9、隠れた力 (その三)

 俺とサラはこの日から龍気の訓練を始めた。

 早朝の基礎体力訓練の時間を削って、あとは空いてる時間はずっと龍気と向き合った。


 訓練を始めてから五日目で、サラは既に持ってる知識をもとに道具を製造して、製造の力を使えるようになっている。簡単な構造のモノならもう問題ないらしい。これからは複雑な構造のモノでも作れるよう訓練するのだという。


 エルザークが言うには、もともと意識して使っていた聖属性の龍気を利用しているから、早く使えるのだという。あとは訓練を続けて複雑な構造のモノを作り続け、そしてサラ自身の今の限界を知る必要があるだろうとのこと。それが判った後はひたすら体力をつけろとサラに言っている。


 体力トレーニングを続けていって、サラがムキムキの身体になったら嫌なんだが、サラが頑張ってるので俺は今のところ黙っている。


 では俺はというと、毎日エルザークに怒られてばかりだ。こんなに毎日怒鳴られるのは、サロモンに龍気の使い方を教えられた時以来。

 あの時も、集中力が足りない、もっと落ち着け、自分が何をやってるのか常に意識しろと叱られまくった。


 でもその経験のおかげか、今の状況は悪くないと感じている。

 エルザークはサロモンじゃない。でもサロモンと暮らしていた当時のような気持ちになり、なんか……少し嬉しい気持ちもあるな。


 俺の状況は、まだ思わしくない。

 転移のように、転移先が見えている、もしくは既に知っている転移先をイメージできる時は、森羅万象の属性を使える。だが、地図上で位置を示されただけだと転移できない。


 理由は、龍気を使う時に五感に左右されすぎているからだとエルザークはいう。


 そんなこと言っても……と言うと、愚か者、お前には万物を把握する力があるんじゃ、見えなくても空間や距離を感じろ、それこそが森羅万象の基本だと怒られる。


 目で見えないものを見ろという。

 耳で聞こえないものを聞けという。

 手で触れないものを触れという。

 さっぱり判らん。


 エルザークがたまに力を貸してくれる時がある。その時はなんとかできる。でも、導かれてる感覚があり、それが無くなるとまったくできずにいる。


 頭で考えてるとさっぱり判らないのだが、感覚上では、目の前にある薄いベールを払いのけられればできそうな気はする。


 だがどうしたら払いのけられるのかが掴めない。


 サラはこんな状態の俺に、お兄ちゃんなら大丈夫よと言ってくれる。ベアトリーチェに至っては、あなたにできないことなんかありませんと言う。


 その期待や信頼が……重い……重いんだよぉおおおおと叫びたくなる。


 ああ、布団にくるまってダンゴムシになりたい。

 ダンゴムシはいいなぁ……。

 あ、でも、子供に踏まれたり、不快害虫として駆除されるのは嫌だな。


 俺の状況とダンゴムシ、どちらがいいかと言えば、今の俺だろう。


 そんなことは判ってるんだよぉおおお。


・・・・・・

・・・


 ひとしきり現実逃避もしたし、さあ、やるか……と思ったが、もう遅いし、散歩でもと家の外へ出たら、泉の森と別のエルフとの話し合い、その後の状況を実家に報告しに行っていたベアトリーチェが戻ってきた。


「あなた、どちらへ?」

「ああ、ちょっと煮詰まったから散歩でもしようかと」

「じゃあ、一緒に行きましょう」


 ベアトリーチェは最初から俺の力を信じてくれた。

 それは今に至るまで変わらない。

 それは何故なんだろうとずっと不思議だった。


「リーチェは、出会った時から俺を信じてくれたけど、それはどうして?」


 手をつないで、森の近くまで歩いたとき聞いてみた。


「あなたのそばに居ると安心したからです」

「安心?」

「ええ、この人は私を傷つけない、心も身体も傷つけないと思えたんです。言われてみると不思議ですね」


 フフフと俺を見て笑う。


 サラから、俺の前世のことはベアトリーチェには早く伝えなければダメと言われて洗いざらい話したとき、俺の力をオーガ討伐で見た時敵にしちゃいけないと焦ったと言ってたよねと聞くと、


「ええ、泉の森エルフのリーダーアルフォンソの娘としては危機感を感じました。でも私個人があなたに傷つけられるとは思いませんでしたよ」

「今は?」

「もちろんあなたが私を傷つけるようなことをするとは今も思いません。エルフを敵対視することも……私があなたの妻じゃなくてもしないと今は思ってますよ。もちろんエルフ側から敵対したならその場合は判りませんが、少なくともあなたから敵対するようなことは、害するようなことをすることなどないと信じてます。だってあなたは亜人狩りに来た兵士には容赦しませんでしたが、その後、あなたを敵視してきた兵士にはできるだけ死ぬことのないよう手加減してたでしょ?」

「殺さずに済むならそのほうがいい」




「私は生存競争の激しいところで生まれ、成長しました。ですから、敵を殺すことにはさほど抵抗はありません。先を考えたら敵は殺すべきと考える者の方が多いでしょう。殺される方が弱く悪いのだと考えがちなのです。でもあなたはそう考えない。サラさんもできるだけ命を大切にされる方ですが、あなたはサラさんよりも命を重視する方です。それはきっとあなたの前世まで記憶や経験がそうさせるのだと思いますし、サラさんはあなたの考えや姿勢に影響されたのではと私は思っています」

「そうか、リーチェの期待を裏切らないように気をつけるよ」

「私の意見を気にする必要はありません。あなたがあなたのままで居てくださればそれでいいのです」


 俺は少し開けた場所で腰を下ろした。

 リーチェも俺の横に座る。


「今夜はいつもより明るく見える星がいくつかありますね」  


 この世界で見る星空には、俺の知る星座はない。地球で見た星と同じものはないのかもしれない。

 だが、四季ごとに見える星が違うのはこの星でも一緒なはずで、ベアトリーチェが気づいたいつもより明るく見える星は、この季節の特徴的な星なのだろうと思った。


 でも、そんなことはどうでも良い。

 ベアトリーチェが気づいた星の明るさは、きっと彼女の喜びや驚きに繋がってる。俺は理屈よりもそちらのほうが大事で貴重なものだと思えたし、彼女の思いをできるだけ共有したかった。


「そういえば、お父さん達はリーチェの報告聞いてどうだった?」

「さも当然という態度でした。オーガの大軍を一人で倒す人の要望を無視するわけがありません。それに彼らにとっても良い話ですからね。敵が攻めてくるならあなたが前面に必ず立つから、その際は後方で支援するなり一時避難する。更にあなたが今行っている農法で成果が出たらその情報も教える。その代わり、あなたの作る国に協力する。その際に問題が生じたら多くの意見をすり合わせて、あなたお一人の独断で物事を決めない。この条件で協力を断るエルフは居ないと思っていましたが、やはりそうだったというだけです」

「そうか、良かったよ」

「大丈夫ですよ。きっとうまく行きます」


 ベアトリーチェの言葉を聞いて一安心し、そうか、お父さん達も当然だと思ってくれたか……それじゃ今頃食後のお酒を楽しんでるころかな……と考えていたら、アルフォンソとリーゼ、そしてランベルトが食事を楽しんでる最中の様子が目の前に映った。目に映ったと感じたその情景があまりにもリアルだったので


「今日はブリジッタさんは家に居ないのかい?」

「ええ、姉さんは最近結婚されたお友達に家へ行っているんです。でも姉さんの留守を何故判ったんですか?」

「ごめん、ちょっと待って……」


 なぜ突然、離れた場所のイメージが浮かんだのか?

 これまで自力ではなかなかできずにいたのに、どうして?

 ベアトリーチェと一緒に居てリラックスしているからか?


 理屈は判らないけれど、感覚は掴んだ。


 俺は今感じた感覚を忘れたくない一心で、今度はサラの状況を……と集中した。するとサラとマリオンが食後の片付けしている情景が浮かんできた。まだ疑心暗鬼な俺は、じゃあ、俺達が元住んでいた家の今は? と集中した。


 見える。


 留守を預かってくれてるエルフ達が酒を飲んで騒いでる。


「やった。やったよ、リーチェ! 見える。目で見なくても、意識した場所が見える。あ、ちょっと待って……」


 行ったことも見たこともない場所をと集中した。

 とりあえず意識したのは昔ほんの数日だけ過ごした孤児院の跡地。


 やはり見えた。今は誰かの家が建っている。家の中も意識を強めると見える。


 おおおおおお、できた……と喜んでいたら、軽い疲れが襲ってきた。


 なるほど、今の感覚が森羅万象の龍気か、そして体力消費が相当有るというのもよく判った。今程度でも疲れを感じるのだから確かに相当だ。


「森羅万象の龍気の使い方がやっと掴めたよ。リーチェ、君のおかげだ。ありがとう。君は素晴らしい最高の奥さんだ。いや、今までも素晴らしいと思っていたけどもね」


 俺の喜び様を見て、ベアトリーチェは最初ちょっと驚いていたようだが、すぐにいつも通りの柔らかく優しい笑顔を浮かべて


「だからあなたにできないことなんかないと言ったでしょ? 私は疑ったことなどありません。今できたのだって私の力なんか関係ないですよ。あなたの力です」


 俺はベアトリーチェに抱きつき、ありがとう、ありがとうと言い続けた。


 このことではベアトリーチェが何を言おうと、ベアトリーチェのおかげだとしか俺には思えなかった。使いこなすにはまだまだだろうけど、それでもやっと入り口に辿り着けたことがとても嬉しかった。


 俺が落ち着いたところを見計らって


「さあ、帰って夕食にしましょう。お腹空いたでしょ? 」


 ああ、そうしよう。

 そして今日の喜びに感謝して二人で乾杯しよう。

 立ち上がり、再び手を繋いで俺達は家路についた。

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