15、幕間 龍達の思惑 (その一)

 龍王ディグレス。

 グランダノン大陸から北方、極寒の大陸エイスクトル大陸に彼は居る。

 水龍から龍王まで進化したディグレスにとっては快適な地。


「やれやれ、エルザーク様は何を考えているのやら」


 エルザークが何をしているかまではディグレスには判らない。

 誰がどこに居ようと詳しく状態が判るのは神龍くらいだ。

 龍王といえどもそこまでは判らない。


 そこまで判らないまでも、神龍の気配が小さくなり、更に神殿がある場所から移動したことくらいはディグレスにも判る。エルザークの気配が小さくなったのは、命が弱まったからではなく、エルザークの意思で小さくしていると判ってる。神龍を殺せる者などこの世界には居ないし、寿命など無限の存在である神龍にはない。


 まあ、いい。エルザークがこの世に干渉することはないだろうから、自由にさせていても問題はない。


 それでも数千年もの間、神殿から離れたことのない神龍が神殿を離れた理由には多少興味はある。と言っても、ディグレスが移動すると、護龍は最低でも一頭付いて来るだろうし、各地に居る龍も何事が起こったかと騒ぎ出す。ただエルザークに会って話すだけだからと説明し説得するのも面倒だ。


 そのうちエルザークと話す機会もあるだろうから、その時聞いてみようとディグレスは考えてる。


 エルザークのことはいい。

 だが、ケレブレアは目に余る。


 前龍王が亡くなり、ディグレスが護龍から龍王になった時、同じ水龍から護龍となったケレブレアはディグレスの下にはつけないと飛び出していった。ケレブレアはその日からはぐれ竜となった。


 ケレブレアは確かに当時の護龍の中でも一番強く賢かった。

 深く青い鱗を持つ彼は美しかったのだ。

 ディグレスもケレブレアが次の龍王だと考えていた。

 龍王に進化するまではディグレスにもその理由が判らなかった。


 だが龍王に進化した今ならば判る。


 ケレブレアは執着心や自尊心が強すぎるのだ。

 もう少しでいいから、心のなかで暴れるそれらの感情を制御できたなら、ケレブレアが龍王に進化し自分は今も護龍のままだっただろう。


 今更残念に思っていても仕方ないが、ケレブレアの資質を思うとやはり残念でならない。

 人間の欲を利用してリエンム神聖皇国というケレブレアの帝国を作ったところで、龍達からは認められない。龍に認められないのだからケレブレアの自尊心はいつまでも満たされることはないだろう。人間から崇められて喜ぶケレブレアの姿など想像もできない。


 そんな不毛なモノを何故作って維持しているのか?


 ディグレスがケレブレアを攻めることを恐れてるのだ。

 ケレブレアがいかに強くても、護龍達と龍王の前には敗北しかない。

 そのことを判っている。


 龍王と護龍は、攻めてくる者には容赦しないが、相手が龍じゃない限りこちらから攻めることはない。火龍達ですら自分の生存域を奪われそうになったり、汚されたりしなければ攻め入ったりしない。飛竜に至っては、生存域を変更するだけだ。


 でも万が一を恐れて、ケレブレアは国を作り、龍が攻めてきた時には人間を前に出すつもりだ。そうすることで龍が攻め続けることはないと確信しているのだ。


 その考えは正しい。


 こちらから攻めることがあっても、人間が出てきたら撤退する。

 龍達が本気になったら、数千数億人間が向かってこようと敵ではないし、簡単にその生命を全て奪ってしまう。


 神龍エルザークは龍がこの世を支配できるような力を使うことを嫌う。

 神龍の意思を守り執行する私も同様だ。


 ケレブレアも面倒なことをしてくれた。

 人間、亜人、魔族のどれかからケレブレアを倒す力を持つ者を育て助けるしか、私にできることが今はない。


 あ、もしかするとエルザークは私の悩みに気づき既に動いてるのかもしれない。

 だが、神龍が関心を寄せて自ら動くほどの者がこの世にいるのだろうか?


 やはりエルザークの動きを知る必要がある。

 護龍ならば人化もできる。騒ぎにならぬようエルザークの様子を伺うことも可能だろう。エルザークと直接話せるなら更にいい。


 龍王ディグレスはエルザークのもとへ護龍の一頭を送ると決める。


◇◇◇◇◇◇


 神龍エルザークは困っていた。

 この分でいくと、神龍初めての経験、それも嫌な意味で経験する可能性が出てきた。


 エルザークも最初は龍王ディグレス同様に、ケレブレアにとってのリエンム神聖皇国は人間の壁目的で作った国だと考えていた。その考えは今も間違っていないが、ここに来て新たな懸念材料が生まれ、人間の壁の国としてだけ見ていてはいけないことにエルザークは気づいた。


 龍王と護龍を打倒しうる存在をケレブレアは生み出そうとしている。

 そのことに最近気づいた。


 龍王を倒せそうな者はゼギアスだけだろうと考えていた。

 生身を持つ者で神龍に近づける可能性を持つ者が同じ時代に二人も生まれるなど予想もしなかった。

 ゼギアスは龍王を倒そうなどと考える者ではなかったのでのんびりしていたのだが、ケレブレアの下にも龍王を倒せそうな者が生まれるかもしれないとなれば、困る事態が生じる可能性をエルザークは無視できないのである。


 たちが悪いことに、ケレブレアの下で洗脳され、ケレブレアを絶対視し、戦闘に偏った育て方されている。森羅万象を使えるほどではないようだが、体力はともかく魔法力はゼギアス同様に天井も底もない。その者をケレブレアは直接鍛えている。それはエルザークにはできないことだ。龍王ディグレスならゼギアスを直接鍛えることもできるだろうがエルザークはやらない。


 うーむ、ゼギアスをディグレスのところへ送るにしても、ゼギアス自身がそれを望まねばな。我には強制することはできん。 


 万が一、神聖皇国の化物が育ち、ケレブレアが龍王を殺害しようとしたなら我が出て行くしかないだろう。そしてその時初めて、龍が人を殺害する行為の手助けを神龍がすることになる。


 龍王ディグレスが生まれてまだ百年少々。

 後に続く龍王候補は育ってるとは言えない。

 もちろん護龍候補もだ。


 龍王が死ぬと、龍達を支配し統率するものが居なくなる。

 どれだけ力を持っていようと龍王にしか龍は従わない。

 ここ数年、いや数十年のうちにディグレスが死んだら、龍王不在の期間がしばらく続くだろう。


 エルザークはそれを恐れている。


 龍は強大な力を持っている。

 その力が暴走しないよう龍王が居ると言っても大げさではない。

 ディグレスが死んだら、龍達がいつ暴走しても不思議ではない。


 ケレブレアはディグレスが居なくなれば、ケレブレアが龍王に進化するとでも思ってるかもしれないが、それはありえない。

 それは龍の理なのだ。


 もしケレブレアに龍王に進化する資質があったのだとしたら、ディグレスが龍王に進化する際、つまり前龍王がなくなったときに一緒に進化しただろう。同時期に龍王が二頭居たことは過去にあったのだ。それはそれで困る事態だが、過去の場合は一方の龍王が身を引き、龍達の支配権を譲り静かに余生を送った。


 ケレブレアとディグレスが同時に龍王になったとしたら、多分、ディグレスは龍王の座をケレブレアに任せ、自分はどこかで静かに余生を過ごすことを選んだだろう。


 だがケレブレアは龍王に進化しなかった。

 ディグレスと同じ護龍でありながら進化しなかった。

 ケレブレアには龍王に進化する資質はないとはっきりしている。

 だがケレブレアはディグレスを認めない。

 自身に資質が無いとも認められない。


 エルザークにとっての救いは、ゼギアスの存在にケレブレアは気づいていないことだ。もし気づいたら、ゼギアスが育つ前に自身で殺しに来るか、ゼギアスを自分の手駒にしようと動くだろう。


 早く育ってくれんと困るんじゃよ……。


 エルフ達と談笑するゼギアスを見るエルザークは心底困っていたのだ。

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