだというわけではない。同じなのだという。精気が欲しいから、淫夢を見せるし、時には催淫するが、別に男好きなわけではないのだと。


 うーん、アマソナスと同じに思えるな。

 サキュバスが美しい顔やエロい肢体を持ち、フェロモン垂れ流すのは種族が生き残るために必要なことだという。

 もし淫夢を醜女が見せてると知ったらどうだろう?

 醜女が催淫したらどうだろう?

 男は精気を出すほど萌えるだろうかと言う。

 生きる上で必要な外見や性質を持っているだけで、エロいわけではないらしい。


 大勢の男性が生活する場所で生きたサキュバスの中には生涯一度も男と肌を合わせなかった者も居るとのこと。


 ああ、判ったよ。


「つまり、俺のそばに居れば、サキュバスにとって滅多に経験できないことが経験できる。だから俺の下僕となってそばに居る。そういうことかな?」


「はい、宜しければお名前を教えていただけませんでしょうか?」


「俺はゼギアス。下僕になどなって欲しくはない。自分の意思で自分の幸せを掴むために俺の仲間たちと頑張ってくれればそれでいいよ」


「お姉ちゃんばっかりずるいわ。私もして欲しい」


 妹の名はライラ。

 困ったことにこの娘も、もう既に男を惑わす術を身に着けている。


 だが、サラと同じ年齢だと聞き、俺は闇属性龍気ではなく無属性龍気で彼女の身体を癒やすことにした。物凄い不満な表情をするが、俺は負けない。

 ライラにはまだ早い。

 そんな潤んだ目を向けても俺は絶対に負けない。

 絶対にだ!


 二人の疲れを癒やした俺は、広場で空腹を癒やすことにした。

 白いローブを二人に羽織らせ、食後に俺の仲間達のもとへ連れて行くと約束した。


 今回も人間の仲間を見つけられなかった。

 残念だ。

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