16、軍師とゴルゴン (その一)

 俺はサラとベアトリーチェの三人でグランダノン大陸南部の南側を旅している。


 移動は飛竜に乗って移動するから多くの場所を回れそうだ。旅行は、移り変わる移動中の景色を楽しむことも良いというのは判ってるが、そういったのんびりした旅行はまた別の機会にする。それに、ここグランダノン大陸南部はその多くが未開発の森林地帯と山岳ばかり。同じような景色をずっと眺めて歩くなんてすぐ飽きてしまう。


 大陸南端までには、オーガたちの生息域がありエルフの生活圏と接している。俺が撃退して以来、オーガがエルフの生活圏へ侵攻してきたことはないが、警戒は常時している。今回の旅行の目的の一つに、上空からオーガ達の様子を確認することがある。エルフの生活圏近くに集合してるようなら、今度はこちらから攻めて蹴散らすことも考えていた。


 だが上空から見る限り、オーガの集落はまばらで侵攻してきそうな様子はない。

 いずれオーガとも話し合いが必要だろうが、今のところオーガの力を活かせる場所がないので、相互不干渉でいられればそれでいい。


 オーガの生息域を越えると、魔族のいくつかの種族の生息域がある。


 大きく分けると魔族は巌魔族と妖魔族の二つに分かれ、分かれる基準は、魔法を使えるか使えないかである。

 巌魔族は魔法を使えない、妖魔族は魔法を使える。


 だが、だからといって巌魔族の戦闘力が低いかというと、そうではない。

 物理攻撃にも魔法攻撃にもかなり強い耐性を持ち、身体能力が妖魔族より高いのである。厳魔族は更に二つの系統に分かれる。獣の属性を強く引き継いだ獣魔と人型の属性を引き継いだ人魔である。


 妖魔族は、魔法を使える魔族だが、厳魔族より多くの系統に分かれてる。

 妖魔や夢魔、空魔や妖精など数多い。


 アンヌの出身地を襲ったのは妖魔族の妖魔の一部族で、空魔も妖魔族の一つだと知った時には、アンヌに平謝りした。アンヌは、何れにせよオルダーンを襲った部族ではないし、考えてみると、自分達も襲ってきた妖魔を殲滅したのだから文句を言える筋合いではない、だから気にしないでくださいと言ってくれて胸を撫で下ろしたものだ。


 今回の最大の目的は、協調できる魔族を探し、種族の特徴を活かして手伝って貰いたいという交渉だ。

 向かってる先には、厳魔族の人魔のうち二部族が生活してるとのこと。


 一つは、厳魔で男性魔族しかいないらしい。もう一つは女性魔族しか居ないらしく厳魔ではなくアマソナスと名乗ってるとのこと。双方とも狩猟を得意とするらしい。


 厳魔は、性格は温厚、でも怒らせるととても怖いんですよとベアトリーチェは教えてくれた。オーガは厳魔を怖れて近寄ってこないらしい。


 アマソナスについて聞くと、魔法を使わない肉体派のマリオンさんですと言う。

 あなたはきっと好かれますよと言ったベアトリーチェの目は怖いほど真剣だった。


 うん、嫌な予感しかしないよアマソナス。


 話しを聞く限り、技術的なことでは得られそうなものは無い。

 だが、食料さえ提供できれば協力関係は結べると思えた。

 建設や土木関係の仕事が目白押しなので、労働力を提供して貰えるとかなり助かる。


 神殿の森は、龍を怖れて誰も踏み入らなかったせいで鳥や草食獣は豊富だし、肉食獣や魔獣も多い。食肉に関しては十分提供できるだろう。二千や三千増えたところで、問題は無い。それに試してる農業も経過は順調で、来年に向けて作付面積をバンバン増やしている最中だ。


 来年以降の食料生産量はシモーナが計算したところ、現在の三倍は固いということだ。天候次第ではそれ以上を見込めるとも胸を叩いて言っていた。


 天候不順だったら? と聞いたら、水に関しては足りない時は魔法で対応可能なので問題なく、多すぎる場合も土属性の魔法で水はけ良くすればいいのだという。


 気温は? と聞くと、現在作付けする場所は長年安定してる場所を土地の人々から聞いて選んでいるから問題ないだろうとのこと。


 他部族との争い、土地の奪いが多発してきた地域でそれが無くなったのだから、後は土地が痩せないよう注意すれば問題はないだろうし、これから様々な土地を開墾していくからリスクは減るだろうともシモーナは言っていた。


 俺は食料の心配はなくなりそうということさえ判ればいい。

 万が一、シモーナの予想通りに行かなくても、足りない分は他国から買えば何とでもなる。ま、俺はシモーナを信じてるけどね。


・・・・・・

・・・


 俺達は厳魔の集落にやってきた。

 見慣れない者が来たと警戒しているようだ。


 それも無理はない。


 近くに居た、狩りから戻って獲物をこれから捌こうとしていた者に、敵意はない厳魔族と取引きに来たのでリーダーと話したいと伝えると、ここで待てと言われたので、三人で待つことにした。


 亜人もだいたい同じだが、家は木造で、道もせいぜい砂利を敷く程度。


 エルフは木造の家でも、台所や寝室などの区画された部屋があるし、内装もそれなりに装飾されてる。他の種族はさほど拘りがないようで、壁はあればいいし、窓も採光さえ多少できればいいのだろうと小さな天窓程度しかない。


 厳魔も同様だった。

 家の壁にはいくつも魚が干してあるし、血抜き中の獣の姿もある。

 狩猟民族の集落でよく見かける風景。


 周囲を見て時間を潰していると、やがて数人の厳魔が歩いてきた。

 その中の一人が、リーダーのラルダはこっちだ、ついて来いというので、彼らの後を付いていく。


 並ぶ家々の間を歩き、海岸近くの一軒の家へ案内された。


 灯りがいくつも灯されてる部屋は、油の材料に獣の脂を使ったと判る匂いがする。

 正直、けっこう臭い。

 俺はこういう匂いはあまり得意ではないので、家の外で話したい気分になっていた。


 だが、ここで嫌な顔などできないので、何食わぬ顔をして、部屋の奥に立つ男の前まで歩いた。


「俺はゼギアス。貴方達と争いに来たわけじゃない。俺達とできれば取引できないか交渉にきたんだ。用事が済めば帰るからあまり警戒しないで欲しい」


 無理だろうけどね。

 でも、初対面の相手には思いを口にするのは大事な事なんだ。


 信頼はちょっとしたことの積み重ねで築かれる。

 何もしないと言ったら何もしない。

 用が済んだらすぐ帰ると言ったらすぐ帰る。


 こういったことの積み重ねで、信頼関係のとっかかりはできる。

 その後、付き合いを続けていけば、信頼関係も深くなる。


「俺の名はラルダ。厳魔のリーダーを任されてる。交渉といったな。俺達厳魔と何を取引したいんだ」


 ラルダ、リーダーを任されてるだけあって堂々とした態度。

 俺の目を見て、内心はどうあれ、威圧するでなく、警戒するでなく、平然としている。

 格好いいな、ラルダ。


 厳魔は金髪、青い肌、緋色の瞳を持つ。

 そして皆、首も腕も胸の厚さも太もももふくら脛も、厚く太い。


 ラルダは更に厚く太い。

 他の者より一回りは太い。


 だが、いわゆる筋肉だけのマッチョではない。

 そう……ラグビー選手のような鍛えられた肉体をしている。


 彼らの肉体はパワーとスピードを兼ね備えてると見ただけで判る。

 俺はこの手の男は前世で憧れてたので、既に気に入っている。


 更に、更に……、気に入ったのは、いわゆるキレイ系のイケメンではない点。

 格好良いのだが、男らしいイケメンとでも言おうか……。


 俺はイケメンには敵意をすぐ感じてしまうモテナイ男メンタルの持ち主だが、この手の男は認めてしまう。


 とにかく俺は気に入ったのだ。

 男も好きということは断じてない。

 誤解しないで欲しい。


「俺達は街作りしているんだが、力仕事に向いた人員が足りない。そこで俺達は貴方方の食料調達を手伝うから、貴方達の力を貸して欲しいんだ」


「それは悪くないが、場所と何人必要なんだ」


「これから冬が来るまでの間、とりあえず十名でどうだ。そして冬にはここに必ず全員帰す。その者達の話しを聞いて、条件に不満が無ければ、冬明けから再びお願いしたい。当然、手伝ってくれる者が住む家と食事はこちらが用意する。さらに冬の間も多少は食料援助する。作業して貰う場所は、龍の神殿がある森だ。そこで木の伐採と住居など建物の建築作業をしてもらいたい」


「龍の森だと? あそこには龍が居て仕事などできないはずだが?」


 ラルダは初めて不審な表情を浮かべた。


「それは大丈夫だ。龍の神殿の主から許しを貰ってる」


「神殿の主だと?」


「ああ、神殿には神龍が居たんだ。その神龍から許しは貰っている。あの辺りは大昔人が住んでたらしいぞ。それに今は一緒に暮らしているからな。信じられないなら連れてくるけど、どうする?」


 そして、サラへ「これでいいか?他に何かあったら伝えるけど……」と話していると、俺に近づく一人の厳魔が居る。


 そして


「これでいいか? これでいいか? ……」


 俺が話した言葉を真似ているかのように、俺の顔をまっすぐ見て話してくる。


「そいつは俺達の言葉は真似られなかったのに、お前の真似はできるようだな。あんたを傷つけるようなやつじゃない」


 この男は「呼ばれし者」に違いない。


 ドワーフに転生した刀工と一緒だ。


「リーチェ、思念回析の指輪持っていたよな。それをその厳魔に渡してくれないか?」


 ベアトリーチェには、こういうこともあるかもとネックレスや指輪をいくつか持って貰っている。肩から下げたバッグから指輪を一つ取り出し、ベアトリーチェはその男に手渡し、自分が身につけてる指輪を見せ、指にはめるよう身振りで伝えた。


 その男が指輪を手にはめたのを見て


「話してみろ、相手にも伝わるぞ」


 その男の顔を笑顔で見ながら言う。


「あの、これはどういうことなんでしょうか?」


 うん、指輪は機能してる。とりあえずはこれでいい。だが、今はこの男と話してる余裕は無いことを説明し、後できちんと説明するからと伝えてラルダに向き直した。


「ほう、あいつは会話こそできないが、いろいろ知っていてな。使える奴なんだ。それに良い奴だ」


 ラルダに呼ばれし者のことを説明すると


「なるほどな。だから俺達と会話もできず、いろいろと知っていたのか」


「ああ、そうだ。それでな。もしあいつが俺達と一緒に行くことを了承したら、連れていきたいんだ。いいか?」


 「呼ばれし者」を見つけたのは大きい。

 俺は絶対連れていくと決めていた。

 俺が特に必要としてる人材の可能性が、ここらで探すより高いからな。

 求めてる人材でなくても、地球での経験を生かす場面はいくらでもある。


「あいつがお前達と行くというなら俺が止めることはない。あいつと話して結果だけ教えてくれればいい」


 よし、あとは俺があいつを説得するだけだ。誠心誠意気持ちを伝えよう。


「じゃあ、話しを戻すが、神龍に会いたいなら会えるぞ。今日すぐというわけには行かないけどな」


「いや、それはいい。それよりもあんたが出した取引の話しだが、こちらからも一つ条件がある。ひと月に一度、俺か俺の代理が作業現場を見に行く。その時の感想次第では、こちらへの食料の量について相談する機会を設けてもらいたい」


 うん、納得できる。

 作業量と報酬が見合わないんじゃトラブルになる。

 お互いに長く付き合うとするなら、必要な話しだ。


「ああ、その条件はもっともだと思う。いいよ」

「じゃあ、交渉成立だ。で、いつから始める?」


 今日は飛竜一頭しか連れてきていない。

 移動に無駄な時間は使いたくないから、来週にでも飛竜を連れてくるからそれからでという話しで落ち着いた。


 俺はラルダと握手して、先程の男と話すため家を出た。


 彼は、諸葛亮孔明が転生した呼ばれし者だった。


 俺の仕事を手伝ってくれることになったが、これから俺はまだ行くところがあるから、数日後また来るので、その時一緒に行こうという話になった。


 収穫が多い訪問になり、俺達は喜び、アマソナスのところでもうまくいくといいと願った。


 その日は、野宿することにした。

 だって、俺だけじゃなくサラもベアトリーチェも、獣脂の匂いがきつくて彼らの家に泊まって眠れそうもなかったんだ。

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