17、ジラールのサキュバス (その二)
お腹を満たし、喉を潤した俺はやっと落ち着いた。
会計を済まし、店員におすすめの宿を教えてもらう。
教えられた宿を目指し、ほろ酔い気分で歩いていると、こういう雑然とした歓楽街ではよくある酔っぱらいが女の子に絡んでる様子が目に入った。
先に言っておくが、俺がこの手の酔っぱらいの邪魔をするのは正義感からなどではない。単に不愉快だからだ。せっかくいい気持ちでほろ酔い気分を楽しんでるところに、酔っぱらいが女の子に絡んでる様子を見せるのは、俺のささやかな幸せを邪魔しているとしか思えない。
「へへ、嫌がるようなことしないから一緒に飲むだけさ。付き合ってくれてもいいだろ」
こういう台詞を聞いた時、けっしてもう嫌がることしてるのに信じられるかなどと絡まれてる女の子は言ってはいけない。何故ならそれは俺の台詞で、俺が酔っぱらいの前に出る合図なのだから。
「その子が嫌がってることしてるのに、そんな言葉を信じる女の子がいるわけ無いだろう?」
俺は酔っ払いの肩を掴む。
俺の身体はでかいから、見ただけで大概の酔っぱらいは去っていく。
「うるせえな。てめえには関係ないだろう……ッ!」
振り返った酔っぱらいは俺を見て息を呑む。
ジリジリと俺から離れてく。
うん、これもいつも通り。
そして足早に去っていった。
これで不愉快なものは俺の目から消えた。
ここで女の子から感謝されて……そういうこともある。
でもね?
俺には何も言わずにそのままどこかへ逃げること意外と多いんだ。
まあ、判る。
一難去ってまた一難、そんな悪い予想しちゃう人いるんだよ。
俺の体格と酔っ払ってる様子見て、こいつに掴まったらどこかにお持ち帰りされちゃったらと考えると怖いよね。
うん、判る判る。
一人残った俺はまた宿へ歩きだす。
ん?泣いてないかって?
慣れてるんだ、こういうの……。
さぁ、宿で風呂入って寝よう。
夜中声がして目を覚ました。
気配には敏感なほうなんだけど、酔って寝たせいか気づくのが遅れた。
「どうする?効かないよ?」
「これは意地になるわね。もう少し続けましょ」
女二人の声だ。
俺は身体を起こし、声の主を見ると纏ってる空気で魔族なのは判る。
だが、初めて見る種族。
「えーと、ここで何してるの? 物盗り?」
俺はベッドから降りようと動くと
「物盗りじゃないわ。さっきのお礼にと……」
さっきって……ああ、酔っぱらい脅したときか
「お礼にキスでもしに来てくれたのかな? そうだったら嬉しいけど、そんな感じでもないようだな」
二人は白いローブを羽織っていた。
声も若い。
「お姉ちゃん。どうする?」
「どうすると言われてもこの人には一応助けて貰ったわけだし……。」
本当に悪さしにきたわけじゃなさそうだ。
「そっか、わざわざ来てくれたってことで、感謝の気持ちは受け取ったよ。もう深夜だ、送っていくから宿を教えてくれ」
俺は上着を着て靴を履く。
「宿はとってないから、送る必要はないわ」
「そうか、気をつけてな。俺はもう一度寝るからさ」
靴をぬぎ、一度着た上着をぬぎ始める。
俺はベッドに横になり
「鍵は閉めなくていいから」
扉の方を向くと既に二人は居なかった。
転移でもしたかなと考えたが、眠くて考えるのも止め、再び意識を眠りに委ねた。
・・・・・・
・・・
・
時間が決まった予定が無いせいか、昼まで寝てしまった。
今日はジラールの昼間の雰囲気を知るため、いろいろなところを散歩しよう。
まずは昼飯だがどこで食べるか。
そうだ、昨夜この宿へ来る途中広場があったな。
けっこう広かったから、あそこなら軽食屋台も出てるだろう。
シャワーを浴び、着替えて宿を後にした。
広場につくと予想通り食べ物の屋台がいくつも並んでいた。
お腹にしっかりたまるものがいいな。
散歩した先に食べ物屋があるとは限らない。
どこにしようかと眺めていたら、昨夜俺の部屋に忍び込んできた女の子の顔を見つけた。様子を見ると、昨夜と同じ服装のまま鎖で手足を縛られている。
あら、奴隷商人に捕まったようだ。
売り子が”昨日入荷した魔族の奴隷だ。「まだ若いから子作りにでも何でも使えるよ」と声を張り上げている。
「その子は知り合いなんだが、昨日どこで手に入れたのかな?」
売り子に近づき聞いてみる。
売り子は慌てて屋台の裏側に回って誰かと話してる。
しばらくすると売り子と一緒に狐人か犬人系の亜人の親父が出てきた。
「おい、痛い目に遭いたくなけりゃさっさと消えな」
お約束を大切にする人らしい。
「俺を痛い目に遭わせようと?」
親父の襟首を右手で掴んで頭上まで持ち上げる。
「離しやがれ。離さんとうちのもんが黙っちゃいかないぞ」
お約束をとっても大切にする人って惚れちゃいますね。
「それまであんたの首が保てばいいなあ。ね?」
俺は襟首を掴んだまま、ゆっくり振り回す。
上着が首に絡んで苦しいんだ、これ。
遠心力がかかって両手で押さえていてもけっこう辛い。
子供の頃悪さするとサロモンに振り回されて辛かったもの。
しかし親父の言ううちの若いもん、全然来ないんですけど?
「誰も来ないけど、いいのか? お前、本当は若いもんなんか居ないんじゃないのか?」
フガァツ……ガハッ……。
うめく親父を屋台のそばに置いてあった樽にぶつけ、
「さあ、その子達を離すか、鍵を渡せ」
俺は親父の片足を踏んで逃げられないよう押さえておく。
売り子に向かって、親父は苦しそうに言う。
「か……ガハッ……鍵をそいつに渡してやれ……ゲヘッ……」
売り子はビビりながら俺に近づき指で摘んだ鍵を差し出してくる。
俺はそれを受け取らず、その子達の鎖をお前が外せというと、回れ右して女の子達に近づき鍵を外してる。
女の子達が立ち上がり、鎖がどこにもつながれていないことを確認して、俺は親父の足から足を離す。
「お前は、人攫って商売してるようだな。役人に突き出してもいいんだが、俺は今、とても面倒な気分だ。さっさとこの場から居なくなれ」
親父は慌てて立ち上がると、
「覚えてやがれ!」
最後まで律儀にお約束を守る商人だ。
だが、俺は奴隷商人は大嫌いなんだ。
親父が逃げ去るのを手を振って見送り、女の子達のほうへ振り返る。
「だから気をつけろと言ったのに……」
あ、違う。
「どこか怪我していないか?大丈夫か?」
相手は女の子、先にこっちを言うべきだったな。
二人は俺に近寄ってお礼を述べる。
「ありがとう。大丈夫」
「昨日に続いて、本当にありがとうございます」
「別にいいよ。俺は飯を食いに行く。今度こそ気をつけてな」
俺は昼飯探しを再び始めようと歩き出そうとした。
俺の服を二人が掴んで離さない。
「どこかでお話できないでしょうか?」
二人のうちやや背の高い方が俺を見上げながら言う。
「んー、いいけど……」
俺は歩く女難と呼ばれる男だ。
下手に、それも一人で女性に深く関わらないよう気をつけている。
それでも昨日今日と俺の女難スキルは発動したはずだ。
まあ、迷惑に思うようなこともなかったので女難とは言えないかもしれないが。
「じゃあ、向こうに人気の無い空き地があるので、そこで」
照れた顔で、誰も居ないところへ連れ込んで何する気なの? とか言ってみたい気もするが、二人の顔は俺にバカなことを言わせる雰囲気ではない。
俺は黙って二人の後をついていった。
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