5、マリオン、そしてベアトリーチェ (その二)

「さて、これで落ち着いて相談できる環境がようやく整いました」


 サラが皆を見渡す。その表情はかなり真剣だ。

 そして俺を凝視する。


「お兄ちゃん。今回のことで神聖皇国から問題視されるのは確実です。お兄ちゃんはこれからどうしたい?」


 うーん、どうしたいかと言われても、亜人狩りは許さないことくらいしか考えてなかったな。


「亜人狩りは許さない」

「でも神聖皇国だけじゃなく、ジャムヒドゥンだって奴隷を必要としてる。亜人狩りを止めるためにはジャムヒドゥンとも争うことになるわよ?」

「それでも許さない」

「いずれお兄ちゃんを殺そうと軍隊を出してくるわよ?」


 ジッと俺の顔に視線を止めたまま問い続ける。


「お兄ちゃんは強い。私もできるだけお兄ちゃんに協力する。でも、二人だけではどんなに頑張ってもいずれ力尽きちゃう。私達が居なくなったら、また亜人狩りが繰り返されるわ? どうする?」

「嫌だ。サラは俺にどうしろと言いたいんだい? 神聖皇国とジャムヒドゥンを倒せと言ってる?」


 サラが何を言いたいのかまだ判らない。大国二箇所を倒せと言われてもなぁ。いや、そんなこと……。


「んー、はっきり言うと、亜人を守る組織が必要になるってことよ」

「国でも作れってことかい? 俺にそんなことできるわけないじゃないか」

「ううん、できます。ゼギアス様さえその気なら国は作れます」


 俺とサラの話に、マルティナが入ってきた。


「え? どうやって?」


 俺はマルティナに訊いてみる。彼女は軽々しく大きなことを言う女性ではない。言うからには何かしら根拠があるはずだ。


「ええ、私もできると思います」


 ラニエロもマルティナに自然に賛同する。その横でベアトリーチェも頷いている。二人共過大に評価している気がする。


「ダーリンなら大丈夫よ。時間はかかるだろうけど、私のダーリンですもの」


 お気楽に言うマリオンにはきっと根拠なんかないように感じる。


 俺を評価してくれるのは嬉しいけど、国を作るってそう簡単なことじゃない。

 転生を繰り返し経験を積んだ俺が思うに、強さだけで国をまとめるのは難しい。俺の力だけに依存した国は、俺が居なくなったら壊れる。それじゃ意味はないんだ。


 グランダノン大陸南部は生存競争の厳しい弱肉強食の色が強い地域だ。だから俺が敵グループのリーダーを倒せば、そのグループを取り込むことはできる。それを繰り返せば国を作るのは可能だろう。


 でも国ができ領地を持つようになれば、領地を育て守ることが必要になる。国が大きくなればそれだけ守らなきゃならないことが増える。それを全部数人でこなすのは無理だ。


「俺とサラだけでは到底無理だよ」

「そうね。お兄ちゃんと私だけでは無理ね。ベアトリーチェさん達やマリオンさんが手伝ってくれてもまだ足りない。だから人材を探しましょう」


 人材を集めなきゃいけないのは当然だ。だけど、口で言うほど楽じゃない。


「でもさ? 亜人と魔族が食料を奪い合ってるこの土地にそんな人材居るのかな? 」

「大丈夫……とは言えないわね。でも居ないとも言えない。泉の森のエルフは協力してくれるかもしれないし、その他のエルフもね。そして皆から情報を集めて少しづつ増やして行きましょう」


 とりあえず、ベアトリーチェのコネを活かしてエルフ達に協力を求める。それはいい考えだ。


「ダーリン。神聖皇国にはダーリンの顔もバレてる。今のところは誰もが知ってるほどではないけど、それでも神聖皇国では動きづらい。でもジャムヒドゥンならどう? あそこに行って探してみるのよ? 私は多少なら地理も判るわよ?」

「なるほど。それはいいかもしれませんね」


 ベアトリーチェもマリオンの意見に同意する。


「でもお兄ちゃんを連れて行くことはできませんよ? マリオンさん」

「あら、どうして? ……ってそうね。まだこの辺りを守るためにダーリンを外には連れ出せないってことね。仕方ないわ。私一人で行ってくるわ」


 その通り。戦い守るための体制が整うまでは、俺が離れるのはマズイ。どのような敵が現れるか判らないのだから、最大戦力の俺が居た方がいい。


「そうしてくださいと言いたいところですが、それもダメです。理由は二つあります。一つは、マリオンさん、貴女を一人で自由にするほど信用する関係にないこと。二つ目は、この大陸南部に小さくても拠点を作るまではマリオンさんにも手伝って貰いたいのです」


 サラの意見ももっともだ。マリオンの魔法力は重要な戦力だからな。


「まあ、もっともな言い分だわ。昨日あったばかりで全面的に信用しろってのは無理よね。判ったわ。じゃあ信用できたら私をジャムヒドゥンへ出してね」


 では拠点をどこにするかという話になり、とりあえず泉の森へ行こうということになった。この場に居る者達だけじゃ知らないこともアルフォンソ等なら知ってるかもしれないし。それにここは神聖皇国に近すぎる。組織だった動きを続ければ目立つだろう。

 早速これから泉の森へ向かおうとした時、ベアトリーチェが言いたいことがあるようなので訊くことにした。


「あのぉ、この際一つ言いたいことがあるのですが……」


 そうベアトリーチェは切り出した。


「ゼギアスさん、特にサラさんに聞いてもらいたいんですけど、私……私とゼギアスさんが結婚しちゃダメですか?」


 俺は自分の耳を疑った。ひと冬一緒に過ごして、仲良くなったしお互いの信頼関係もつくれたと思うけど、ベアトリーチェからプロポーズされるほどの仲になれたとは思っていなかった。そりゃあベアトリーチェは美人だし、賢いし、優しいし、しっかりしてるし、サラともとても仲良しで、俺も好きな人だし……。


「ベアトリーチェさんなら喜んで賛成しますけど、お兄ちゃんはどうなの?」


 え? いいの?


「私より先にダーリンを捕まえようだなんて、それも私の目の前で……いい度胸してるわね。でもまあ、ダーリンなら妻の一人や二人居てもおかしくないし、私は妻じゃなくて愛人でもいいし……正妻の目を盗んで情事……あら、萌えるシチュエーションだわ……そりゃ二番目の妻の座も狙うけど……」


 マリオンがよく判らないこと言ってるが、要は邪魔はしないということらしい。


「ゼギアス様ならベアトリーチェ様の旦那様に相応しいと思います」


 マルティナとラニエロも即座に賛成してくれた。


 この場の全員が視線を俺に集め返事を待っている。

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