4、亜人狩り (その二)

 冬ももうじき終わる時期になり、俺とサラはベアトリーチェ、マルティナ、そしてラニエロを加えた五名で旅の準備を始めていた。里やリエンム神聖皇国に出向いては、旅に必要なモノを買い揃えたり、俺達が留守にしている間、俺達とベアトリーチェの家を荒らされないようにエルフに住んでもらっても大丈夫なように、彼らが知らないであろう設備やその使い方などを教えていた。具体的には石炭の採掘場所を教えたり、風呂小屋や石炭ストーブの掃除の仕方を教えたり……などなどだ。


 そんなある日、里から知人が息を切らせて家に飛び込んできた。


「亜人狩りだ。今回はかなり大々的にやってる。あんたらも逃げたほうがいいぞ。俺は他の里にも伝えてくる。気をつけろよ!」


 亜人狩りとは、リエンム神聖皇国や騎馬民族国家ジャムヒドゥンが国内で働く奴隷の確保を目的として亜人を捕獲し連れていくこと。この辺りまでジャムヒドゥンが亜人狩りに来ることはないから、リエンム神聖皇国の貴族のうちの誰かが始めたのだろう。


「ラニエロ、ベアトリーチェとマルティナ、そしてサラを連れて泉の森まで逃げろ。俺は里のみんなが逃げる手助けをする。なに、俺は大丈夫さ。魔法を使わず体術だけでも負けないし、捕まらない」


 ジャムヒドゥンは敵には苛烈な態度で接するが、自国民には比較的穏当な政治を行う。奴隷の扱いもリエンム神聖皇国よりはマシだ。あくまでマシというだけだが。


 リエンム神聖皇国の奴隷は、家畜以下の存在だ。人としての尊厳なんて一切考慮されない。働かせるだけ働かせて、大怪我したり重い病にかかった奴隷は殺される。逃げようとしたら即首を切る。


 女奴隷は更に悲惨だ。重労働に就かされるだけでなく性欲の解消道具としても扱われ、妊娠したら強制的に堕ろされる。

 日頃仲良くしている里の人達をそんな目に遭わせないと俺が怒るのも当然だろう。


「お兄ちゃん、ダメよ。里の人を助けるということは、捕まえにきた兵を倒すだけで終わらないもの。怪我した人は? 逃がす人は? お年寄りや子供は? そんなの一人でこなせるわけないじゃない。私も行くわ」


 なるほど、兵士を倒した後のことを考えると確かに一人じゃ無理か。


「私共も行きます。マルティナの治癒や回復魔法も必要になるでしょう。私は助けた人を誘導します。ラニエロはゼギアスさんのサポートができるでしょう」


 ベアトリーチェも引かない。

 仕方ない。皆の言うことはもっともだ。


「じゃあ、俺一人が先に転移して兵士を倒しにいく。今回は容赦しては里の人が危なから命を奪っていくことになるだろう。そして後のことを考えると遺体も残さない。あと里の人はとりあえずここに避難してもらう」


 転移は確かに体力を使う。が、俺一人で転移する分には、その後の戦いに影響ない。この冬みっちり鍛えた基礎体力には自信がある。


「お兄ちゃん。闇属性使うつもりなのね」


 その通り、龍気の属性”闇”を利用した攻撃を使うつもりでいる。

 これは魔の属性を持たない者や特殊な防御法を持たない者には恐ろしい攻撃だ。

 4大属性の龍気なら魔法とほとんど変わらない。

 魔力を持たず、龍気だけしか持たないデュラン族がいたとしても、4大属性の魔法を使えるのと変わらない。


 ところが”聖”と”闇”の龍気は特殊な性格を持つ。

 魔法と同じと考えてはいけない。単体では魔法のような使い方はできないと考えたほうがいい。


 聖属性を纏わせた龍気で打撃攻撃しても、相手が魔属性を持っていなければ打撃の威力以上のダメージを与えられない。だが、治癒や回復魔法に聖の属性の龍気を纏わせるとその能力が劇的にあがる。治癒魔法だけでは部位欠損は治せないが、聖の龍気を纏わせた場合は部位欠損も治せてしまう。失った部位が生えてくる。


 但し相手が魔の属性の持ち主だった場合は、治癒魔法や回復魔法でできること以上のことはできない。

 魔属性の持ち主の部位欠損を治すためには治癒や回復魔法に闇属性を纏わせる。もともとは無属性の治癒や回復魔法に聖や闇の属性を付与することでその能力や性格を変える。それが聖属性と闇属性の龍気。


 ”闇”の龍気で攻撃魔法に闇属性を纏わせると相手が聖属性の持ち主でなくとも恐ろしい事が起きる。例えば火系魔法に闇属性を纏わせると、火がついたところから闇に食われていく。魔法耐性を持たない、もしくは耐性の低い者がこの攻撃に晒された場合骨も残らない。相手が魔法にレジストできるなら、闇属性を纏わせたところで特に効果はない。龍気を使った分だけこちらの体力消耗が増えるだけだ。


 ”聖”と”闇”の龍気には他にも使い方があるのだが、通常は使用する魔法の性格を変える、効果を増やすことに使用される。


 亜人狩りは下級兵士の仕事だから、今回の相手の中に魔術師が居るとは考えていなかった。もし居ても、二度手間になるけど、倒してから遺体を燃やし尽くせばいい。そう考えていた。


「ああ、サラの考えてる通りだ。闇を使う」


 俺とサラの会話が何を意味しているかをベアトリーチェ達には理解できないだろう。だが、今はどうでもいい。里で現場を見れば理解できるさ。


「心配はいらないと思うけど、疲労したら私かマルティナさんのところへ来るのよ? 」


 龍気を纏わせた魔法の使用は、魔法だけ使用するより疲れる。だから本来は特殊な相手にしか使わない。下級兵士相手に使うことなどない。


 だが今回は兵士の遺体を残さずに事を済ませなければならないから使う。


「判った。じゃあ、回復魔法が得意なサラかマルティナさん……そうだな、今回はマルティナさんには俺と同行してもらいたい。一緒に転移しよう。里の人の避難はサラにベアトリーチェさんとラニエロが居れば問題ないだろ。兵士達を片付けたら俺も合流するし」


 サラじゃなくマルティナを同行者に選んだ理由は、攻撃力の差。

 サラはゼギアスの次の攻撃力を持つ。見た目だけで言えばこの中で一番幼いが、その能力はベアトリーチェ達から見て化物クラス。マルティナはゼギアスが守るし、サラが居ればベアトリーチェ達も安全だろう。


「じゃあ急ぎましょう」


 ベアトリーチェの言葉に皆頷く。

 外に出てマルティナの手を握り転移した。

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