5、マリオン、そしてベアトリーチェ (その三)
「とても嬉しい。でも、さっき話したように俺達は、いや俺は神聖皇国とジャムヒドゥンとも喧嘩することになる。俺の奥さんになると、俺同様に命を狙われるだろうし、苦労も相当するだろう。ベアトリーチェさんの申し出は本当に嬉しいんだ。でもそのことを考えると……」
「妻を持つゼギアスさまを狙うなんて……美味しい立場ですわ」と笑いマリオンが呟いてる。
しかし、相手にするのは面倒とゼギアスは無視した。
「ええ、だからですわ。ゼギアス様はこれからとても大変な立場になります。ですから、今しかないんです。忙しくて、自分のことを考える暇が無くなる前に、考えていただくしかない。苦労なんかどう生きてもするものですわ。そんなこと気にしてたら何もできません。是非私をゼギアス様の妻にしていただきたいのです」
ベアトリーチェは必死だった。
ゼギアスとひと冬過ごして、人の良すぎるところもあって、また妹のサラに頭が上がらないところもあって、確かに女好きの面もあることは判った。だがそういった欠点も含めてゼギアスのことが好きになった。ゼギアスとなら楽しく生きられるだろう、ゼギアスを心から愛しく思えるだろう。
だから今皆の前で言ってることに嘘は全く無い。苦労すらも楽しめると思える。
しかし、ゼギアスが国造りに動き出すと決まった今、ベアトリーチェは早くゼギアスの妻になる必要が出たと思った。これはベアトリーチェの責任であり義務でもあると必死だった。
グランダノン大陸南部でのエルフは戦闘力のある種族ではない。どちらかと言えば、支援が得意な種族。
国で評価されやすいのは、国を守る力がある者だ。敵を滅ぼす力を持つ者だ。最大最高戦力になるだろうゼギアスはそう考えないかもしれない。
でも他の種族は力がある種族を評価するだろう。これは間違いない。
ゼギアスが作る国で、戦闘力がそれほど高くないエルフが、他の種族と対等に生きるためにはゼギアスに使ってもらえる立場になければならない。国造りを最初から手伝えば、自ずからエルフは評価されるし、国の中でエルフに似合った仕事にも就けるだろう。
泉の森のエルフはゼギアスに協力するだろう。ゼギアスには恩があるし、彼の力を知ってるから逆らうことなど絶対に考えない。だが他の部族はどう動くだろう。
説得する者が必ず必要になる。
その役目を私がするのだ。その際、私は今の立場のままではダメだ。アルフォンソの下の娘というだけでは弱い。ゼギアスの妻になり、泉の森のエルフは彼と絶対協調するのだとはっきり判る立場でなければならない。
「今晩、泉の森につくまで返答は待ってもらいたい。もう少し気持ちを整理したいんだ」
ベアトリーチェはそれで構いませんと答えた。
ゼギアスを見るサラの目が「やせ我慢して格好つけちゃって、困ったお兄ちゃんね」と言ってる。
「本心がバレバレなのは悔しい」とゼギアスはサラには勝てない自分に苦笑していた。
◇◇◇◇◇◇
泉の森に到着したときは、夜もかなり遅い時間だった。
ラニエロが先行して俺達の到着を知らせてくれたから、俺達が着いた時には食事も用意されていて、ちょっと申し訳ない気がした。
詳しい話は明日にして今夜は休んでくださいと言われたので、その言葉に甘えて今夜はのんびりすることとした。ここ二日ほど忙しかったから、体力には問題がなかったけど、気持ちが疲れていた。
用意してもらったテントに戻ると、そこにはベアトリーチェとベアトリーチェのお母さんリーゼさんが居た。ああ、俺の答えを待ってるんだ。
俺がリーゼさんとその横に座るベアトリーチェの前に座ると、リーゼさんが口を開いた。
「いつもベアトリーチェと仲良くしてくださって、またあちらではいろいろとお世話になってるようで、ありがとうございます。本来は私達がゼギアス様のお宅まで伺ってお礼を申し上げるべきなのですが……」
リーゼさんの恐縮したような態度。
俺はそういうの苦手だ。もっと気楽に付き合いたい。
「ああ、そういうの気にしないでください。それにこれからは家族になるのですから」
俺の言葉を聞いたベアトリーチェは嬉しそう。
「では私を……」
「うん。サラも言ってたけど、ベアトリーチェさんなら喜んで奥さんになってもらいたいもの。いろいろ考えたけど、俺はベアトリーチェさんのこと大好きだしねって、お母さんの前で言うことじゃないか……」
俺の照れた様子にリーゼさんがクスクスと笑う。ベアトリーチェも照れて俯いている。
「おめでたいことですわ。アルフォンソも喜ぶでしょう」
「それでその……俺はエルフのしきたりとか知らないんで、結婚するために必要なことを知りたいんです」
前世でエルフと付き合ったことなんかないしな。
「エルフ同士での結婚なら、それなりに儀式も必要ですが、他の種族との結婚ではそういうものはございません。せいぜい相手の親の前で夫婦の契を宣言するくらいですわね」
ああ、チャペルウエディングで神父や牧師の前で誓う、見てる方がこっぱずかしいアレみたいなものかな。やってる本人同士や家族はいいんだろうけど、俺のような奴は冷やかしたくなるか、白けちゃうんだよなあ。
「参考までに教えていただきたいのですが、エルフ同士の結婚で必要な儀式ってどういうものですか?」
「儀式と言っても難しいものじゃありません。新郎新婦が協力して
なるほど、式の前に共同作業を行うのか。
「へえ、面白いですね。アルフォンソさんもその儀式を?」
「ええ、ただ、あの人は意外と不器用でしたので、手伝って貰えることがほとんどなかったんです。申し訳なさそうなあの人の顔は今でも思い出します。良い思い出ですね」
まあ、俺も器用なほうじゃないから、儀式を通過しなくていいのは良かった。ベアトリーチェは笑って許してくれるだろうけど、サラに知られたら説教始めそうだし。
「あと、ご両親への挨拶はいつでもいいでしょうか? この日はダメとか避けたほうが良い日とかそういう日があれば知っておきたいんです」
「我々は祖先を大切にしていますので、祖先を祀る日が家ごとにあります。その日は祖先を祀る以外のことは避けます。その日だけでしょうね」
「うちは今年もう済んでるわよね」
ふむ、地球でも、宗教によってはある特定のことしかしない日があると聞いた覚えがある。
「え? その日にベアトリーチェやマルティナ達をこちらに帰さなくて良かったんでしょうか?」
「ここに居るのに、祖先を祀らないのは宜しくないと皆にも思われますが、外で暮らしているなら、戻ってきたときに祖先の祭壇の前で祈ることになります。だから大丈夫ですよ」
「ええ、私も戻ってすぐ祭壇へ行ってきましたし、マルティナ達も同じでしょう。ゼギアス様が心配なさるようなことはないですわ」
状況に応じて対応を変えられるというのはいいね。
「あともう一つお聞きしたいことがあります。ここには銀の指輪や金属の装飾品を作る細工師のような方はいるでしょうか?」
「ええ、腕のいい職人がおりますよ。何かご用ですか? 」
「はい、その方を是非紹介していただきたいのです」
「ベアトリーチェも知っていますから……ベアトリーチェ、ゼギアス様と一緒に行きなさい」
「はい、ビアッジョさんのところですね」
「ええ、私やアルフォンソの名を出していいですから、ゼギアス様のご要望に可能な限り対応するよう伝えてください」
どうやら俺のやりたいこともできそうで安心した。
「ありがとうございます。では俺とベアトリーチェさんの件についてのお母様達へ挨拶はしばらくお待ち下さい。俺なりのケジメが必要なんです」
「それはビアッジョを紹介することに関係するのですね?」
「はい、大いに関係あります」
「判りました。ゼギアス様にとって必要なケジメということですから、私共はお待ちします」
「ありがとうございます。では明日アルフォンソさんと今後の話が済み次第、ベアトリーチェさん、ビアッジョさんのところへ連れて行ってください」
話を聞き終えたリーゼさんとベアトリーチェはテントから去った。
俺はテントの出入り口で見送り、二人の姿が見えなくなったあとベッドに飛び込んだ。やはり疲れてたようで、横になった途端意識を失った。
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