10、食器売りのゼギアス (その二)

 俺が叫んで客寄せをしていると、数分後にはマリオンがサクラ役で来る。


「あら、これは素敵ね。こんなに透明度の高いガラスは見たこと無いわ~」


 食器を俺の手から取ってわざとらしく褒めちぎる。


 ちなみに、サクラをやると言い始めたのはマリオンだ。

 「ダーリン、こういうのは人が一人でも居ると興味を持つ人も増えるのよん」と言ってたが、まあ、そういうものだろうと思う。


 やがて馬車を降りてきたご婦人も食器を見た途端、そのデキに驚き


「これはおいくらになるのかしら?」


 と訊いててきた。


 十枚セットでしか売れないということを伝えてから、先程決めた値段の十枚分を伝えると、


「あら、ずいぶんとお安いのね」


 と答えてきた。

 その声を聞いたのか他にもお客が来て、「私にも教えてちょうだい」というので教えると、「私はもっと高くても買いますわ」と、なかなかの高評価。


 俺はどうしようかと考えていた。

 少しでも高く売りたいのは確かだし……。

 でもこれからもこの辺にはお世話になるだろう。


 どうしようかと俺が悩んでいる間にも客が増えてきて、ミニオークション状態になっていた。客の声を聞くと、俺が設定した当初の金額の五倍にまで跳ね上がっていた。うーん、俺の設定した金額はまだまだ安かったらしい。


 これだけ大勢の金持ちがムキになる様子を見て俺は決めた。


「ここで商売するのは初めてで、こんなにも見る目がある良いお客様が大勢居るとはまったく思っておりませんでした。またこちらに来た際には、違うモノをご用意いたします。うちの職人も皆さんの評価に喜んで、今日お持ちしたモノよりも更に良いモノを作るでしょう。

 それで……今日は顔見せのつもりでしたがこんなにも大勢のお客様が集まってくれました。これは、最初に声をかけてくれたご婦人が関心を持っていただいたおかげだと感謝しています。ですので、最初に声をかけてくださったお客様に今日はこれを買い上げていただきたいと思います。他のお客様には大変申し訳無いのですが……」


 俺がそういうと、まあ、宜しいのかしらと口に手袋を持った手をあてて嬉しそうに侍従を呼び、その場で支払いを済ませた。


 侍従からお代を受取り、商品を渡して


「また必ず来ますので、その際には皆様ご贔屓によろしくお願いいたします」


 と礼をした。二番目に来てくれたご婦人は、「私の顔を覚えていてちょうだい。次は私に必ず売ってちょうだいね」と言い、日傘をさして微笑みながら帰っていった。


 今日持ってきた食器は、飾りもなく、着色も一切していない透明なガラス食器だ。

 皿の形は多少花びら風のフォルムで、先程市場で見た食器店などには置いていないモノだったが。


 今日の反応を見る限り、想定をかなり上回る値段で売れそうだと判った。

 ミニオークション状態で聞いた俺の設定金額の五倍の値段には正直ビビった。

 何故なら、俺とサラが薬草取りや魔獣の皮を売ったりして稼いだ一月分より全然多かったのだ。


 俺とサラは半年以上かけて旅費を貯めた。

 あの金額を数日で稼げてしまう計算だ。


 もちろん毎回五倍の値段などつかないだろう。そんなに甘いものじゃない。

 今日は物珍しさや周囲の熱に煽られて、高い値段をつけたのだろう。

 それでも今日設定した倍では確実に売れる手応えを感じた。


 サラに感謝しよう。今日手伝ってくれたマリオンにもだ。


 サラに似合う服を買って帰ろう。マリオンにも買おう。


 今日のところはベアトリーチェには我慢してもらう。

 きっとベアトリーチェも許してくれる。

 ベアトリーチェには俺が稼いで別の機会に何か買おう。


・・・・・・

・・・


 泉の森まで転移したのは夕暮れ時だった。 

 マリオンは、様々な色の刺繍が入った赤い服を嬉しそうに眺めてる。


「ダーリンに買ってもらった~ん。ダーリン、今度何かの宴があったらこれ着るから踊りましょうね」

「ああ、いいよ。でもサラに感謝はしといてくれよ」

「判ってるわよ。サラちゃんとも仲良しになったんだから、心配しないでよ」


 踊り程度でいいならいくらでも付き合うさ。


 下手だけどな!


 とにかくサラへ報告しなければと向かってると、向こう側に人だかりができていた。笑い声も聞えるから、何か問題が生じたわけではないだろう。


 集まってる人の一人が俺を見つけて


「あ、ゼギアスさん、お帰りなさい。ドワーフの商品を売る行商人が来てるんです。ゼギアスさんも見ませんか? 楽しいですよ」


 ほう、地球でドワーフといえば職人。

 この世界でもそのイメージは外れていないようだ。


 どれどれと人混みをかき分けて進んでいくと、調理具や工具が並べられていた。

 包丁にフライパン、鍋やヤカン、金槌やプライヤー、確かに良さそうな品が並んでる。この手のモノを見て楽しいと思うタイプと興味はないわけじゃないけど楽しいとは感じないタイプが居るが、俺は楽しいと感じるタイプだ。


 様々な形の工具などに惹かれる。そして、使いもしないのに多少高くても買って後で後悔するタイプでもある。


 だが……ドワーフと言えば、武器職人だろ、防具職人だろ!


 武器や防具を売らないドワーフなんて間違ってる! と自分勝手なイメージと異なる眼の前の商品に納得いかずにも居た。


 いや、見てるのは好きだし楽しいんだよ?


 だけど、行商人のドワーフの姿がこれまたイメージと異なるのだ。

 ドワーフと言えば、小柄で筋肉質、風貌はバイキングに似た髭親父じゃなきゃダメだろう。英国の某有名小説家が作ったイメージに毒された容姿を勝手に押し付けている。


 俺の目に映るドワーフは、やや細身の筋肉質で、身長もけっして大柄ではないが小柄とはいえない中背、その上、その上だ……エルフほどじゃないけどイケメンの範疇。


 ちくしょう……。


 綺麗な嫁を持ち、エロい女性に付きまとわれようとも、イケメンには敵意を感じる俺の非モテ男子メンタルは不滅だ。非モテ男子メンタルこそ俺のアイデンティティだ! と誰にも言えない豪語を内心に隠し、再び商品を眺めていく。


 ガラス製品造りにプライヤーはあってもいいかなと目に止まった黒い商品を手に取り、値段を聞こうと商人に顔を向ける。すると、今まで気づかなかったが、商人の背後に男子なら一度は手にしたいと憧れる武器らしきものが目に入った。


 鞘に収まった日本刀である。

 俺は日本刀を指差して聞く。


「それは商品じゃないの?」

「すみません。それは私の護身用で売り物じゃないんです」


 彼は苦笑しつつ謝罪する。


 ちくしょう、笑顔が爽やかだな。


「いやいや、見覚えある武器で気になっただけですので、ちなみにそれは貴方が打った刀ですか?」

「へえ、この武器の名前をご存知とは……。いえ、最近仲間に加わった新入りが打った武器です。少し面倒を見たら俺にくれたものなんで……」


 礼で貰ったものだから、売り物にできないんだと言いたいらしい。

 いや、そこまで売れないと強調しなくても無理に売れだなんて言わないから。


 これは一度その職人と会ってみなくてはいけない。


 ”呼ばれし者”で前世は刀工だった方かもしれない。


「その刀を打った方を紹介してくれないかな?」

「いいですけど、そいつ話せませんよ?」


 やはり、高確率で”呼ばれし者”だ。


「そうかい、でも一度会わせてくれないか?」

「判りました。明日帰りますのでご一緒に来ていただければ二日後には……」


 飛竜を使えば明日中には会えるだろ。この行商人が飛竜にビビって乗らないなどと言い出さなければだが。


「じゃあ、明日、お昼にここで待ち合わせしよう。それでいいかな?」

「判りました」

「まあ、それはそれとしてこれをくれるかな?」


 プライヤーを買い忘れるところだった。

 商人にカネを払いプライヤーを受取り挨拶したあと、人混みの後ろで知り合いのエルフと談笑していたマリオンと俺はサラの元へ向かった。

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