17、ジラールのサキュバス (その一)

 泉の森に戻った俺が最初にした指示は、サラとベアトリーチェに強制的に休暇を取らせることだった。旅行に行くためにと仕事を急がせ、十日間は仕事しなくて良い状況にしたのに、蓋を開けてみれば旅行したのは三日間。それもほとんど仕事で終わったようなもの。


 俺は申し訳なくて、でも放っといたら仕事を始めるだろう二人を何とか休ませなくてはと強権発動したのだ。


 次に、ゴルゴンと厳魔の寝る家を早急に用意しなければならない。

 ラニエロとマルティナに、とりあえず寝食に不自由のない仮の家でいいから早急に用意して欲しいと頼んだ。ラニエロには、神殿の森で作る建築物にゴルゴンと厳魔のための家も追加してくれと伝えた。


 これで冬までには、彼らの家が用意できる。


 俺はと言うと、諸葛亮孔明の呼ばれし者、……こちらでの名前ヴァイスハイト、通称ヴァイス、エルザークが命名した……と、これからのことをじっくりと話し合うことにした。


 うちの状況を話すと、予想通りの答えが返ってきた。


「人員不足ですね。質と量ともに足りません。特に軍事関係の人員不足は早急に解消しなければなりません」


 うん、判ってるんだ。

 だからアマソナスを仲間に引き入れようとしたんだ。

 でもね、流れでできなかったんだよ。


「現状、複数箇所から攻められた場合どうにもなりません。せめて、将クラスが三名、兵士クラスが五百名は欲しいところです」


 うーん、そうは言ってもなあ。


「ゴルゴンが百名加わったのは大きいですが、ゴルゴンの特徴から後方からのサポート要員でしょう。様々な魔法を使えるのが彼らの特徴ですが、攻撃力も防御力も物理でも魔法でも弱いですからね」


 はい、それはごもっともだと思います。


「物理、魔法の防御力が弱くても、攻撃力がある人員が居れば、ゴルゴンに防御力強化をサポートさせれば十分戦えます。これからは攻撃力ある人員の確保を重視していきましょう」


 了解であります。


「軍事関係でもう一点、諜報部門の人員も足りません。国内は飛竜を使った巡回と思念伝達ネックレスのおかげでかなり良い状況ですが、国外の情報を集める体制は無きに等しい。これも急がねばなりません」


 国と言っても、まだ国名も決まっていないし、体裁も整っていないんだよな。

 情報収集に関しては、よ~く判ってます。

 うん、判ってるんだけど、追いついていないんです。


「それと……これは個人的なお願いなのですが、地球から書籍を一冊でも多く複製して持ってきていただけませんでしょうか? 私の知識はやはり古く、新しい知識を少しでも増やしていかなければいけないと、この集落で行われてることを見て痛感しているのです」


 森羅万象を効率的に使えるようになり、最近では知識・情報だけでなく、植物の種子や本を魔法で複製してそれを持ち帰っている。まだ回復役のサポートは必要だけど。エルザークによると、俺が成長すれば俺一人で本棚程度の大きさのものまでならこちらに持ってこれるだろうとのこと。「ま、それをやったら疲れて一日は動けないだろうけどな、ハッハッハッハッハ」と笑っていた。


 今は一日で二十冊程度が限界。でも必要になると思い、頑張ってますよ。

 持ってきた書籍はヴァイスの仮屋に置いている。この家はいずれ図書館にするつもり。


 ヴァイスにはとりあえず百科事典を渡した。当然最初は判らないだろう。でも写真などを使ってあるし、関心のあることを見つけられそうだと思ったのだ。そして関心持ったことを教えてもらい、関連する書籍を片っ端から複製しては持ってきてる。


 著作権? 知らんよそんなもん。

 使用料欲しいなら払うからこっちへ来いよ、ワッハッハハ。


 呼ばれし者はこちらに転生する際、特殊な能力を持って転生することがあるというが、ヴァイスの場合は記憶力と理解力にその能力が出たのではないかと思える。俺が体力と魔法力の化物なら、ヴァイスは記憶力と理解力の化物だ。


 彼が地球で生きていた時代は、西暦二百年辺り。

 つまり時代区分で言えば古代。

 中世が五世紀辺り。


 まだ俺の説明程度だが、彼の理解は中世時代までもう来ていると感じる。

 俺の記憶なんてものじゃなく、書籍で理路整然と学んだら、数ヶ月で近代レベルまで科学や歴史、軍事関係の知識は至るのではないだろうか。


 司馬懿から天下の奇才と呼ばれたのは伊達じゃない。


「内政の方は、後は私とシモーナさんが中心となって進められる状況ですので、ゼギアス様は人材集めに集中してください。数日間はおやすみなって下さって構いませんが、その後はしばらく忙しくなると覚悟してくださいませ」


 はい、そういたします。

 改めて指摘されると足りないものがまだまだ俺達には多いな。


◇◇◇◇◇◇


 今日は港町オルダーンに来ている。

 同行者はオルダーン出身のアンヌとゼルデ。


 リエンム神聖皇国やジャムヒドゥンのような人間の国、そして亜人や魔族は基本的に奴隷の国で諜報活動するには人間の方が都合がいい。いや、人間でなければ仕事にならないことのほうが多い。


 ということで、俺達と友好関係にあり、協力関係にある唯一の土地オルダーンへ、オルダーン出身の二人を連れてやってきた。目的は、人材探し。


 あとシモーナはこれまでに二~三度戻ってるが、アンヌとゼルデは戻らずに訓練ばかりしていると聞いたので、俺が連れてきたのだ。両親がまだ健在のアンヌには、両親が健在なうちは月に一度は顔を見せてあげてと言っておいた。飛竜があるのだから日帰りなど簡単にできるだろう。ゼルデにも両親は既に亡くなっていても友人がいるのだからたまには遊んでおいでよと言った。


 ちなみに、ゼルデは二十代後半で、アンヌは二十歳、二人とも俺より年上なのだが、仲間とは言え俺が上役みたいなものだから偉そうなことを言っても問題はないだろう……多分。


 オルダーンには、うちのエルフを数名派遣して、一つの実験をしている。


 魚介類の養殖だ。

 オルダーンの傍には山と湖もあり、その湖から川が海につながっていて、鮭にナマズ、牡蠣や鮑にウニなどの養殖を実験するのに最適な環境だ。オルダーンのそばにあるオルニエ湖で捕れるナマズはとても美味しくて、オルダーンの名物料理にその名を連ねる。オルニエ湖の後ろにあるサルール山脈では温泉も出るので、将来はリゾート地にでもできればいいなあなどとシモーナと考えている。オルダーンの領主、アンヌの父コリンも協力を約束してくれた。


 養殖方法は、既にナマズの完全養殖に成功している地球の情報をもとにしているので、試行錯誤する回数も少なく済むのではないかと期待している。


 養殖実験に携わってるエルフを見舞い、状況を確認し、今のところ順調と判って、俺は胸を撫で下ろす。食料獲得手段は多種多様用意すべきものなのだ。あとエルフとオルダーンの住人の関係も良好のようだと聞いて嬉しく思ったり。


 領主のところへ挨拶に行ったあと、俺はオルダーンから北と東にある小国について調べることにした。それらの国の情勢を確認し、オルダーンの北、サルール山脈を越えたところにある小国ジラールへ行ってみようと決める。


 ジラールは、オルダーンとジャムヒドゥンに挟まれた国。

 人口五万人、人間と亜人が一応共生してるらしく、奴隷制度はあるが、亜人や魔族という種族で決まるのではなく経済的事情で奴隷にまで落ちぶれた者や過去に戦争で負けた国の者を奴隷として購入しているらしい。奴隷には人間も亜人も魔族もいるとのこと。


 俺としては、オルダーンやその他の地域で食料や特産物の生産に成功したら、ジラールでも試して影響力を強めて奴隷制度を辞められればと考えてる。もちろん簡単には行かないだろうけど、現時点での目標はそれだということ。いずれにしても、その土地の習慣や考え方などを知らないとその地に溶け込めないし、利用もできない。知ることが大事なのはよく判ってるつもりだ。


 領主の家で、ジラールの情報を一通り確認し、俺は一人でジラールへ向かった。

 アンヌとゼルデにはオルダーンで、うちの仕事のどこかで使えそうな人が居ないか探してもらうことにして、彼らには残ってもらった。


 サルール山脈があろうと飛竜での移動には問題はない。

 それどころか俺一人なのを良いことに、山脈に向かって飛び、山壁にぶつかる寸前でコース変更して衝突回避する……ぼっちチキンレース遊びをして飛竜から怒られる始末だ。


 サルール山脈を北に越えて少し飛ぶと砂漠が広がっている。

 ジラールはもともとこの砂漠のオアシスに人が集まってできた国。

 交易の中継点であり、休憩地点であった。

 城壁に囲まれた都市国家で、入出国は厳しくはないが、砂漠の魔物達への警戒態勢はそれなりに整備されている。


「あんたの用事は何だい?」


 門番が一応、俺の入国目的を聞いてくる。

 事務的で真剣味に乏しい空気が、この国の入出国は厳しくないことを伝えてくる。

 サバトルゴイもそうだが、交易中心の都市というのはこんなものなのだろう。


「俺はジャムヒドゥンまでの旅の途中だ。旅行だから証明書なんか持っちゃいないが、それじゃ入国は認められないのかい?」


「いや特にそんなものは必要ない。だが、その代わり、中で問題起こしたりして捕まった場合は、あんたの身元を保証するものがないから、罪が重くなりがちだ。気をつけなよ」


「ご忠告に感謝するよ。問題起こさないよう気をつけるよ。でも俺は起こしたくなくても起きる時は起きるのが困りものだ」


「違いない。良い滞在になるといいな、気をつけてな」


 最初は事務的と感じた門番の態度が途中から親切になった。


 何故だ? と門の横にずれて考えていると、先程まで机に座っていた門番が直立し、俺の後ろにいた男に敬礼している。


 (なるほど、上官にきっちり仕事してると思われたくて、急に態度を変えたのか)


 態度が急変した理由が判って満足し、都市の奥へ進んでいった。


 サバトルゴイほど大きな都市ではないせいか、家の作りがこぢんまりとしてる。

 だが、人の出入りの多さが程よい活気感を醸し出している。


 あちこちに立ち並ぶ屋台。

 東方の特産品、特に織物の種類の多さが目につく。

 売る者、買う者の双方が多種雑多な種族で、サバトルゴイとは違った景色。

 サバトルゴイの市場が人間種のための市場なら、こちらは多種族相手の市場。

 だが、サバトルゴイに置いてあるような高級品は見当たらない。

 やはり小金持ち達を相手にしてるのだろう。


 だが、面白いと感じるのはこっちだ。

 今のところはセレブ相手の商売をしているが、いずれはエルフが作ったガラス食器を大量にコンスタントに売るならこのような市場の方が好ましい気がする。


 ふむ、今度ここでグラスを売ってみて客の感触を確かめてみよう。


 更に奥へ進んでいくと歓楽街があり、陽がだいぶ沈んだ時間だけに多くの客の声で騒がしい。仕事を終えた者達がだいぶ集まってる。


 夕食を兼ねて少し飲みたい気分。


 飛竜で移動したとはいえ、砂漠の移動は暑い。

 空気は乾いているのに、暑さのせいで汗ばむ。

 おかげで喉が水分を欲し、手足が潤いを欲す。

 目の前に飲料があれば飲みたくなるのも当然というものだ。


 少し早いが夕飯をとるため、店を選びつつ通りを歩く。

 タレが塗られた肉を焼く匂いが腹に刺さる。

 脂の焦げる音が俺を貧血にしそうなほど。

 脳が肉に食いつくことを求める。


 もうどこでも良くなった俺は椅子が空いてる店に飛び込んだ。

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