6、夫婦の契 (その二)
ベアトリーチェの家へ挨拶に行く。挨拶と言っても、リーゼさんの話では結婚式と変わらない。俺はビアッジョさんから注文した品々を受取り、サラとともにベアトリーチェ家へ向かった。
正直、ちょっと緊張している。
相手の親に会うというのはいつの時代でも緊張するものだ。
これも何度経験してもやはり緊張する。
俺が緊張で顔が強張ってるのに比べて、サラは凄くご機嫌で朝起きた時から今に至るまでずっと満面の笑みだ。
ベアトリーチェさんの家の前には大勢の人だかりができていて、マルティナさんやラニエロそしてマリオンの姿も見える。ますます緊張してきた。
扉を叩くと、中からランベルトさんが出てきて「待っていたよ」と微笑んだ。
俺はランベルトさんの後を居間までついていく。
居間には多くの家具があったはずなのに、綺麗に片付けられていた。
奥に、アルフォンソさんとリーゼさんが並んで椅子に腰掛けている。
俺がランベルトさんの言うがままにアルフォンソさんの前に立つと、後ろからオオオ……という感嘆の声がする。俺は振り向かずに黙って前を見ていた。この状況で感嘆の声があがる出来事なんて決まってる。現れたベアトリーチェの美しさに皆驚いているのだ。
俺の横にベアトリーチェが止まり前を向いている。
横目でみながら、「ほらやっぱり」と誇っていた。
ランベルトさんが俺の目を見て頷いた。
「始めて良し!」の合図だ。
うん、昨夜サラに話したら”お兄ちゃんにしては上出来だわ。それいい。頑張ってね”と言われたことを実行に移す。
ベアトリーチェの方に身体を向け、そして跪く。
ベアトリーチェの左手を恭しく目の前に持ってきて、
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、 ベアトリーチェ、貴女を愛し、貴女を敬い、貴女を慰め、貴女を助け、その命ある限り、 真心を尽くすことを誓います」
そして彼女の左手に指輪をはめて、指輪に口づけをした。
部屋の中が静まる。
……え? ダメ? これ。
そう思って立ち上がった次の瞬間、ベアトリーチェも俺の前で跪き、俺がやったことを繰り返した。
そして立ち上がり、俺の首に両手をかけてきた、俺は彼女の背中に腕を回し優しく引き寄せて軽く口づけをした。
ベアトリーチェが少し照れて赤くなってる。
俺もきっと同じだったろう。
ちなみに、俺もベアトリーチェも平服だ。
エルフは華美なことを好まないらしく、エルフ同士の結婚式でも平服らしい。
ベアトリーチェはきちんと化粧していたけどね。化粧をきっちりしたベアトリーチェを見るのは初めてで、そりゃあ綺麗だったよ。いつもは薄く化粧してる程度で、派手さはまったく感じない。それもいいんだけど、今日のベアトリーチェはまた格別綺麗だった。
「夫婦の契は果たされた。ここに居るものは証人としてこれからの二人を見守っていただきたい」
ランベルトがと終わりの言葉を告げた。
エルフの通常の結婚式では、今日までの共同作業が果たされたことを証人……この場ではランベルトだが……が皆に伝えて、夫婦の契りを終える。そういう地味なものなのだが、俺はそれだけじゃいけない気がして指輪交換をした。それが良かったようで、大きな拍手が鳴り響き、歓声もあがってる。
「それで……その……ちょっと待って下さい」
俺は横を向いてベアトリーチェに頷く。これから何をするか事前に話していたからベアトリーチェも頷いた。
まずアルフォンソさんとリーゼさんの前へ行き、二人へリボンでデコレーションした小包を渡した。俺はリーゼさん、ベアトリーチェはアルフォンソさんへ。
次に、ブリジッタさんとランベルトさんにもリボンでデコレーションした小包を渡す。
これは俺一人で二人へ渡した。
「その……それは俺達からのささやかなプレゼントです。中は後でご覧になっていただければと……。ベアトリーチェのご家族には、彼女を育てていただいた感謝しかありません。本当にありがとうございます」
俺とベアトリーチェは深々と頭を下げて礼をした。
後ろを振り返り、
「今日は皆さんありがとうございます」
俺達はもう一度礼をする。
素敵な夫婦の契だったねと客の中から声が聞こえた。
フウ……どうやらおかしくはなかったようだ。
やっと緊張から開放された……。
ベアトリーチェが額の汗をハンカチで拭いてくれる。
ありがとうと伝え、彼女の腰に手をあて、俺達のために用意してくれた家へ向かう。
居間を出る時、サラとマルティナさんが泣いてるのが見えた。
マルティナさんは判る気がするけど、何でサラが泣いてるのか判らない。
あれか? 俺が無事結婚できて嬉しいとか?
でも悲しい涙じゃないならいいんだ。扉を開き、外へ出て、陽の光を浴びる。
「お疲れ様。今日はいつも以上に綺麗だね」
「私の家族のことまで気にしてくれて……とても嬉しかったわ。ありがとう」
ベアトリーチェの瞳にも涙が浮かんでいる。
ああ、肩の荷が下りた。
そんな気分だ。
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