3、恐れられる者 (その二)
谷までは馬を借りて急いで向かった。敵の到着には時間があるけど、地形を十分確認したかったのだ。
「これなら問題なさそうだな」
谷の両側はかなり高く五十メートル以上はありそうで、傾斜もきつい。敵が登って逃げるのも難しそうだ。谷の幅もそう広くない。せいぜい百五十メートルってところ。その上、こちらより向こう側のほうが狭い。
うん、敵を迎え撃ち殲滅するには理想的。
「敵の姿が見えたら、結界を俺の後ろに展開して、泉の森方面への敵の逃亡を防いでください。二名交代すれば、三時間程度は魔法使えるでしょ?」
ベアトリーチェを代表とする結界魔法を使う四名へ説明する。
「ええ、三時間なら無理なく使えますが……」
ベアトリーチェはホントにそんな時間で大丈夫と言いたそう。
「ご心配はいりませんよ。兄なら三時間も時間かけませんから。せいぜい1時間ってところだと思います」
サラが俺の能力を認めてくれる。
力が入るね。
あ、加減しないと怒られるな。
調子に乗って忘れちゃいけない。
ベアトリーチェの兄ランベルトと侍従のラニエロは疑いの目を向けている。マルティナも信じきれないようだ。
うん、不思議じゃないよね。
付き合いのある里の人も、崖崩れの後処理をした時、こいつは誰だって顔してたもの。でもサロモンのことを知っていたから、サロモンの子なら有りだねと納得してた。
逆に、ベアトリーチェが何故そんなに簡単に俺を信用してくれるのかのほうが不思議。
サロモンから俺達兄弟のことを何か聞いてたのかな?
まあ、いい。このトラブルが終わった後で聞いてみよう。
「あの、敵の到着が明日以降になりそうな時は、一旦帰ってもいいですからね? 私とお兄ちゃんは残りますけど」
ああ、なるほど、サラの言う通りだ。敵がまだ来ないのに、姫様や皇子様を長い時間待たせるのは申し訳ないよね。
「いえ、一緒に待ちます。一晩や二晩くらいどうということもありません」
ベアトリーチェがそういうと、兄のランベルトも頷く。
ベアトリーチェはともかくランベルトは、俺とサラが逃げるんじゃないかと心配しててもおかしくはない。変に疑いを持たれるのも気分が良くない。
「では一緒に敵を待ちましょうか。でも偵察の方が戻るまでは身体を休めてくださいね」
サラは笑顔で伝える。その様子にはどこにも心配という言葉が見当たらない。
「じゃあ、サラ。偵察が戻ったら起こしてよ。俺も休んでおく」
谷の手前にある草むらに腕を枕にしてゴロッと横になり目をつぶる。
「サラ殿、今更こんなことを言うのは間違ってるのだが、本当に大丈夫なのでしょうか?」
この声はランベルトだ。俺に気遣って声を抑えている。
「口で言っても信用できないのは仕方ありませんね。では、こちらに来てください」
サラがランベルトを連れてどこかへ行く。敵が来るまで時間があるようだし、力をちょっと見せるんだろうな。
俺と比較すると確かにサラの攻撃系魔法は強くない。だけど、そこらの高等魔術師程度と比べたら圧倒的な力を持っている。これから起きることにしたって、俺の代わりをサラが務めても問題なくこなせるだろう。
龍気も使うなら、持続時間は体力次第ではあるけど対人戦闘でもかなり強いはずだ。
そんなことを思ってるうちに睡魔がやってきた。俺は意識を眠りにまかせた。
・・・・・
・・・
・
「お兄ちゃん、起きて。偵察が戻ってきたわよ。お仕事、お仕事」
俺の身体をサラが揺らしながら声をかけている。
「ああ、判った」
身体を起こすと毛布がかけてあった。
誰がかけてくれたのか判らないけど、こういった気遣いはありがたい。
立ち上がり見回すと、ベアトリーチェ達のところで偵察に出ていたエルフが状況を説明している。
「あと三十分ほどで谷の入り口に到着します」
三十分ね、まだ十分余裕ある。
「それじゃ始めようか。俺は谷を進んでいくけど、皆はここで待機。敵の姿が見えたら予定通りに結界を張ってくれ」
ベアトリーチェはもちろんランベルトも黙って頷く。
サラの力を見て、少しは期待するようになったのかな?
俺を信用している空気がランベルトからも感じる。
いいね。
ちゃんと期待に応えるからさ、そこで落ち着いて見ていなよ。
俺は寝ていた身体をほぐすようにストレッチを始めた。腕、アキレス腱、背中、そして首の筋を伸ばす。ストレッチを終えてから、ジョギングで敵が来る方へ軽やかに走る。
やがて、大軍の足音が響き、魔獣の咆哮が聞こえた。
来たか。
実際の所、結界魔法に阻まれるところまで敵の進軍を許すつもりはない。
俺は生まれて初めて、自分の力をそこそこ使う機会に出会った。
楽しみだね、うん、楽しみだ。
身体の奥底から力が無限に湧いてくるようだ。
生き物を殺すことに抵抗はある。
できれば殺さずに済ませたい。
ではこういう大軍を相手にしたときはどうすればいい?
勝利した上で敵の被害も最小限にするにはどうしたらいい?
最初だ。
最初に圧倒的な力を見せ、そして相手のリーダーを潰す。そうすれば後は勝手に逃げてくれる。
だから俺は数がいくら多かろうと、数では覆せない力の差を思い知らせてやればいい。
よし、そろそろいい距離だ。
敵との距離はあと二百メートルほど。
「断絶の炎」
今、適当に名付けた魔法を発動させた。
俺の両脇に炎の壁を作り出したのだ。
その高さは谷の上より高く。厚さは二十メートルほどにしたから、そうそう飛び越えられない。これで俺を倒さない限り俺の後ろには行けない。この壁を越えられる敵はほとんど居ないだろう。
越えても結界があるし、サラも居る。
心配はない。
予定通り、敵は進軍速度を抑え、俺に突っ込んでくる。
オーガを背に乗せた他よりも二回りくらい大きな魔獣が口を開けて向かってきた。
今回はちょっと忙しいから一人と一匹……いや、一人と一頭を相手にする暇はないんだよ。狼に似た魔獣でちょっと格好いいけど、ごめんな?先頭走ってきたのがお前の不運だ。
俺は右手で風系魔法を発動させ、思い切り横に振った。
グワァという音を立てて、谷の片側に達しそうなほど長く、およそ一メートルほどの厚さの真空の刃が魔獣を切り裂く。そのまま背後から迫ってきた数十頭の魔獣も乗っていたオーガもろとも切り裂いていく。
その凶悪な真空の刃は右手の崖も切り裂きながら進みやがて消えた。刃が通ったあとには、運良く巻き込まれなかったオーガ十数人の姿がある。だが彼らは何が起きたのか理解できていない様子だ。
俺は間髪入れず、左手で風系魔法を発動させ、右手の時と同じように横に振った。先ほどと同じ魔法が、逆側の崖を削りながら進んでいく。一度目の攻撃で生き残った目前のオーガは切り裂かれ、その後ろから迫っていた魔獣達も先程同様に切り裂かれていく。
二回の攻撃で倒した敵は多分三百くらいだと思う。
だが、たった数分で三百くらいの味方が失われたのだ。敵軍の動揺は俺にも感じられる。
この機を逃さず俺は畳み掛ける。
左右の腕を振りながら、ゆっくりと敵陣深くまで歩いて行く。俺の背後には切り裂かれた遺体だけが横たわっている。
十数度攻撃した時、敵軍の動きが変わった。
魔獣に乗ったオーガはほとんど残っていない。敵のリーダーが死んだのか、それともリーダーが生き残って判断をしたのかは判らないけど、敵軍が撤退しはじめた。
さて、後は奴らの尻に火をつけてやるだけだ。
そうすれば慌てて撤退するだろう。
俺は両手を前に出し、炎の玉を敵軍最後尾にぶつけてやった。
まあ、火傷くらいはするだろうが死ぬことはないだろう。
谷の入り口から敵の姿が見えなくなり、俺は攻撃を止めた。背後にそびえていた炎の壁も消した。
あとは遺体の掃除だ。残していたら腐敗して病気のもとになるかもしれないから焼却するに限る。
だが、エルフ達が巻き込まれたらヤバイので一旦彼らのところへ戻ることにした。
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