15、幕間 龍達の思惑 (その三)

 リエンム神聖皇国の皇都を遠く離れると、ゴフリードは多少安心した。発見されない自信があるとは言え、絶対発見されないとは言い切れないからだ。そしてリエンム神聖皇国の国境を過ぎ、グランダノン大陸南部に入ってやっと安全を確信した。


 エルザークが居るとディグレスから教えられた場所は、グランダノン大陸南部の北側にあるエルフの集落。護龍は神龍や龍王ほど気配を察知することはできないが、ある程度の気配は把握できる。生き物がかたまって生活している場所に近づいていけばエルザークの気配を掴まえることもできるだろう。


 ゴフリードは緊張は緩めながらも、集中は途切らす事なくエルフの集落へ近づいていった。


 これはエルザーク様の気配だろうな。

 ディグレス様が仰っていた通り、神龍のものとは思えないほど小さい気配。

 だが、その気配をよくよく感じてみると、得体の知れない深さを感じる。

 気配の小ささに比べて、この深さは異常だ。

 間違いない。

 このような気配は他の龍が持てるものではないだろう。


 ゴフリードは確信してエルザークの居る場所へ近づいている。

 神龍ともなれば、ゴフリードが接近してることなど既に把握している。

 しかし、エルザークの気配に変化はなく、移動もしていない。

 つまりゴフリードの接近を許している。


 ゴフリードは神龍に会ったことはなく、話したこともない。

 龍王ディグレスの上位存在である神龍に畏れを感じる。

 期待と不安が混じった気持ちで近づいていく。


 エルフの集落がゴフリードの目に入ったとき、エルザークからであろう声が頭に響いた。


 (ディグレスがお前をここに寄越した理由はなんじゃ。我が神殿から離れたとて、我を不安に感じるディグレスではなかろう)


 ゴフリードは無意識のうちにその場で跪いている自分に気づいた。

 そのままの姿勢でゴフリードは答える。


 (私はディグレス様の護龍ゴフリード。ディグレス様の命でエルザーク様が神殿を離れた理由をお聞きするために参りました)


 (ふむ、そんなところじゃろうな。ではな、これから我が向かう一軒の家まで来るのじゃ。そこで待っている)


 エルザークの声が消えた。ゴフリードは立ち上がり、エルフの集落へ向かった。


 人間の姿でこの集落を歩いたら、以前は目立っただろうが、今ではゼギアスの仲間が増えてきたことや、近くの里からも人が出入りしているのでゴフリードが歩いているだけでは特に誰も気にしない。商売でも始めたら、アルフォンソの配下が目を光らせているので確認のため声をかけられるだろう。だがただ歩いてるだけでは誰も注意を払わない。


 集落を警備する者から声の一つもかけられるかもしれないと考えていたゴフリードは、この状況に意外さを感じていた。


 エルザークの気配が強い家のノッカーを叩く。

 中からエルフの女性が顔を見せて、お待ちしておりましたと迎えてくれた。


 エルザークがゴフリードの到着を知らせていたのだろう。

 ゴフリードは丁寧に挨拶してから中へ入った。


「ゴフリード、我がエルザークじゃ。まあ、そんな緊張せずに、そこへ座れ」


 エルザークの手が示した椅子に座ると


「ここに居る者達は我のことを知っている者ばかり。周りを気にせず話すと良い」


 エルザークの横には人間にしては身体が大きい男が座っている。


「はい。エルザーク様、突然の訪問をお許し下さい。私は護龍ゴフリード。ディグレス様の命で参りました」


「ああ、堅苦しい挨拶はよいから、早速用件を話してくれ」


「はい、では失礼して。ディグレス様はエルザーク様が神殿から離れた理由をお知りになりたいとのことです。エルザーク様の意思に口を挟もうということではありません。ただ知りたいのだと仰っておりました」


「ただ知りたい……か、ディグレスは我の考えをおおよそ把握しておるようじゃな」


 エルザークは顎に手をあて、少しの時間考えていた。


「ゴフリード。二日間、我の横に居るゼギアスと過ごせ。そして感じたことをディグレスに報告するのじゃ。帰る際に我への挨拶は不要じゃ。好きなときに帰れ。戻ったら、ケレブレアはディグレスが考えてるより、更に危険なことを考えておると伝えるのじゃ。よいな」


「はっ」


 楽しそうに笑顔を浮かべて、エルザークはゼギアスの方に顔を向けた。


「ゼギアス。二日間このゴフリードをそばに置いてくれ。そうだ。手合わせしてみろ。護龍はお前より強いから良い訓練相手になるぞ。但し、周囲三キロに誰も居ない場所でやるのじゃよ?」


「全力でやれと?」


「いや、全力でやるなら、三キロでは不安じゃ。そこそこ本気でという辺りで良い。それでお前もゴフリードもいい運動になるじゃろ」


「なるほど。判ったよ」


 人間が護龍と手合わせする。

 そしてそれがゴフリードにも良い運動になる。


 先程からこのゼギアスという男からは、かなりの圧力を感じる。

 だが、強いと言っても龍ではない。

 なのに、エルザーク様が楽しそうな顔をするほど戦闘力があるというのか?


 護龍である自分に、龍が十頭立ち向かったところで相手にならない。

 良い運動になると感じることもないだろう。

 護龍である自分と一般の龍との間には、それほどの差がある。


 だが、目の前の男と戦えば、良い運動になると神龍が言っている。

 神龍が嘘を言うはずはない。それは真実だ。


 自分と戦わせて、この男の力を見せる理由……。

 この男に護龍の力を見せる理由……。


 なるほど、エルザーク様の意図が少し見えてきた。


・・・・・・

・・・


 エルザーク様が私にゼギアスを見せようと考えた理由は判ってきた。


 先程戦って判ったこの男の力をもってすれば、人や獣人など思い通りにできるだろうにそれをしない。力で従わせようとしない。龍気を使えばある程度他者の意識を操作できるが、ゼギアスは他者を操ることなど毛ほども考えていない。


 その有り様は龍王や神龍の有り様に通じる。


 今はまだ護龍の自分にも勝てはしない。だがこのまま成長していけば龍王を越える力を持つ可能性も見えた。ゼギアスが持つ潜在能力は底が知れない。


 エルザーク様が興味を持つのもよく判る。

 ゼギアスがデュラン族であるという素性を知れば不思議ではないが、それでもこの男は異常だ。


 ゼギアスの能力が判るようにゴフリードと戦わせ、その上、ケレブレアはディグレスの考えてるより危険なことを企んでる……ゴフリードはエルザークが具体的に言わなかったことが判ってきた。


 ゼギアスのように護龍や龍王と戦う力を持つ者をディグレスにぶつけてくるつもりなのだ。これは確かに危険だ。その動きがディグレスに判らぬように進められているのだから、その存在が明らかになる時は力を十分蓄えた時だ。


 今ならば護龍三頭が出れば勝てるだろう。だが、そうなったら人間の壁を作って防ごうとするだろうから、ディグレスはそれを認めない。


 この男をディグレスのもとへ置いてはおけないか?


 いや、話して判ったが、この男が守りたいモノはここにある。

 他の地を守る前にここを優先するのは当然だ。


 ゴフリードはやがて一つの考えに辿り着く。


 ケレブレアが育てている者とゼギアスが衝突する事態になれば、そして龍はゼギアスをサポートすれば良いのではないか。龍王や護龍が直接その者と戦うことはできないが、ゼギアスに火龍や水龍、地龍を助けに出すことはできる。護龍の配下から選んで手伝わせればいいのだ。


 ゼギアスは龍を使って侵略などしないだろう。

 侵略するようなら龍達を戻せばいいのだ。

 つまりこの地の防御にしか使えない形で龍に手助けさせればいいのだ。


 問題は、この地にケレブレアの目が向くようにする手段、そして時期だ。

 これは龍王の知恵が必要なところだ。


 ゼギアスの成長も含め、この地の防御態勢が整う前に注目されれば、ケレブレア自身によって潰されてしまう。かといって、あまり遅いと龍王を先に叩いてからゼギアス達を叩くことを選択するだろう。


 タイミングが大事なのだ。

 ケレブレアとその育てられてる者が攻めて来ても潰されないほどの力をゼギアス達が身につけ、かつ、その両者でも龍王と護龍を打ち破れないタイミング。

 その時こそ、ゼギアス達に助力し、ゼギアスが目指す奴隷の解放が成されるべきときなのだ。


 ディグレス様は良い時に私をエルザーク様のところへ送ってくださった。

 ケレブレアの意図が判った以上、護龍もまたさらなる力を求め励むだろう。


 ケレブレアの企みを潰せる確率があがったということだ。


 明日もまた、ゼギアスを鍛えてやろう。

 きっとエルザーク様は、私の考えを読み取ってくださり喜んでくださるだろう。


 ゴフリードは、これから自分が成すべきことを理解し、それが龍王と神龍の役に立つことなのだとやり甲斐を強く感じモチベーションがこれまでになくあがってることを楽しんでいた。

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