13、忙しくて、嬉しくて、楽しい数日 (その三)
俺が勝手に「マサムネさん」と名付けた呼ばれし者は、備前長船兼光の流れをひく刀工の元で修行した方だという。備前長船兼光の名は何代か継いでいたはずなので、何代目に繋がる方なのかは判らない。だが知ってる刀工の名を聞いただけで沸き立つものを感じた。
日本刀にロマンを感じるのは、やはり前世が日本人だったからだろう。
転生しても残るこの気持ち。
……日本刀恐るべし。
彼にはサラが作った指輪を渡した。それを身に着けたときの驚きようは凄かった。こっちの世界に来てから四年の間、他人の会話が判ったことはなく、自分の言葉も通じたことはなかった。それがいきなり言葉は判るし、自分の言葉も理解して貰える状態になったのだ。そりゃ驚くよね。
これでサラの指輪の効果も確認できたし、俺も満足。
「マサムネさん」は「備前長船兼光さん」に俺の中で呼称は変更された。
彼はイワンと違って、ドワーフのイメージを壊さないドワーフの容姿。
だが、髭を生やしていない点がかなり減点かなあなどと身勝手で失礼なことを俺は考えていた。ドワーフの成人男子たるもの、髭を生やしてなければならないのです。そうでなければ俺の中では納得できない。
「それで、お願いがあるのですが、俺のために大太刀と小太刀を一振りずつ作ってはくださいませんか? もちろんお代は十分お支払いたします」
「お代はいりませんが、時間は十分頂きたいのです。私の苦境を救って下さったかたの刀です。私も満足できるものをお渡ししたい」
「ええ、急ぐつもりはまったくありません。でも、お支払はきちんとしたいのです。指輪のことは気にしなくていいんです。是非受け取ってください」
「では、大太刀のお代は頂きませんが、小太刀のお代を頂くということで」
「ありがとうございます」
俺はとても嬉しくて、彼の手を両手で掴み何度も上下に振ってしまった。
彼をどう呼んだら良いものかと悩んでいたら、イワンが、彼を世話してきた族長に名付けて貰うのがいいのではないかと言う。それはいい案だと賛成し、名前がはっきりしたら教えてもらうことにした。
……俺じゃ「備前長船さん」になってしまう。
その後、イワン達を連れて村を案内した。イワンも知らない設備、ガラス製作用の釜をみせた。鍛冶が得意な種族であれば鍛冶でないイワンも釜には関心があるのではないかと思ったのだ。刀工の彼は当然関心持つだろうと。
そしてその予感は半分当たる。
「これは……」
二十一世紀日本で得た知識をもとに(サラが)作った耐火煉瓦と耐火断熱煉瓦を組み合わせた釜にも驚いてくれたが、それ以上に驚いていたのがコークスだった。あくまでも一般的な目安だが、木炭では千二百度、石炭で千六百度、だがコークスだと千八百度にもなる。陶芸だと千二百度程度もあればいいし、ガラスでも千五百度程度だから、俺としてはそんなに有り難みを覚えていないのだが、そう言えば里の鍛冶師もコークスを渡すと大喜びしていたことを思い出した。
「これはうちの連中に見せたら絶対に欲しがりますよ」
ほう、絶対か。
おっと、よだれがこぼれそうだぜい。
だが、絶対だとか確実だとかそういう言葉を簡単に信じるほど甘ちゃんではないのだよ。
よだれは口内にたまってるけどな!
うちはまだコークス炉の満足行くものを用意できそうにないので、今のところ、簡易な炉(これもサラが作った)でコークス作り、副産物として出来るコールタールを防腐剤として利用し、他にも出来るガスで肥料には使わない類のゴミを燃やしてる。もしドワーフの鍛冶師達の協力を得られたら満足のいくコークス炉を作れるかもしれない。そしたらコークスの生産量も増える……うん、これは提案してみるのもいいかもしれない。
石炭層はいくつも見つかっているし、掘り出すのも魔法でやれば簡単。
その作業も俺じゃなくても問題ない。
地層から一部分抜き出す程度の魔法など難しくないからな。
コークスを割安で提供する代わりに、うちの仕事も手伝って貰えるかもしれない。
俺はイワンに提案すると、族長に掛け合ってみると受けあってくれた。
刀工の彼も、コークスを安く譲ってもらえるなら、やはり小太刀のお代も要らないと言ってくれた。
なるほど、こんなに反響があるならコークスも重要な商品として考えておこう。
……うひょぉ、思わぬところから、金のなる木が見つかった。
イワン達には後ほどコークスを送ると約束し、イワンも近いうちに族長か鍛冶師の中でも発言力のある方を連れてくると約束してくれた。
「そのコークスは私に売らせてくださいね!! 他の人にまわしちゃ嫌ですよ!!」
イワンの願いは考慮はするけど、叶えられるかどうかは判らない。
できるだけイワンに任せるつもりだけどね。
ここまで”備前長船兼光さん”を連れてきてくれた彼にも旨味のある商品渡してあげなきゃ。それにドワーフ達との間も取り持って貰えそうだし、お礼はしなくてはいけないよね。
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