3、恐れられる者 (その三)
「いや……恐ろしいものを見てしまったな」
ランベルトは目を見開いて震えている。
「お兄様。私の想像を遥かに越えていました」
ベアトリーチェは今目の前で起きたことを理解していた。
一人で十分だとゼギアスは言った。
そうではなかった。ゼギアスが力を発揮するためには私達は邪魔だったのだ。
サラはゼギアスのお友達になってくださいと条件を出してきたが、叶うなら嫁でも側室でも愛人にでもなって、ゼギアスの敵意がエルフに向かわぬようにすべきだ。ベアトリーチェだけで足りないなら、マルティナも連れて行く。二人でゼギアスに誠心誠意尽くし、エルフへの敵意が生まれぬようしなくてはならない。目の前で起きたことを見たマルティナならベアトリーチェの意見に賛成してくれるだろう。
ランベルトも賛成するに決まっている。ベアトリーチェが言い出さなくてもランベルトの方から頼んでくるかもしれない。
ゼギアスはそれほどの相手だ。あの人は決して敵にしてはならない。
・・・・・・
・・・
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「サラ、調子に乗ってやりすぎたかもしれない」
サラのところに戻って俺は謝った。
「あのくらいは仕方ないでしょう。お兄ちゃんはもっと殺さずに済めばいいと考えていたんでしょうけど、私はもっと殺すことになると覚悟していたわ」
サラも生き物の命を奪うのは大嫌いだ。だが、生存競争激しいこの地……グランダノン大陸南部ではある程度覚悟しなくてはいけない。
サロモンに連れられてこの地に住むようになってから、魔獣の集団に襲われたこともあったし、亜人や山賊に襲われることもあった。その度にサロモンが倒して、俺とサラを守ってくれた。目の前でサロモンに殺されていく様子は確かに恐ろしいものだった。でもこの地では受け入れなければ自分たちが死ぬのだと納得したし、自分もいつか生き物を殺すことになると判っている。
サラを狩りには連れて行かない。それは俺なりの気遣いのつもりでいる。俺も命を奪うのは嫌いだ。だがそれ以上にサラが命を奪うことが嫌いなんだ。
そうは言っても仕方のないこともきっとあるだろう。目の前で奪った命とその重さはサラも背負うつもりなのは判っている。
「それでだ。遺体を焼いてしまわないと後で大変なことになると思うんで、サラはエルフの皆と先に帰っていてくれないか?俺は遺体の焼却が終わったら戻るからさ」
「うん、判ったわ、お兄ちゃん。お疲れ様でした」
俺は微笑んでサラに背を向け戦場の跡へ戻っていった。
・・・・・
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サラはゼギアスの背を見送り、ベアトリーチェ達のところへ行き事情を話す。
「お兄ちゃんを残し先に戻りましょう」とサラは言ったが、ベアトリーチェは私は残りますと言って戻ろうとはしない。ベアトリーチェが残るなら私もとマルティナも残ることになった。
「残っていただくのは構わないのですが、この谷から少し離れていてくださいね。お兄ちゃんが遺体を焼却するというからには、生きている相手と違って手加減などしないで一気に焼くでしょうから……」
ベアトリーチェとマルティナはサラの忠告を守ると約束した。
サラはくれぐれも気をつけてくださいねと念を押して、ランベルト等とともに戦いの終結をアルフォンソへ報告するために泉の森へ戻る。ベアトリーチェとマルティナの二人がサラ達を見送りながら谷から離れていくと、谷の方から熱い風が肉が焼けるかすかな匂いと共に吹いてきた。
振り返ると、先程の炎の壁より大きな炎が立ち上ってるのが確認できた。生き物相手と違い加減はしないとサラは言ってたが、あれでもきっと全力ではないだろう。
ベアトリーチェはそう確信していた。
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俺が泉の森へベアトリーチェ達と共に戻ったとき、エルフ達による戦勝祝賀のような宴が始まっていた。
こちらを見つけたアルフォンソは笑顔で近づいてきて、
「ゼギアス殿、こちらで休んでくだされ」
俺の腕を掴み、アルフォンソの席の隣に座らせた。その隣にはサラが座っていて、居心地悪そうな表情を浮かべている。
うん、俺もこういうのは苦手だな。
杯を渡され、酒を侍女から注がれる。
注いでくれた侍女にお礼を言っていると
「しかし、本当にお一人で敵を撤退させるとは思ってませんでした。きっと罠などを仕掛けたり、サラ殿の協力などが必要だと思っていたのです。ランベルトから”ゼギアス殿お一人の力で敵を倒し、我らの力など邪魔であっただろう”と報告を受けてもまだ夢物語のような気分でいますよ」
ハッハッハッハと笑うアルフォンソ。
はぁ……恐縮ですとだけ俺は答える。
「できれば早く帰って風呂に浸かりたい」とサラに耳打ちすると、私もですと苦笑している。
約束は果たしたことだし、ベアトリーチェさんとマルティナさんとは友達として付き合っていけるだろう。たまにうちに遊びに来てくれるならそれでいい。ま、来年の春には旅に出るからしばらく会えないだろうから少し寂しいけど、年に一度くらいは戻ってくるつもりだし、その時は泉の森まで遊びに来よう。
あとはこの場から少しでも早く退散できればいい。
そんなことを考えている間に、アルフォンソの奥さんリーザさん、長女のブリジッタさん、長男のランベルトさんがお酒を注ぎに来ては感謝していく。
感謝してもらうのは有り難いけど、やはり苦手だ。過去を思い出しても、社交界や王族の宴などはやはり苦手だった。できるなら、本当に親しい数人と気遣いすることなく酒を飲む席がいい。
「アルフォンソさん、私はまだ十五になったばかりで、私達のために開いてくださった宴で大変有り難いのですが、このような席はまだ楽しめないんです。兄もこのような席には不慣れです。ですからそろそろお暇したいのですが、お許し願えないでしょうか? 」
次々と酒を注ぎに来る方達の相手をさせられてる俺を見かねてか、サラはアルフォンソにそう願った。
「おお、これは気づきませんで申し訳ない。ですが、もう夜も更けてまいりましたので今夜はこちらでおやすみください。寝所は用意してあります。ご兄弟一緒にお休みになりますか?ご一緒でも別々でも用意できますのでご希望をお聞かせ願えれば……」
「では一緒でお願いいたします」
サラの返事を聞いたアルフォンソは侍従を呼び、俺とサラをテントの一つに案内した。
・・・・・・
・・・
・
「お父様、お母様、お話がございます」
ベアトリーチェはゼギアスとサラがテントに入ったのを確認したあとアルフォンソに話を切り出した。
「ああ、ランベルトから聞いてるよ。しかし、そんなことまでしなくてもあの兄弟が我々を敵視することなどないのではないか? 」
アルフォンソはベアトリーチェの危惧を気にすることはないと考えてると伝える。
「ええ、仰ることは判ります。しかし、彼らの力は想像を絶するものでした。万が一があってからでは遅いと思うのです。お兄様も同意してくださると思うのですが、エルフ全種族が束になってかかっても、勝機はおろか怪我を与えることも難しいでしょう」
アルフォンソがランベルトを見ると、ランベルトも黙って頷いていた。
「だが、お前が嫁いだとしても、ゼギアス殿を抑えられるものなのか? 」
「昨日と今日しか見ていないのですが、でも確信できることがあります。ゼギアスさんは身内にはとても優しい方です。甘いと言ってもいいかもしれません。ですから、あの方を抑えるには身内になるのが一番だと思います。マルティナ、貴女はどう感じた? 」
話を振られたマルティナは少し考えてから答えた。
「私もベアトリーチェ様のお考えに同意いたします。ゼギアス様はサラ様にとても弱い方です。サラ様が賢く有能な妹だというだけではありません。ゼギアス様はサラ様をとても可愛がっています。あの様子ですとベアトリーチェ様が仰るように身内にはとてもお優しい方だろうと私も思います」
マルティナの話を聞き終えたアルフォンソは再びベアトリーチェに話す。
「ふむ、判った。だが、お前がその気であろうと、ゼギアス殿がお前をずっとそばに置くとは限らないんじゃないか? お前達が脅威に感じるほどの力の持ち主だ。今は無名でも必ずそのうちに有名になる。力を欲する者達が綺麗どころを差し出して嫁や側室、愛人にしてゼギアス殿の力を利用しようと考えるのではないか? 」
何せ我らも似たようなことを考えているのだしと付け加えた。
「実は根拠も無いので私も不思議なのですが、その点はまったく心配にならないのです。ゼギアスさんは私を必ず大事にしてくださいます。そして私もきっとあの方を愛おしいと思うと思います。たとえ他に何名の嫁や側室が生まれようともあの方は私を遠ざけたりはしないと確信できるのです」
「うーん、それが実現するのならばいいが、万が一にもお前が遠ざけられるようなことがあれば、親として耐えられそうにないのだがな」
「その点はこれから確認していくしかありません。サラさんが申し出て下さったことを利用しようと思います。サラさんは私とマルティナにゼギアスさんの友達になって欲しいと言われました。そしてそのことは既に了承しています。ですので、お父様にお願いがあるのですが、あの方達の家のそばに私とマルティナが住む家を冬が始まる前に建てていただきたいのです」
「それは簡単なことだが、利用とは……? 」
「これから冬が始まり、山を越えて会うのはなかなか難しいでしょう。ですが、友達となったはいいけれど会えなければ友達としての絆を深めることはできません。ですので、サラさんが言ったことを逆手に私達があの方達のそばに居ることを認めてもらうのです」
「なるほど」
「毎日顔をあわせ、私とマルティナはサラさんの家事を手伝ったり、一緒に食事をするなどしてゼギアスさんとサラさんとの距離を縮めます。そうすれば今見えていないことも見えるようになるでしょう」
「判った。だが、ベアトリーチェとマルティナだけでは不安だ。ラニエロにも一緒に行ってもらう。それでいいならお前の申し出を許そう」
「お父様、ありがとうございます。決してゼギアスさんが私達の敵になるようなことにはいたしません。それと必ず幸せになってみせます」
ベアトリーチェはアルフォンソに抱きつき、その頬に感謝のキスをする。母であるリーゼや兄弟たちともキスをして、明日以降の準備に取り掛かる。
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