13、忙しくて、嬉しくて、楽しい数日 (その二)

 翌日、ベアトリーチェと朝食を済ませた後、思念回析指輪だけでなく思念伝達用の装飾品も作れないものかとベアトリーチェと一緒にサラのところへ相談に行った。


「フフフ……」


 ん? 何か不穏な空気を纏った笑顔のサラがそこにいる。


「お兄ちゃん。そんなの出来るに決まってるじゃない。必要になったらいつでも作れるよう思念伝達魔法の原理などは回析済みよ」


 ドヤ顔のサラ。

 「私を甘く見ちゃダメよお兄ちゃん」というプレッシャーを感じる。

 サラを甘く見るだなんてそんなことしたこともないし、するつもりもないのに。


「さすがはサラだな」


 ドヤ顔だったサラの表情が普通に戻る。


「でもね。思念回析だけでなく思念伝達までとなると、お兄ちゃんの暇な時間がまた減るわよ?」


 ありがとう。

 俺のことを心配してくれて。

 ほんといい妹を持ったよ。


「それは判ってるんだけど、今回のように予定が変わった時でも、せめてアンヌかゼルデのどちらかに持っていて貰えてたら、万が一に備えて戻ってもらわなくてもいいと思ったんだ。それに飛竜を使った巡回とは別に、各地で異常が起きた時すぐ確認できる手段が必要なんじゃないかなとも思ったしね」


 長くこっちの世界で暮らしていたから、通信手段の便利さを忘れていた。俺個人で言えば、思念伝達し、思念回析魔法のように魔法を指輪に付与して誰もが使える手段があるなど思ってもいなかった。電気をどこでも使える世界だったら思いついたかもしれないけど。


「それに思念回析と違って、数多く作る必要はないだろう? 里ごとにいくつかと、今回のアンヌ達のように近くに連絡手段が無い場合用だからね」

「そうね。だったら指輪だと紛らわしいから、別の装飾品で作るわね。男性でも女性でもどちらが持っていてもおかしくないもの……ネックレスがいいかもね」


「その辺俺にはセンスないから、サラが決めていいんじゃないか?」


 「判ったわ」というサラの返事を聞いて、俺とベアトリーチェは次の用事を済ますためシモーナさんと話し始めた。


「先日頼んでおいた試算できましたか?」


 これからどの程度経費がかかるか試算してもらっていたのだ。

 国を作るための予算なんて、俺には無理だから数字に強いシモーナさんに頼んでいた。


「ゼギアス様とサラ様のお話をもとに多少多めに計算しておきました」


 数字が並んだ一枚の紙を渡された。

 恐る恐るそれを見ると……。


「ん? 随分少なくないですか?」

「ゼギアス様は、誇りや感謝に値段をつけられますか?」

「んー、無理ですね」

「ええ、そうなんです。例えば、エルフ、里に住む獣人達、オルダーンの人々、彼らの生活に大きな影響がない限り、彼らは労働力の対価を受け取りません。私が直接確認して回ったので確実です。つまり、専従職者以外の労働対価はまったく不要」


「そんなわけには……」

「だから誇りや感謝に値段をつけられますかとお聞きしたのです。彼らは安全を守ってもらえてることに感謝し、誇りを回復していただいたことに大きな恩を感じているのです。更に、ただ食器などを作るのではなく、陶器やガラスで楽しく作る環境が用意されたことにも感謝しています。将来的には安全保障税などを徴収することになるでしょうが、それも最低で済むでしょう。何故なら彼らは率先してその任務に就くからです」


「ですが、生活にはお金なり物なりが必要ですから……」

「ええ、その辺りも考慮して必要となる経費がそこに書いたものです」


 渡された紙に書かれた数字は、今回サバトルゴイで稼いだお金の百回分程度。

 俺の予想ではその千倍以上必要だと思っていたのだ。


 うーん、安心したけど、まあいい、俺の予想分稼ぐつもりで頑張ればいい。

 金庫に余裕があれば、いざという時の備えにもなる。それに、給与を十二分な金額にし、うちで働くと高給を手に入れられるとなれば、人材も集まりやすくなるだろう。


「それで、逆にこちらからの提案なのですが、神殿の森に労働者用住宅を整備してはいかがでしょう? そろそろいくつか用意しておくべきかと。収容人数はとりあえず五百名ほどで、冬前に完成させておけば、冬を越すのに苦労している里の人達が入居希望するでしょう。その方達には雪が溶ける前は木を倒してもらい、雪が溶けたら土木作業にも従事して貰います。その方達の生活費は十分捻出できますし、いかがでしょう?」


 なるほど、里で暮らす人の中には、戦争や亜人狩りから逃げてきた亜人や魔族も大勢いる。その人達の多くは家を持っていない。獣人系の亜人は人間よりも丈夫だから、春から秋にかけては雨さえしのげれば良い程度の小屋で生活している。だが、冬は別だ。食料も無くなってしまうし、寒さで命の危険にさらされることもあるだろう。その他の種族だと、獣人よりも大変そうだ。


「判りました。それでお願いします」

「はい、そう言っていただけると思いまして、里で仕事を持てずに居る人達には既に声をかけてあります。ゼギアス様の了承を得たらすぐに動けますので、早速今日からでも皆に連絡いたします」

「シモーナさんのお考えどおりに進めてください。あとこの手の話はどんどん教えてください。俺が不在ならサラの了承で進めてかまいません。よろしくお願いします。」


 判りましたと微笑むシモーナさんを後にして、俺はベアトリーチェとサラの家を出る。出る前に、もしイワンがここに寄ったら、俺は家にいると伝えて欲しいとサラにお願いした。


 まあ、イワンが来たら、俺の家に案内して欲しいとアルフォンソさんにも伝えてあるから、うちに来るだろう。ここで商いする人は、必ずアルフォンソさんの了承を得ることになっている。無断の商いは禁止しているのだ。怪しい商品などを持ち込んで売り、ここの人達に損害が出ては困るからね。


「俺さ、学校を作りたいんだよね」


 ベアトリーチェが淹れてくれたお茶をソファに座って飲みながら話しかける。


「学校というのはどういうものですか?」


 この世界にも学校はある。

 しかし、その扉はお金持ちと特権階級の者しか通えない。

 授業料が高いし、身分で選考され、一定以上の身分を持たない人は学校には入れない。


 知識や知恵は生きていく上で武器だ。

 貧しく身分が低い者にはその武器が与えられない。

 彼らが生きていくためには武器を持つ者に従わなければならない状況を強いられてる。俺はこれが腹立たしい。


 俺はベアトリーチェに学校の意義と仕組みを説明した。

 子供達のためだけじゃなく大人のためにも学校が必要だとも説明した。


「それは素晴らしいですね。是非、お作りください」


 俺の意見に賛同してくれたことを確認して


「リーチェ、君に先頭にたってもらいたいんだ。もちろん、俺もサラも他の皆にも協力を頼む。皆の力をまとめる役割をリーチェにお願いしたいんだ」


「ですが、私は誰かにモノを教えるほど、あなたやサラさんみたいに知りませんから……」

「そうじゃない。生徒にモノを教えるのは知ってる者がやる。リーチェに頼みたいのは、生徒となった子供達や大人をサポートすること。そして学校という仕組みがきちんとここで動くまでまとめ役を頼みたいんだ」


 ベアトリーチェは子供からも大人からも慕われている。

 適役だと俺は考えていると伝えた。

 ベアトリーチェは俺の顔を見ながら悩んでる風だった。


「あなた、ブリジッタ姉さんにその役目を頼んではいけませんか?」


 ああなるほど、ブリジッタさんもベアトリーチェと同じくらい子供達から慕われてるし、大人の間ではベアトリーチェが自分達の娘や友達のように慕われてるのとは違い、リーダーのように頼られている。ブリジッタさんが引き受けてくれるなら異論はない。


「ブリジッタさんは引き受けてくれるだろうか?」

「先日、少し話したのですけど、お父様の後をランベルト兄さんが継ぐ予定で、今、お父様の仕事を少しづつ受け持っています。今は、お姉さまも手伝ってますが、いずれは兄さんが全部やることになるでしょう」


「うん」

「お姉様はその後のことを気にしていらっしゃいました。いずれ結婚して家に入ることに不満はないけれど、できるだけ仕事したいと」


「そうか。じゃあ、明日ブリジッタさんと話せないだろうか?」

「あとで都合を聞いてきますわ」

「うん、宜しく頼むよ」


 話を終え、ちょっと安心した。

 ブリジッタさんが引き受けてくれたらいいな。

 仕事の内容を知ったらきっとやりがいがあることだと判ってくれると思うんだ。

 まあいい、全ては明日だ。今はイワン達が来るまでベアトリーチェとのんびりしていよう。

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