5、マリオン、そしてベアトリーチェ (その一)

「さあ、お兄ちゃん説明してください。この女性は何なんですか? 」


 俺がマリオンの対応に困ってる間に、ベアトリーチェ達は里の人達を別の集落に誘導した。全て終わったのは翌日のお昼だった。


 昨夜、俺はとても疲れていたのに安らかに眠ることもできなかった。

 だって俺の部屋の扉をドンドンと叩きながら「ダーリーン、添い寝させてぇえ!」と、マリオンは疲れて眠るまで続けた。俺が眠りについたのは朝日が上ってから。そして俺には水汲みという朝のお務めがあるから、すぐ起きなくてはならなかった。


 俺とマリオンの様子を見るサラの視線は冷たかった。

 里の人の誘導も俺はまったく手伝えなかった。

 ずっとマリオンから逃げていただけ。

 サラだけでなくベアトリーチェとマルティナの視線もサラほどあからさまではないけど冷ややかだった。


 俺は冷や汗をかきながらサラの前で正座している。


「えっと、神聖皇国の神官さんらしいよ。亜人狩りには無関係みたいだったから別に倒さなくてもいいかなと……」

「それは本当ですか?」

「はい。嘘などついてません」


 俺はサラと目を合わせられないでいる。

 やましい事など何もないのだが、妹の視線が怖い。


「で、この女性がお兄ちゃんをダーリンと呼ぶのは何故?」

「な、なな……何でも、強い男が好きらしくて、俺に負けたら……そ……それ以降こんな感じなんです」


 うん、嘘など言ってない。

 正直、マリオンのような迫られ方を、前世も含めてされたことがない。

 だからどういった対応すれば、マリオンも傷つけずに済み、サラを納得させられるのか判らない。


 マリオンの現状は、ベアトリーチェが張った結界に閉じ込められている。

 自由にさせておくと、俺から離れない上に「私の男になってよ~お願い~」と五月蝿くて、サラへら事情を説明しようとしてもできないのだ。


 居間の片隅で結界に閉じ込められたマリオンは、どうやら結界を解除することもできず、最初は何か叫んでジタバタしていたのだが、今は胸をはだけさせてホレホレと俺をを誘ってくる。めげない女である。


「で、お兄ちゃんはあの人をどうしたいの?」

「いや、どうしたらいいものかと……」


 サラの表情を見る限り、少なくとも俺への疑いはだいぶ晴れているようだ。

 だが、どうしたいの?と言われてもな……。


「帰そうとしたんだけど付いて来るんだよ。俺こそどうしたらいいのか聞きたい」


 まったく面倒なことになったと溜息をついてから


「結界はこのままであの人と会話できるようにできますか? 」


 ベアトリーチェにサラは訊く。ベアトリーチェは頷き、結界に向けて片手を向けた。


「だ~か~ら~~、ダーリーン……尽くすからお願いよ~~」


 ベソをかきそうなマリオンの声が聞こえる。


「マリオンさん。ちょっといいですか?」

「あら? ダーリンの妹サラちゃんね。将来ものすごい美人になるわね。その上とっても賢いんですってね? ダーリン、貴女の話をする時とってもいい顔ですごく嬉しそうだったから少しヤキモチ焼いちゃったわ。私もダーリンにあんな顔で褒められたいわ~」


 サラから声をかけられたのが嬉しかったのか、言わなくてもいいことまでマリオンは話す。嬉しそうに話す様子にサラは一つため息をついた。


「いくつか質問してもいいですか?」

「もちろんよ~ダーリンの妹に失礼なことはできないし、隠し事もしないわ~」


 にこやかなマリオンと鋭い視線を送るサラ。対照的な二人の様子をハラハラしながら俺は見ていた。


「マリオンさんは神聖皇国の神官だったそうですね」

「そうよ」

「うちのお兄ちゃんは神聖皇国の兵士を殺しました。貴女方の敵ということですが? 」

「私はもう神聖皇国とは関係ないわ。逃げた兵士が戻らない私を死んだだろうと報告しているわよ。ダーリンの攻撃、下級兵士にしたら恐怖でしかないもの」

「それでいいんですか?」

「当たり前じゃない。私はダーリンとの愛と情欲にまみれた生活しか欲しくないんだもの。親兄弟だって、私が居ないほうがいいと思ってるわ。私は優秀だったけど問題児だったからね」


 うーん、愛と情欲にまみれた生活ってどんなんだろう……。少し……いや、けっこう興味あるな。でも関心があるような態度をとったらサラさんチェックが入って、評価がまた下がる。ここは真面目な顔の能面状態を維持一択だ。


 チラッとサラの方を見ると、サラはマリオンの方を見ている。

 よし油断は禁物だけど、今のところは大丈夫だろう。


「問題児だったんですか? 」


 俺の近くに問題ある女性を置きたくないサラの目がキッと鋭く光っている。


「ええ、そうよ。奴隷制度って嫌いなの。弱い者虐めにしか見えないんだもの。で、私はそれを公言していたの。子供の頃からずっとね。だから世間からの評判は悪かったわね。気にしなかったけど」

「へぇ……。他にはありますか?」


 見直したかのようにサラの口調が変わった。


「そうね。私は強い男が好きだって話したでしょ? だから強そうな男には勝負を挑んでばかりいたの。せめて私より強くなくちゃ話にならないもの。でも、皇都に行くまで、私より強い人は居なかったわ。女の私にまったく勝てなくて、地元の男どもはメンツ丸つぶれだったみたい。そんなの知ったことじゃないけど。ただ、私にメンツを潰されたと思った男どもが、私じゃなく私の家を攻撃し始めたのよ。いろんな嫌がらせね。もちろん相手は再度潰してやったわ。でも、世間って女が前に出るのを嫌うのよね。だから私に近づく人は居なくなったし、家でも私には触らないのが一番みたいな対応されてたわ」


 マリオンの話を聞いてると、サラが問題にするような問題児には思えないな。それに愛情にとても飢えてるような……そう考えると俺への異常なプッシュもなんとなく判る気がする。


「皇都では貴女より強い方が居たんでしょ? その方のことは好きにならなかったんですか?」

「それがね。負けたには負けたんだけど、なんて言えばいいのかな~……そう、経験の差で負けた……そんな感じね。もちろん強かったわ。でも、私が好きな”力で捻じ伏せるような強さ”じゃなくて、気になる男ってところ止まりだったわ」


 マリオンが負けた相手は戦闘神官候補を選ぶ試験官で、戦闘神官の中では下の方らしい。何でも戦闘神官の上位四名は神聖皇国の守り神のようなもので、俺と同じくらい強いんじゃないかとマリオンは言う。マリオンは戦ったことも会ったこともないから実際のところは判らないらしい。


「マッチョ好きなんですね」

「そうかもしれない。でもそこらのマッチョって見た目だけでしょ?せいぜいちょっと腕力が強い程度でね。ダーリンのような……そう、私が何をしても正面から跳ね返すような強さじゃないでしょ?だからそういうのは眼中になかったわね」

「お兄ちゃんの力は判ったでしょ? 」

「ううん、全然判らなかったわ。私が出会った中で圧倒的に強いってことしか判らない。もうね。それが判ったとき、この人しか居ないって思ったわ。ダーリンなら私がどんな悪さしても、笑って何事もない顔して止めてくれるって思ったわ。もちろんダーリンを困らせるようなことはするつもりはないわよ?」

「お兄ちゃんの力を利用して何かしたいこととかあるんですか? 」


 サラの声に更に厳しさが加わったようだ。


「ないわよ。下手なことをやってダーリン怒らせたら、私なんてその場で消されちゃうわ。そのくらいダーリンは凄い力を持ってるもの」


 そんな馬鹿なこと考えるわけないじゃない。消されちゃったらダーリンと愛と情欲にまみれた生活できなくなるものとマリオンは付け加えた。


「お兄ちゃんがこのまま貴女を受け入れなかったらどうします? 」

「ずっと追いかけるだけね。しつこいって嫌われるかもしれない。でも離れてるのは我慢できない。抱かれることがなくても、そばに居られれば幸せよ。もちろんいつかはダーリンと情欲の限りを尽くすつもりだけどね」


 マリオンはもっと聞いてと言わんばかりに、両手をサラの方に出して、クイックイッとカモーンというように手のひらを曲げる。


「貴女がお兄ちゃんのそばに居たいという思いはよく判りました。どうやら目くじら立てて距離置くほどの人ではないようです。でも、今のように常時お兄ちゃんにベタベタして誘惑するのはやめてもらいます。他にも私が注意することには従うと約束してくれるならマリオンさんが私達と一緒に行動することを許しますがどうしますか?」


「んー、ダーリンとイチャつけないのは寂しいけれど……判ったわ。一日中こんな結界に閉じ込められるくらいならね。サラちゃんの言うことはきちんと聞くわ。約束する」

「約束を破ったら、ぼっち結界の刑半日ですよ? 判りましたか? 」

「ええ、判ったわ」


 サラはベアトリーチェに結界を解除するよう頼んだ。

 結界から出たマリオンは俺の横に座る。でも少し距離をあけて、俺にくっつかないように気をつけてるようで、サラは笑っていた。

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