6、夫婦の契 (その一)

 翌日、アルフォンソのところで、国を造り、亜人や魔族を奴隷にしているリエンム神聖皇国や騎馬民族国家ジャムヒドゥンと戦うことになると伝え、今後の方針について話し合った。


 国造りには拠点が必要だという点については誰も異論はなかった。

 では具体的にどこに置くかで、アルフォンソやサラ達は泉の森を勧めてきたが、俺は最後まで反対した。


 神聖皇国やジャムヒドゥンと戦える体制ができるまでは、泉の森を表に出したくなかった。いざとなったら泉の森と俺は関係ないと言い張れる状況を維持したかった。


 全面的に支援するのだから同じことになるとアルフォンソは言ってくれる。


 だが、曲りなりにも国として動くのだから、外交が発生する。

 外交交渉ってのは理屈さえ整えば、交渉する余地を作れる。どんな屁理屈でも強硬に押し通せばその屁理屈が交渉の下地になる。


 泉の森は俺に脅かされて仕方なく手伝ったのだと言い張れる状況がある……これが大事。ベアトリーチェが嫁になってるではないかと言われても、俺が無理やり嫁に貰ったのだと言い張れることが大事。


 ではどこを拠点にするか。

 いろいろな場所が出てきたが、既に誰かしらが大勢住んでる場所は全て拒否した。


「では、龍の神殿がある森しか残ってない」


 ベアトリーチェの兄ランベルトが難しい顔で候補地を話す。


「だがあそこは……」


 姉のブリジッタの表情はあそこは無理と言いたげで厳しい。


「そこはどういう場所なのか教えてください」


 俺はもうそこでいいじゃないかという気分。


 これまでの話で俺が人が住んでるところは全て拒否してきた。

 それを考慮して出てきたのが龍の神殿がある森。

 つまり、そこには誰も、もしくは少数しか人は住んでいないはず。


「あそこには人は住んでいません。龍が居て住めないのです」

「んじゃその龍と話をつけられればいいんですね」


 自信過剰と思われるかもしれないが、何とかなる気がしてた。


「そ、そんな簡単に……」

「ええ、簡単じゃないかもしれません。でもそこしかないのなら行くしかないでしょう。ここでやるべきことが済んだら俺一人で行ってきますよ」

「駄目よ。私も行くわ。そして私でも危ない場所だったら、その場所は却下ね。お兄ちゃんしか足を踏み入れられない場所だなんて拠点として相応しくないもの」


 それはもっともだ。


 結局、俺とサラ、そしてマリオンの三名で龍の神殿がある森へ行くこととなった。


 「ここに居ても自分が手伝えることがない。だったら一緒に行く」とマリオンが申し出てきたら、「マリオンさんの目でも見てもらったほうがいい」とサラも認めたので共に行くこととした。


 拠点探しは当面龍の神殿の森を確認してからということになった。


 次に協力者探し。


 これは俺との結婚式を終えた後、ベアトリーチェがマルティナとラニエロを護衛に連れてエルフの他の部族をまわることを最初にやろうということになった。


 働き者の嫁さんである。

 感謝感激だ。

 うん、大事にしなきゃバチが当たる。


 ベアトリーチェは他の部族のところを回りながら、各地の情報収集もしてくると言ってた。


 頼りになる嫁さんである。

 だが身の安全には十分気をつけて欲しい。


 ベアトリーチェ達は冬の間の訓練でかなり強くなってる。だからさほどは心配していない。ベアトリーチェの結界を破れる奴など滅多にいないだろう。ラニエロの攻撃魔法もけっこうなものだ。オーガやそこらの魔獣じゃ敵にならん。その上、治癒・回復魔法に優れたマルティナもいる。


 当面の方針は決まった。

 あとは結果次第で次の手を考える。

 というか、それしかない。ある程度の情報が集まり、人材が揃うまではどうしても行き当たりばったりの面が強くなる。これは諦めて受け入れるしかない。


 それでも俺は皆の顔を見て心強いと感じたし、皆で何かを始められることがとても嬉しかった。


◇◇◇◇◇◇


 打ち合わせを終えて、テントから出る。

 これからベアトリーチェと共に細工師ビアッジョを訪ねるつもりだ。


 少し涼しいが寒いと言うほどではなく、空は晴れて、いい天気だ。

 深呼吸するといい気持ち。


「ゼギアス様、お待たせしました」


 背後から声がかかる。振り向くと笑顔のベアトリーチェ。


「さあ、参りましょう」


 自然に腕を組んできた。ちょっと照れくさそうだし、俺も照れくさい。


 でもいいものだ。

 横にいる人の温もりや香りを感じながら歩くのは心が沸き立つ楽しさがある。


 ベアトリーチェを見かけると、誰もが笑顔で挨拶してくる。

 子供達は近寄ってきて、摘んできた花を渡したり、また遊んでと声をかけてくる。微笑んで相手をしてる様子がとても可愛い。


「その人、ベアトリーチェ様の男なの?」


 ちょっとマセた男の子がベアトリーチェに質問する。

 その子の顔は、いたずらっ子のような表情ではなく真面目に聞いているという風で、こういう子相手にどう答えるのだろうと俺は興味深々。


「フフフ、抱っこしてもらったら?」


 そう言ってその子を抱き上げて俺に渡す。

 俺は預けられた子の両脇を持って、上に思い切りあげた。

 身長百九十センチの俺が頭上に子供を持ち上げたら、その視線の高さは三メートル近くになる。


「どう?高いでしょう?」

「うん、すっごく高い」

「気持ちいいでしょう? 楽しいでしょう?」


 うんうんと頷きながら、周囲を見渡しては目を輝かせている。


「これが私の旦那様よ? いいでしょ?」


 子供に自慢しても仕方ないんじゃないかと思うのだが、ベアトリーチェが嬉しそうだからいいか。


「うん、すっごくいい。僕も大きくなるかな?」


 ベアトリーチェから俺に顔を向け聞いてきた。


「ああ、たくさん食べて、たくさん運動して、お父さんやお母さんの言うこと聞いていればでかくなる……と思うぞ。」


 最後はちょっと誤魔化したが、それでも男の子は嬉しそうに笑っていた。


 子供を下ろすと、ベアトリーチェは再び俺の腕を抱き込むように掴まる。


「じゃあね。これからビアッジョさんの所へ行くの。またね」


 空いてる手を子供達に振りながら、俺を引っ張っていく。


「フフフ、自慢しちゃいました」


 俺を掴む腕にキュッと力を込めて笑ってる。


 おお、すげぇ可愛い。

 今このときだけは、この世のイケメンへの恨みが薄れる。

 この世界に転生して良かったと心から思う。


 しっかりと主張している胸が腕に当たってるけど、今の俺はそんなものに惑わされない。ベアトリーチェの可愛さをひたすら堪能してる。


 今は、結婚後数年経て”もっと稼いでこい”と怖い目をして、家から追い立てるような奥さんに変わる可能性など忘れなければならない。加齢臭を嫌がり”臭いから近寄らないで”と、汚いものでも見るような視線を投げかけるような奥さんへ変貌する可能性のことなど忘れなければならない。


 転生経験があるというのはこういうとき邪魔だ。

 とにかく今は楽しまなければならない。


 人生は短い。

 今日この日の感激をしっかりと覚えて、この先数十年生きる糧とするのだ。

 やや涙が滲んだ瞳を閉じながらウンウンとひとり頷く。


「ここですよ」


 一軒の家の扉をベアトリーチェが開く。

 中は、家庭内手工業に見られがちな、扉を開けるとすぐ作業場状態。


「ビアッジョさん、いらっしゃいますかぁ? 」


 ベアトリーチェが奥に声をかけると、人の動く気配があった。


「おう。ベアトリーチェ嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだな」


 うーん、エルフって外見では年齢判りづらい。

 ベアトリーチェへの口ぶりから察すると、四十代とか五十代なんだが、外見だけで言えば、二十代後半から三十代半ば。


 そしてエルフ恒例のイケメン。

 イケメンの細工師とか、◯宿や原◯、渋◯あたりで商売したらモテまくるだろうなぁなどと悔しさいっぱいでビアッジョを見る。


「えーと、こちらはゼギアスさん。今日はこの方の用事で来たのよ。話を聞いてあげてね」

「ゼギアスです。宜しくお願いします」


 ペコっと頭を下げる。

 頭をあげると化物を見るような視線、身体もやや引き気味だ。


 なんで?

 身体がでかいから?

 それともビアッジョさんにとっては、俺の顔そんなに怖い?


「これがオーガ達を一人で倒しちまったゼギアス……様かい?」

「とても優しい方だからそんなに怖がらないでよ」


 ベアトリーチェが苦笑しながら、ビアッジョの近くへ寄る。彼女が気楽に俺に接してるのを見て、少し落ち着いたようだ。


「それで儂にどんなご用ですかな? ゼギアス……様」


 あら、まだ緊張してる。

 まあ、俺の身体はでかいから、オーガのことがなくても威圧感あるのかもしれない。


「ああ、俺のことはゼギアスでもアンちゃんでも、兄ちゃんでもいいです。様なんかつけなくていいですから……」

「そんなこと言って、急に無礼討ちなんかされるんじゃないのかい? 」


 おお、無礼討ちとか、前世の歴史で習ったなぁ。

 江戸時代には別の国で転生してたから実際に無礼討ちがあったか判らないんだよな。


「そんなことしませんよ。何ならゼギちゃんでもいいですよ。知り合いにそう呼ぶ人も居ますし」


 ゼギちゃんって……ププププとベアトリーチェが笑ってる。その様子を見てビアッジョもだいぶ気楽になったよう。


「で、ゼギウスさん、注文があるんだろ、そのあたりを聞かせてくんな」

「ベアトリーチェさんの左手の薬指と俺の左手の薬指のサイズで銀の指輪を二つ、それと……」


 ゼギアスはいくつかの要望を伝えて、どのくらいで出来ますか? と訊いた。

 ビアッジョは注文内容を確認しながら日付を数え始める。


「三日後……いや四日後だ。四日後なら朝には渡せるよ」

「お支払はその時のほうがいいですか? それとも今ここで?」

「出来上がりを見てからでいいさ。その方がこっちも緊張して仕事できる」

「判りました。ではよろしくお願いいたいします」


 さぁ行こうとベアトリーチェに声をかけ工房を出た。


「たくさん注文されましたね」

「ああ、大事なことだからね」


 これからアルフォンソさんに四日後の昼頃ご挨拶に伺いますと伝え、その後はベアトリーチェを連れて泉へ行こう。今日の天気ならきっと綺麗だ。

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