14、新たな仲間 (その四)

 昨夜帰宅して、家に着いた俺は背負っていたエルザの兄達を居間に寝かせると、ベアトリーチェに後のことを頼んでソファで寝てしまった。サバトルゴイからの帰り、飛竜の背でも眠りそうになったが、家までは何とか我慢したのだ。


 ベアトリーチェの朝食を準備する音で目が覚め、俺は水を浴びて身体を洗うことにした。汚れを落とさずに寝てしまったから、朝食前にスッキリしたかった。


 着替えて居間に戻ると、エルザが居た。


「おはよう。昨夜は先に寝てしまって悪かったな。兄貴たちの様子はどうだ」


「おはようございます。小さな怪我はいくつかあったけど、それはベアトリーチェさんが治してくれました。二人とも栄養不足で弱ってるようですが、食事をとってしばらく休んでいれば大丈夫のようです。昨夜はありがとうございました」


「いいんだ。これからは仲間なんだから、気にするな」


 俺は微笑んでもう少し休んでいろと行った後、台所へ向かった。


「リーチェ、おはよう。昨夜は先に寝てしまって悪かったね」


 食事を作る手を止めずに、振り向き


「おはよう、あなた。いいわよ。怪我は小さなキズだけでしたし、衰弱もさほどじゃなかったので、回復魔法で癒やすより食事をとってゆっくり治すほうが休養できるだろうと思って使わなかったの」


「そうか、下手に回復魔法で治すと、身体は完全に癒やされていないのに元気だけは戻るから、リーチェの言うとおりで正解だと思うよ」


「もうすぐできますから、あちらで待っていてね」

「ああ、そうさせてもらうよ」


 ベアトリーチェに軽く口づけして、俺は台所を出た。


「エルザ、シャピロ達は昨夜は家に戻ったのか?」


 シャピロ達は、空き家を仮屋にして住んでいる。ここに滞在中はそこを彼らの家として使ってもらっていた。別に追い立てるわけじゃないが、エルザの兄達もあとでそちらへ移ったほうがいいだろう。この家は人の出入りが多いし、俺とベアトリーチェも留守にしがちだ。


「はい、シャピロの弟は怪我もなく元気でしたし、ベアトリーチェさんが診ても身体に問題はないとのことでしたので」


「そうか、朝食が済んだら、皆を呼んできてくれ。これからのことをもう一度話したい。今度は具体的なことをね」

「はい。わかりました」


・・・・・・

・・・


「さて、先にエルザのお兄さんとお友達……でいいのかな? もう一人の方に確認したい。身体が治ったら、ここで俺の手伝いをしてくれるということでいいのか?」


 床に毛布を厚く敷いた上で横になったままの彼らに俺は確認する。

 身体を起こす必要はないと言ってあるし、そうしようとしたらエルザに止めてくれとも言ってある。


「まずお礼を言わせてください。本当にありがとうございました。私の名はクルーグといいます。妹と同じ鷹人族の父と妖魔族の母の間に生まれた魔族と亜人のハーフです。昨夜。妹からここの状況とゼギアス様が何を目指しているのか聞きました。私にできることでしたら喜んでお手伝い致します」


「私からもお礼を言わせてください。ありがとうございます。私の名は、ダイアン。猫人族と人間の間に生まれたハーフです。私もゼギアス様のお手伝い喜んでいたします」


 二人の気持ちを聞いた俺は皆を見渡して


「最初は何ができるか判らないだろうし、ここにどんな仕事があるのかも判らないだろう。だから最初は俺が決める。でも、ここで生活しているうちにやりたいことや、自分にできることが判ってくるだろう。その際は遠慮なく俺やこれからお前達が就く仕事の上司に伝えてほしい。遠慮はしちゃダメだ。いいかな?」


「「「「「「はい」」」」」」


「うん、シャピロの弟とメイヤ。お前達の仕事はお手伝いと勉強だ。二人共ベアトリーチェの実家で家事や雑務の手伝いをしてくれ。それと読み書きと計算を勉強して欲しい。これは何年か先絶対に大事になるし、読み書きや計算を覚えたら、俺の仕事を手伝って貰えるから有り難いしな。頼むぞ」


 二人は元気よく子供らしい仕草で頭を縦に大きく振って返事する。


「シャピロ、レンザ、ブレーゾ、ハリル、そして、身体が治ったらダイアン。お前達は当面、神殿の森でこれから始める建設工事や土木工事を手伝ってもらいたい。但し、そこで手順など必要なことをしっかりと覚えて欲しい。そして覚えたら一人一人が十名ほどのグループのリーダーを務めてもらう。仕事は山ほどある。一日も早くリーダーを務められるようになって欲しい」


 五名は黙って、だが力強く頷いてくれた。


「最後になったが、エルザ、そしてクルーグ。クルーグはダイアン同様に身体をしっかり治してからだが、二人の持つ魔法力は一般的なエルフより多いし強い。だから、二人にはマリオンのところで体術や魔法の戦闘訓練して欲しい。マリオンは良い指導員だが、厳しい。一番きついかもしれない。だが、お前達の持つ、かなり遠くまで見える能力は貴重だ。いずれは偵察や状況観測の任務に就いて貰いたい。この仕事だけは他の仕事と違い危険な仕事だ。だから断ってくれてもまったく構わない。他の仕事を紹介する。どうだ?」


 横になってるクルーグがまだ力強いとは言えない声で話した。


「ゼギアス様。私達は奴隷でした。命など、いつでも主人の気分次第で消される立場でした。それを思えば、仲間や誰かのために自分の意思で命をかけられる仕事は誇れる仕事です。たとえ命を失うことになっても喜んで失えます。断るはずはありません。きっと妹も同じでしょう」


 エルザも兄に賛同するように頷いて話す。


「はい、兄の言う通りです。私はゼギアス様にこの身体、この命を使って貰えるなら幸せに感じるでしょう。ゼギアス様はただ命令してくださればいいのです。私は喜んでそれに従います」


「うーん、気持ちは有り難い。でも、自分の身体や命は自分のために使って欲しいんだ。皆が自分のために生きられるような場所を作りたい。そのために頑張ってるんだ。もう一度じっくり考えて欲しい。その上で俺の願いを聞いてくれるなら助かるな」


 シャピロがゆっくりと言葉を口にする。


「ゼギアス様。私達には誇りを持つことは許されませんでした。そもそも私たちにとっての誇りなど考えたこともありません。やりたい仕事を選ぶなど考えたこともありませんでした。明日も生きていられる確信など持ったことはありません。ただ動いていただけです。ただ空腹を紛らわしていただけです」


 仲間の顔を確認して、シャピロは続けた


「私達は希望を初めて知りました。楽しいと思えることがあるのだと初めて知りました。神が居るならそれはゼギアス様ではないかと今思っています。少なくとも私はそう思っています。エルザとクルーグの気持ちが痛いほど私には判るんです。二人ともとにかくゼギアス様の役に立てると思うと嬉しくて嬉しくてどうしようもないんです」


 居間は静かな空間に変わった。

 誰も身動きもせず、息を殺して俺の返事を待っている。


「判った。でももう一度言うよ。全員、やりたいことが見つかったなら絶対に言うんだぞ? 与えられた仕事が自分には合わないと思ったときもだ。いいね?」


「「「「「「はい! 」」」」」」


 全員納得したようで良かった。


「……そうだ。ここにはエルザークという神龍がちゃんと居るからさ。俺を神だなんて呼んじゃダメだよ?」


「はい? 神龍が居る?」


 ベアトリーチェを除いて皆固まっていた。

 神が身近にいると聞いたら普通驚くよね。


「うん、そこらでのんびり眺めたりブラブラしてるから偉そうには見えないかもしれないが、この世の神だ。失礼のないよう気をつけて欲しい。まあ、大概のことでは怒らないから恐れる必要はないけどね」


 俺はシャピロ達に向かってニヤリと笑い、ベアトリーチェにラニエロを呼んでもらった。

 ラニエロはすぐに来た。彼にシャピロ達をそれぞれの職場へ案内してもらえるよう俺は頼んだ。

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