15、幕間 龍達の思惑 (その二)
「ケレブレア様、只今戻りました」
祭壇中央に座る青い髪、青い瞳の男に、黒い髪の男が跪く。
「面をあげよ。カリウス、すまぬな。お前ほどの者につまらぬ仕事をやらせてしまった」
ケレブレアはカリウスのそばまで祭壇を降り、その肩に手を置いた。
「いえ、ケレブレア様がお命じになったこと、どのような仕事でもつまらないなどということはありません」
「しかし、たかが百名程度の村を潰し、そこに住むもの達の掃討などカリウスにさせるべきことではなかったと命を下した後で後悔したのだ」
「どのような命令であっても私にとっては重要な命令でございます。私のことなどをお気になされ、御心をお痛めになられることのほうが私には辛いことです」
カリウスは一度はあげた顔を再びうつむかせる。
「そうか、そう言ってくれると我も救われる思いだ。ご苦労であった。此度の恩賞は追ってそなたに渡されるであろう。下がっていいぞ」
カリウスは立ち上がり、恭しく礼をして祭壇の間から去っていった。
その後ろ姿を見送ったケレブレアは、再び祭壇上の華美な装飾が施された椅子に座る。
フッ……ここまで来たか。
カリウスを戦闘神官のうちに見つけた時、あやつは言っておったな、弱い民を救うために神官になり、皇国を守るために戦闘神官になったのだと。
そのカリウスが、我の命令であれば、弱き民ですら抹殺して心を痛めておらぬ。
フフフ、我の洗脳は順調だ。
何せ、あやつは聖属性龍気を持ったデュラン族だったのだ。
聖属性龍気を持つ者は、正義だの博愛だのに拘りよる傾向がある。
ディグレスがこの世の理を守る者とあやつが知った時、我の命令に逆らう可能性は大きかった。我がディグレスを殺せと命令しても従わない可能性があった。
その危険性を排除するために、闇属性龍気であやつの心の一部を少しづつ壊すことを続けてきた。聖属性龍気を持つカリウスの精神が狂う可能性もあった。我があやつの心を壊してることに気づく可能性もあった。
だが慎重に五年かけて、ここまで来た。
週に一度、それも誰も気づかぬほど少しづつカリウスの心にある聖属性に影響される部分を壊してきた。おかげであやつは聖属性龍気を使えなくなったが、我の命に従わぬ可能性を残すよりはたいしたことではない。
あやつの魔法力は我を越えかけ、龍王の力に近づいている。
これからは洗脳や心を壊すより、魔法力を強化せねばならん。
龍王だけでなく護龍等をも同時に相手するには、カリウスはまだまだ力不足。
生身の身体であるからには、魔法を使用するにも体力が必要だ。
体力はある一定のレベルまではすぐ上がるが、そこから先はジリジリとしか上がらん。こればかりは仕方ない。
必要な時間は……。
あと五年?
それとも十年? 二十年?
まあ良い。
その程度の時間など構わん。
我が育ててくれる。
ディグレスさえ居なくなれば、我ほどの龍が龍王に進化できぬはずはない。
その時が待ち遠しい。
龍が全て我に跪くその時が待ち遠しくてたまらぬわ。
かわいいカリウス。
その時をお前の手で我に見せておくれ……。
◇◇◇◇◇◇
龍王ティグレスから「神龍エルザークを探し、その様子を伺ってこい。もしエルザークが相手にするようなら、神殿を離れた意図を聞いてこい」と命じられた護龍は、地龍から進化した護龍ゴフリードであった。現在の護龍は火龍、水龍、地龍のそれぞれから進化した三頭で、その三頭からゴフリードが選ばれたのは、水龍から進化したケレブレアにその動きを察知されにくいからである。
同種の水龍や相反する属性の火龍は、ケレブレアに気配を察知されやすい。
だがゴフリードはケレブレアに察知されにくい地属性であるばかりでなく、彼の得意とする地脈から湧く力に同調して気配を隠す技を重視したためである。
ディグレスはケレブレアに察知されずにエルザークと連絡とれるのはゴフリードだけだと考えていた。
ゴフリードは、人化してグランダノン大陸へ渡り、人が近寄らぬ道を選んで移動していた。地脈から湧く力は人には感じられない。その地脈に気配を同調させたゴフリードの素早い動きは、人が目にしたとしても錯覚と感じてしまうほどの認識阻害力を持っていた。まず誰かが通ったと判る者もほとんど居ないだろう。戦闘神官クラスが意識して見ていれば誰かが通ったと判るかもしれないが。
ゴフリードはリエンム神聖皇国内を極力通らないように移動している。
大きく迂回したほうが確実だろうが、飛竜が全速力で飛行するより、いくら速くとも地上を移動するゴフリードは遅いので時間が相当かかる。ディグレスからの指示で動いているのだから、ゴフリードは少しでも早くエルザークと接触しなければと考えていた。それに護龍は龍王のそばで龍王を守ることが使命。離れている時間は短い方がいい。
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