14、新たな仲間 (その三)


 家に戻るとベアトリーチェがハンカチに刺繍していた。


 誰の? と聞くと友人の子供がベアトリーチェのハンカチの刺繍を見て欲しがったので作ってるのだという。


 こういうことに手間を惜しまずに子供とでも接するから懐かれるんだろうと思うが、休む時間があるのか心配になる。疲れないようにねと声をかけると、夕食の献立考えながら手を遊ばせていないだけだから大丈夫と微笑む。


「そのままでいいから聞いて欲しい。俺とリーチェあとサラが今手を付けてる仕事が終わったら、旅行に行こうと思う」


 俺はサラにした説明をし、マリオンとシモーナの了解も得てきたことも伝えた。


「あなたにとって必要な社会勉強なのでしょう? それでは誰も断るわけがありません。私はあなた達と旅行できるのですからとても嬉しいお話ですね」

「のんびりとした観光旅行にはならないと思うんだ。それでもいいかい?」


 観光旅行と違い、観光地をのんびりまわる話ではない。旅先でいろいろな事を知るための旅なんだ。思念伝達魔法を誰でも使えるアイテムをサラが製造出来るようになった今、大国との衝突がまだ小競り合いで済んでる今、この時期を逃すとしばらくは国から離れられる時間はないかもしれない。


「ええ、もちろんですわ。何を心配してるの? そもそも観光旅行って何ですの?」


 あ、そもそも旅行自体、俺の提案した旅行が一般的で、観光旅行なんてものは金持ちの道楽でしか存在しない……のでは……ないだろう……か……。


 俺は観光旅行について説明する。


「そのような旅行も楽しいでしょうね。何か無駄使いしてるようで落ち着かない気がするように思いますが……」


 やはりそうだったのか。

 ま、ま……まあいい。

 それなら俺の取り越し苦労だったということで。


「いつかは観光旅行しようね」


 話は問題なく終わった。

 俺がすべきことは仕事を一日も早く終わらせること。


 といっても、俺の場合は今すぐでも行けるのだ。

 だって、俺の仕事って、地球から情報ゲットすることと、マリオンの手に余りそうな時の緊急事態要員であり、新たな仕事を考えることであり、日常的にこなす実務的な仕事は皆無に等しい。 


 つまり、サラの仕事が終えたら旅行へ行けるわけだ。

 うん、明日からサラの仕事を手伝おう。



・・・・・・

・・・


 夕飯前、シャピロ達がやってきた。

 ベアトリーチェの夕飯の準備は万端済んでる。


 全員で食卓を囲み、シャピロ達の感想を聞きつつ夕食を済ませた。

 食後、彼らがこれからどうするつもりか聞くことになっている。


「さて、一通り俺達のやってることは見せたし、シャピロには俺の目標も話した。あとはお前達次第だ。ジャムヒドゥンに戻るなら送るし、ここに残るなら話し合う。どうするか聞かせてもらいたい」


 ベアトリーチェが食器を片付けている物音だけの静かな状況。

 俺は彼らが話し始めるのを黙って待っている。

 やがてシャピロが仲間を代表して口を開いた。


「全員ここに残り、あんたの目的実現の手伝いしたいと考えてる。ただ……」

「ただ?」

「サバトルゴイで奴隷で使われてる者に、俺の弟とエルザの兄が居る。せめてその二人だけでも助けてからここに来たい。許してもらえるだろうか?」


 シャピロが目を向けた先に居た魔族の特徴を色濃く肌に見える女性、青い肌、目の周囲が紫のシャドウで化粧しているかのような顔の女性エルザがペコリと頭を下げた。


 うん、身内が奴隷のまま働かせられていちゃ落ち着かないな。

 妹を持つ身として十分納得できる要求だ。

 俺が同じ立場だったら同じことを希望する。

 奴隷解放すると言っても二人だ。

 大事にはならないだろう。


「なるほどな。シャピロの言う二人は俺が助け出す。シャピロ、エルザ、んじゃ早速行こうか。ちょうど夜でやりやすい時間だ。あとの者達はここで待っていてくれ」


 え? 今から? とでも言いたげなシャピロ達の表情。

 まあ、俺の力は聞いてるだろうが、でも実際に見せなきゃ実感できないだろうから二人共連れて行く。行きは俺の魔法で転移し、救助してる間に飛竜がサバルトルゴイに到着すれば帰りも問題ない。


「リーチェ、聞こえていただろう? 今から行ってくる。俺はこいつら連れて転移する。でも帰りは五人になるから、飛竜を三頭、サバルトルゴイのいつものところへ飛ばしておいてくれないか?」


「ええ、判りましたわ。もし、ご兄弟の誰かが怪我などしていたら、私を起こしてくださいね」

「ああ、その時は頼むよ。じゃ」


 俺は二人を抱えて転移した。



・・・・・・

・・・


 俺はサバルトルゴイの城壁の内側、門番等に見られることない場所へ転移した。


「皆があんたは化物並だと言っていたが、本当にそうなんだな。あんなところからここまで転移できるなんて、どれほどの魔法力持ってるんだ……」


 シャピロは驚きながらも言葉を発したが、エルザはまだ口もきけないでいる。


「さあ、さっさと片付けよう。どっちからやる?」


 シャピロとエルザの二人に問いかけた。

 エルザの兄からにしてくれとシャピロが言う。


「エルザの兄のところがここから近いからな」


 エルザに案内してくれと言うと、先頭にたって走り出した。

 道に近づくと、通行人のように歩き、またはちょっと酔った女のようにシャピロに寄り添いながら歩く。


 ふむ、周囲に亜人だとバレないよう動いてる。

 慣れたもんだなと思いながら俺はついていく。


 やがて小さな農場につくと、母屋と思われる家の隣に並んでるボロい小屋の一つの裏側に回った。

 少し高い位置にある窓に向かって


「兄さん、兄さん……」


 エルザが背伸びして中へ声をかける。

 その声は母屋や他の小屋の奴隷に聞こえないよう小さい。

 何度かエルザが声をかけてる間に、俺は中の様子を森羅万象使って確認していた。

 窓のない壁側にはたくさんの荷物が積まれている。

 残った狭いスペースに藁が敷かれていて、そこに二人の男が寝ている。

 二人のうち一人がエルザの兄なのだろう。


 うーん、一人だけ助けるのは、残ったほうが可哀想すぎるな。

 仕方ない、予定外だが二人とも助けよう。

 俺はそう決めて、小屋の中へ転移し、二人を抱えて外へ再び転移した。

 エルザとこの奴隷二人には悪いが、騒がれると面倒だし、説明してる時間ももったいないので無属性龍気で二人の眠りをかなり深くしてある。


「エルザ、シャピロ、一旦城壁へ戻る」


 そう言って、両肩に奴隷を二人担ぎ、シャピロ達の肩に両手を置いた。

 すぐ転移して、両肩の奴隷二人を下ろした。


「エルザ、ここで二人を見て待っていろ。声をかけても起きないだろうが心配するな。眠りを深くしてあるだけだ。俺の家に戻ったらベアトリーチェが起こしてくれるし、手当てもしてくれる。今は俺を信じろ」


 エルザは無言のまま頷いた。


「よし、俺とシャピロはシャピロの弟を助けてくる」


 俺はシャピロの顔見て、


「さきほどの農場からは遠いのか?」

「あそこからなら五分くらいだ」


 返事を聞いて、俺はシャピロを掴んで、先程の農場の近くに転移した。街中を他人の目を気にしながら足で動くよりこのほうが断然早い。今はとにかく少しでも早く家まで戻ることが優先する。今頃飛竜がとんでもない速さでこちらに向かっているだろう。背に人を乗せていなければ、乗せてる時の何倍もの速さで飛行できる。いつもの乗り降りする林まで少しでも早くこいつらを連れて行くことが大事だ。


「さあ、ここからはお前が先導してくれ」


 シャピロの後ろについていく。

 小さな農場を二つ通り過ぎたあと、工場のような建物が見えてきた。

 工場のようだと思ったのは、背の高い煙突が数本並んだ大きな建物だったからだ。

 大きな建物の裏に、小屋ではないが、大きめの建物が見える。

 大きな家ではあるが、ところどころ壊れていて、修繕もきちんとしていないのが判る。


 その建物の横で、俺にここで待っていてくれと言い、シャピロはその中へこっそりと入って行った。十分ほど待つと、シャピロが七歳か八歳くらいの男の子を抱いて出てきた。


「すまん、待たせた。弟の部屋が変わっていて見つけるのに少し時間をくった」

「構わん。すぐ行くぞ」


 俺はシャピロの肩に手を当てて転移した。


「エルザ待たせたな。それじゃ外の林まで転移する。先にエルザ達。次にシャピロ達を連れて転移する。いいな」


 シャピロとエルザはやはり無言で頷く。

 いいぞ。判ってるね。

 俺はエルザの横に寝転がっているエルザの兄達二人を背負い、エルザの手を掴んで林まで転移する。エルザの兄達を下ろし、再びシャピロ達を連れて戻ってきた。


 ゼェゼェゼェ……。


 まだまだ体力鍛えなきゃダメだな。

 エルザークに言わせると、生身の俺には限界はあるけど、俺の限界はまだまだ上で、今は鍛えたら鍛えただけ体力が増えるらしい。


 龍気で転移するよりは全然マシだが、同行者を常時二人連れて、連続して、そのうち一度は超長距離転移なんかすると魔法の転移でもかなり疲れる。


 俺はシャピロ達から手を離すと、ドサリと草むらに倒れるように横になった。


「ハァ……ハァ……もうじき、……飛竜が来る。そしたら家に戻ろう。……それまで休ませてくれ」

「兄貴を助けてくれてありがとう。あんたはホントに凄いね。あれじゃ逃げたというより消えたと思われるだろうね」


 エルザの感謝に俺は片手をあげて応えた。

 疲れて、声を出すのがダルかったんだ。


「俺からも礼を言わせてくれ。この恩は必ず兄弟で返すと誓う」

「おじちゃん、ありがとう」


 おじちゃんとは失礼な。

 おっさん臭い顔に見えるのかもしれないが、俺はまだ二十歳前だ。


 だが、言い返す元気もない。

 シャピロ達にも片手で返事するだけにした。

 後でベアトリーチェに慰めてもらおう。


 シャピロの弟の部屋は見なかったので判らないが、エルザの兄が置かれていた環境は酷いものだった。扉には鍵がかかっていたようで、あれでは外から開かれるまで外へは出られない。急に排泄の必要が生じても、中で済ませるしかない。多分、あの藁は寝床としての役目と掃除する際のことを考えてのものだろう。家畜と扱いが変わらない。


 二十一世紀の日本を知る俺は、人権や人間の尊厳というものを考える。だが、この世界にはそんな考えはない。きっと俺ほどにはおかしいとは思わないのかもしれないが、やはり俺には我慢できないな。


 上空から降りてくる飛竜が見える。


 さあ、帰ろう。

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