7、神龍エルザーク (その一)
「新婚生活二日間、存分にエロい時間を過ごしましたか? ダーリン」
マリオンが舌舐めずりしてる。目がちょっと逝ってるから、きっと今、彼女の脳内は妄想だらけだろう。
「エロい時間もそうじゃない時間も過ごしたよ。この仕事が終わったらまた過ごすし」
「エロエロな時間が足りなかったということなのね。判るわ~判る。たった二日じゃ前菜程度も満足できないわ。私なら暴れてるわね。ベアトリーチェさんは偉いわ~」
マリオンとベアトリーチェを同じように語ってほしくはない。
だが二人の時間が二日じゃ足りなかったという点では同意できる。
それにもしかしたらベアトリーチェももっとイチャつきたかったのかもしれない。
うーん、それはいちいち本人に聞くようなことじゃないように思えるし、まあ、その見極めは帰ってからの課題だな。
「しかし、歩きにくいわぁ。燃やしちゃいたいわよ。でも、ダーリンは許してくれないだろうし……」
人がほとんど入らないこの場所は雑草の丈も高くて歩きにくい。
だが俺が魔法を使わず、無属性の龍気纏わせた手刀で道を切り開いているのだから、マリオンにも俺の考えは判ってるのだろう。
そう、神殿に居ると言われる龍の神経を逆撫でするかもしれないことは極力避けているのだ。雑草を短く刈るのもイカンと言われるかもしれないが、燃やしたり、凍らせたり、歩くのに不要なほど刈ったりするよりはいいだろう。相手は龍。種族に拠っては神と崇められる存在。極力注意を払うのは当然。
賑やかなマリオンと異なり、サラは黙々と歩いている。何かを考えてるようだが、きっと考えが纏まっていないように見える。まとまればきっと話してくれる。
だから俺はサラには言葉もかけずに見守っている。
思うに、出かける前に話した”呼ばれし者”のことを考えているんじゃないか。その話をしてから口数が減り、そしてほぼダンマリ状態になってるからな。
俺はサラが転ばないよう、道を切り開き、障害物が無いよう気をつけるだけだ。
しかし、神殿まで結構ある。
森に入ってからそろそろ二時間だ。
詳細なものではないけれど、エルフから借りた地図によれば、いい加減その姿が見えてもおかしくないのだけど……と思ってたら、遠くに石造りの神殿らしきモノが木々の合間から見えた。
「見えた」
俺が口にする前にサラが言葉にした。
目的地が見えないと精神的にダルくなるものだが、見えたとなると元気になる。雑草を刈る俺の動きにも軽快さが戻ってきた。
・・・・・・
・・・
・
いつの時代に、どのような目的で作られた神殿なのか判らないが、かなり古い神殿だ。だが、破損してるところはほとんど見えない。
「大きな神殿ですねぇ。神聖皇国の皇都にある神殿も大きいですが、あれより一回りは大きいように思いますわ」
マリオンの言う皇都の神殿を見たことはないから、俺にはその比較に感じるものは何もないけれど、感動や驚きを感じる程度に大きいという意味ではまったくそうだ。
人工的建造物でも、ただとてもでかいというだけで感動や驚きを感じるのは何故なんだろう?
この大きさの建造物を作った人の労力や発想に感動するのだろうか?
まあ、歴史を紐解けば、大きな建造物とは労働者の死がどれほど増えようとも省みない権力者だけが作れるもので、その大きさに感動するのはいいとしても気持ちのどこかに嫌悪感を持ってもいいような気がする。
前世でもそう思っていた。知識をひけらかす嫌な奴と思われるのも避けたかったので口にはしなかったが……。
それはそれとして目の前の神殿の大きさへの驚きと同時に感じる荘厳さは否定できないので、知識に拠って貶したい気持ちよりも、実際に存在するモノから感じる今の感覚のほうが強いことは認めなければならないだろうな。
などと、僅かな知識で日頃は考えもしないことを考えてる自分の小賢しい思考に苦笑する。
松明に火を灯し、足元に気をつけながら神殿奥へと向かう。
奥には龍が居るらしいが、まだそのような雰囲気は感じられない。
前世で嫁と遊んでいたゲームでは、この手の建物はダンジョン的性格を持ち、いわゆる雑魚敵との戦闘が頻繁にあるはずなのだが、そんなものは全く無い。
もちろんトラップだの宝箱だのも無い。
何が言いたいかというと、何が起きても良いように慎重に進んでるのに何もイベント起きなくて退屈だってこと。
これはゲーム経験者が俺と同じ状況に置かれたら同じ気持ちを持つんじゃないか。また、サラやマリオンへも慎重に移動しろと言った手前、些細なことでもいいから何か起きてくれないと「何をそんなにビビってんだYO!」と思われないかと不安になる。そんな小市民的な俺の感情の動きを笑われるんじゃないかなどと……これも何も起きないからいけない。
過度な退屈は、今の俺のように安全だからいいことのはずなのに危険なことが起きたほうがいいと思うように誘導することもあるのだと知った。
ま、俺だけに通用することかもしれないけどね。
俺がどうでもいいことをあれこれ考えているうちに、祭壇がある部屋に到着した。
そこには確かに巨大な龍が祭壇の上で寝そべっていた。漆黒の身体、金色の瞳、体長は尾まで入れると判らないけど、胴体だけで十メートルくらいはある。
「ほう、数百年ぶりか、誰かがここまで来るとはな」
んー、神殿の中はここまで危険なことなどまったく無かったから、数百年も誰もここに来ていないということに龍への恐怖はそれほど大きかったのかと少し驚いた。
エルフはここに来ることをとても危惧していた。
きっとここに来ると大きな被害を被るだろうと長年避けていたからだろう。
人は自分の考えや予想が当たることを好むし、必ず当たるかのような理屈を作り出す。実際に危ないかは問題ではなく、危ないだろうと予測した自分の考えを重視し行動の優先順をあげる。可能性が高いということが必ず起きることを意味しないにも関わらず、必ず起きるように信じちゃう。
まあ、危険を回避しようとするのは大事だし、そのために起きがちなことだから非難するつもりはない。
「俺の名はゼギアス。今日は貴方に頼みがあってここに来た」
そう言うと、龍は驚いていた。
「我の言葉が判るのか? 我と会話できる者となると数千年ぶりだ」
あれ?
俺はサラとマリオンの顔を見る。
うん、龍の言葉を判っていない様子だね。
サラは俺を信用してるのか平然としているけど、マリオンは多少ビビってる様子。ただ二人共、俺が龍と会話してると判ってるようだ。サラの目には、お兄ちゃんがまた不思議なことやってると言いたげな空気があり、マリオンは何故判るのよと言いたげ。
龍の言葉からは敵意を感じないし、攻撃などしてきそうにない。
今のところは・・・・・・だけども。
「何故なんだろうね? 俺には判る」
龍の目が俺に集中してるのが判る。
「ほう、お前は神の領域に踏み込んでいるようだな」
は? 神の領域ってなんだ?
「ふむ、自覚はまだ無いようだ。それも仕方ないか。生身の生物で時や空間、存在と虚無の意味を理解出来るものなど神竜のような特別な存在しかいないし稀だからな。数千年前にここを訪れた者以来、そのような者など我以外に知らぬしな」
この龍が何を言ってるのか判らん。
ただ、その神の領域とやらに目の前の龍も踏み込んでるらしいことと、数千年前にも神の領域に踏み込んだ人が居たらしいことは判った。
だが、俺が神の領域とやらに踏み込んでるってのはさっぱり判らん。
「貴方の名は? そして貴方は神竜なんですか?」
「我が名はエルザーク。名など名乗ったのも数千年前以来だ。フフ、自分の名を名乗るのがこれほど心地よいとはな。ああ、確かに我は神龍だ」
神龍とはどういう存在なのかなど知りたいことはいくつかあるが、まず今回の目的を果たそう。
「神龍エルザーク。俺はこの神殿の辺りに住み、国造りの拠点としたい。それを許してくれるだろうか?」
「それは構わん。もともとはこの辺りには多くの人が住んでいたのだ。ある時から人はここを去り、我と眷属だけが住む地になった。我を崇める者も居なくなり、我に世のことを話す者も居なくなった。この数千年退屈しておったしな」
簡単に承諾されてちょっと拍子抜けの気分。
「だが、一つだけ条件がある。我をお前のそばに置け」
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