16、軍師とゴルゴン (その三)

 ベアトリーチェは苦戦すると思ってました。

 勝てるとしても、それは相手が疲れてのことだと思っていました。


 しかし、戦いが始まってからそろそろ三十分経つが、目の前ではベアトリーチェの危なげない戦いが続いてる。


 リエッサが、様々な方向から近づいて攻め込もうとしても、ベアトリーチェの結界に阻まれて近づけない。そして結界の一部を小さな壁にしてその壁をリエッサにぶつけてるのだ。


 この方法は疲れるはずなんだ。


 結界はある地点で固定する性格の魔法で、その原理からして動かすようにはできていない。だから結界の大きさを随時変更するとか、結界を移動させるという行為を行うと魔法力の使用量は見えるものから想像するよりも大きいものになる。


 結界魔法に使用する魔法量をいくら少なくしても、目前で行われているように頻繁に移動させたらとても疲れるはずなんだ。だが、モチベーションのせいか、俺の知らないところで体力を鍛えたのか、それとも俺の知らない技をベアトリーチェが身につけてるのかは判らないが、ベアトリーチェに疲れが見えない。


「リエッサ。降参しなさい。降参しないなら、私が本当はあなたを殺さずに済む手段で戦っていたことを、手加減して戦っていたことを思い知らせることになります」


 しかしリエッサはボロボロになりながらも突破口を見つけ出そうとしている。

 戦いを止めるつもりはないと無言で語っていた。


「判りました。では自分の無力を思い知りなさい」


 ベアトリーチェは両手を前に出した。

 するとリエッサはその場から動けなくなり、見えない壁に押しつぶされているようにしゃがみこんだ。次の瞬間、喉に手を当て息ができずに苦しんでいる。


 三十秒ほど経つと、呼吸できるようになったかのように、肩で大きく息をしている。


 こ……これは……マリオンに使ったぼっち結界の刑。

 その上結界内の空気を希薄にしたのか。


 ベアトリーチェを怒らせてはいけません。

 ベアトリーチェの結界を解除できるほど魔法力がない敵は死あるのみだな。


 結界のサイズをもう少し大きくしても使えそうだから、同時に四~五人だったらこの手段は使える。


「これで判りましたか? 私が途中で止めなければ貴女は死んでいるのです。降参しなさい」


 リエッサは大きく見開いていた目を閉じそして諦めたように頷いた。


 ベアトリーチェは無傷で勝利した。

 俺の方を恥ずかしそうに見て、少し笑った。


「リーチェ、お疲れ様。凄かったね。最後のは俺にも判ったけど、結界をぶつけながらもまったく疲れないのにはびっくりした。あんな使い方したら相当つかれるはずなのに……」


「フフフ、あなたとサラさんが魔法と龍気の同時使用してるのを見て、魔法を二つ同時に使用できないかと考えてマルティナと練習したのです。結界魔法使いながら自分に回復魔法を使うと、結界魔法を使える時間がかなり長くなったのです」


 回復魔法はさほど魔法力を使わない。だから回復魔法で体力回復して、魔法力使用時にしょうひする体力を補ったってことか。でもそれだと結界魔法を二種類使用するよりはだいぶ楽だけど、それでも魔法力はかなり使うはず。そのことを聞くと、それはその通りで結界魔法単独で使用可能な時間よりはだいぶ少なくなる。だけど、二時間くらいなら同時使用できるから、尽きる前に最後で使った攻撃に切り替えてリエッサを降参に追い込むつもりだったらしい。


 最初から、最後に使った攻撃で戦えば楽勝だったのに、何故と聞くと、照れたように「少し自分を大きくみせてやりたかったんです。私は子供ですね」と答えた。


 まったく問題なし!!


「さあ、帰ろうか?サラもお疲れ様」


「ベアトリーチェさん、お見事な戦いでした。終始余裕があって見ていて安心できました。ええ、お兄ちゃん帰りましょう」


 俺達がベアトリーチェの戦いを褒め、そして帰ろうとしたとき


「リーダー! ゴルゴンが攻めてきた!」


 アマソナスの一人が叫びながら駆けてくる。

 その表情はかなり焦っていて、まったく余裕が見られない。

 その叫びを聞いたリエッサはヨロヨロと立ち上がり


「全員、避難せよ! 急ぎ避難するんだ!」


 逃げるよう指示している。

 戦う素振りも見せない。


 俺はベアトリーチェに、アマソナスはこういうとき戦うより逃亡を選ぶ部族なのかと聞いた。


「多分、相性が悪いんです。ゴルゴンは体力ではアマソナスには勝てませんが、ゴルゴンが使う石化はアマソナスの持つ魔法への抵抗力を超えてるのでしょう」


 ゴルゴンは魔法をいくつか使えるらしいが、その中でも石化魔法が得意で、無詠唱で視線を合わせただけで石化魔法を発動させられるという。


「サラ、ゴルゴンの集落侵入を防ぐ結界を張ってくれ。俺はゴルゴンをちょっと躾けてくる」


 エルザークの真似をして躾けてくると言った意味をサラは判ってくれたようだ。

 俺はゴルゴンを殺すつもりはないと。


 ベアトリーチェにはアマソナス達に慌てて逃げる必要はないと説明してもらえるよう頼んだ。俺とサラがゴルゴンの侵攻を止めてくることも伝えてもらう。


 集落の外に出る直前で、


「ここに結界を。サラ、頼んだよ」


 サラは微笑んで頷いた。


 俺はゴルゴンに近づいていき


「俺の名はゼギアス。アマソナスとはちょっと付き合いがあるんで、お前らが攻めるのを黙って見てるわけにはいかないんだ。このまま黙って引き返すなら、お前達は痛い思いをしないで済む。俺の言うことを聞いてくれると俺も楽で助かる。どうだ?」


 ゴルゴンも女性だけの種族。

 アマソナスからは男子も女子も生まれるがゴルゴンからは女子しか生まれない。

 だからゴルゴンも子作りには他の種族の力を必要とする。

 戦闘的な部族なのかそうでないのかも知らない。

 この時点ではこの程度しかゴルゴンのことを知らない。


 だが、女性だけのアマソナスを襲っても子作りの役にはたたない。

 食料の問題なのか、それとも別の理由によるものか判らない。


 まあ、理由など今はどうでもいい。

 アマソナスに恩を売れればいい。


 俺の声を聞いてもゴルゴンの動きは止まらない。

 そうだよね。どこのどいつかも判らない俺の言うことを信じる理由がない。

 こっちも戦うつもりだからいいんだけどね。

 嫁さんに格好いいところ見せられちゃやる気を出さないわけにはいかない。


 ざっと見て、ゴルゴンの数は百名ってところか。

 俺は両足を軽く開き、腰を落として拳に無属性の龍気を溜め、フンッと気合を込めて打ち出した。


 ゴォォォォという音とともに風が起き、強い風と共に見えない何かにゴルゴンは吹き飛ばされていく。龍気でできた球体、多分半径二メートルちょっとはある球体をぶつけたのだ。


 ゴルゴンの隊列の中央がポッカリとあく。

 左右のゴルゴン達が中央に開いた穴を防ぐように集まり、俺に突撃してきた。


 俺はひたすら平手打ちでゴルゴンの頬を叩いていく。


 バシバシバシバシ・・・・・・


 平手打ちされたゴルゴンは倒れ、また立ち上がり、俺に頬を打たれて倒れていく。


 俺に近づいたゴルゴンは多分石化魔法も使っただろう。

 何度も目が合ったしね。

 だが俺には効かない。 

 俺に異常系魔法を効かせたいなら俺の魔法力を上回らないといけない。

 だが、ゴルゴンからは俺に興味を抱かせるほどの強い魔法力は感じない。


 でもまあ、こいつらもなかなかいい根性してるよ。

 何度俺に倒されても立ち向かってくるんだもの。


 でも俺も止めるつもりはない。

 一人、二十回づつは頬を叩かれたんじゃないか。

 時間にして一時間近く。


 一人を残して、皆寝転がっている。

 残った一人が俺の前まで歩いてきて平伏した。


「お前にはまったく歯が立たない。私達の負けだ。好きにしろ」


「だからここから引いてくれるなら何もしないよ」


「私達には戻る場所はない。デーモン達に襲われて生き残ったのはここに居る者だけだ」


 ふむ、住む場所を求めてアマソナスの集落を襲ったのか。

 相性の良い相手と戦って居住地を得ようとしたんだな。

 生存競争の激しいグランダノン大陸南部ではよくあることと聞いている。


「じゃあ、俺の仲間にならないか? 俺は人手不足で困ってるんだ。食べ物と住居は保証するし、待遇も働き次第で考えるぞ?」


「私達を殺さないというのか?」


「ああ、殺しはあまりやりたくない」


「お前は変わってるな」


「どうやらそうらしい。で、どうする?」


「私達は負けた。忠誠を誓えというなら誓う。働けと言うのなら働く。勝者のお前が決めろ」


「忠誠なんて堅苦しいことは言わない。じゃあこうしよう、俺と約束しろ。俺達とともに頑張ると。お前達も含めた俺の仲間たち全員が幸せになれるよう頑張ると約束しろ」


「約束しよう」


「よし! ゴルゴン達は俺の仲間だ。俺はお前達の仲間だ。そのことをそこで倒れてるお前の仲間たちに伝えてこい」


 俺はゴルゴンの手をとって立ち上がらせる。

 近くでみると意外と綺麗な顔立ちしている。

 白い肌に銀色の髪そして赤い瞳。


 アマソナスとは違って腰巻きだけではなく、ワンピースのような上下一体の服を着ている。目のやり場に困らなくていい。


「それじゃ仲間たちを一箇所に集めて待っていてくれ。俺も仲間たちにゴルゴンは俺の仲間になったことを伝えてくる」


 俺はサラのところへ戻ろうと振り向いた。

 サラが張った結界にはアマソナス達がへばり付いていた。

 あらま、どうしたんだと思いながらサラのところへ近づいていく。


 サラは結界を解除したのだろう。

 俺の方へ歩いてくる。

 ベアトリーチェもサラの後ろから俺の方へ歩いてくる。


「サラ、ベアトリーチェ、ゴルゴンを俺達の仲間にした。あいつらの集落、デーモン達に襲われて失い、残ったのはそこで倒れてる奴らだけなんだってさ」


「では一度戻らなければなりませんね」

「そうだな。ごめんよ、でもあいつら可哀想でさ」


「いいですよ。協力者を増やす目的はある程度達成できたんですし、次の機会もありますし」

「お兄ちゃん。ものは考えようです。これでお風呂に早く入れると考えましょう」


「ああ、そうだな。それで、サラとベアトリーチェは飛竜を使って戻り、あいつらの寝床を準備するようラニエロとマルティナにお願いしてくれないか。その後飛竜を四十頭連れて戻って来て欲しい。俺はゴルゴン達を連れて移動するからすぐ見つかると思う。一応、厳魔の集落経由になる。呼ばれし者も連れて戻らなきゃいけないからさ」


 何が起きてるのか判ってるのかそれとも判らないのか、リエッサの表情には疲労と驚きと何か他の感情も含まれている。俺はまだ昼前だから、これから移動すれば今日中には厳魔の集落まで戻れそうと考え、また来るからとリエッサに声をかけた。


 サラとベアトリーチェが乗った飛竜を見送り、アマソナスの集落をゴルゴン達と共にのんびりと厳魔の集落へ俺は向かった。

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