2、サラの気苦労 (その五)

 明日の早朝、日が昇る直前から泉の森への移動を始めることにして、今夜はエルフのお二人には我が家に泊まっていただくことにした。我が家にはサラ用の小さな部屋があり、今夜は俺がそこに寝て、サラとエルフのお二人には居間に寝て貰うこととなった。


 エルフは温かい湯に浸かる習慣がなかったらしく、サラと一緒に入浴したあとかなり感動していた。


 うちにあるのはいわゆる五右衛門風呂。

 だが、身長百九十センチを超える俺が肩まで浸かれるほど大きな浴槽。風呂釜の内側と外側には、香りの良い木を張っていて慣れない人でも火傷などしない。まあ、これは釜にもたれてのんびりと浸かれるようにとサロモンが作ってくれた。

 洗い場も俺に不自由が無いほど広く作ってある。

 女性三名で入ると多少狭いかもしれないが、それでも入れないことはない。


 この風呂小屋を作ったとき、我が家で一番金がかかったとサロモンはこぼしてたな。

 感謝してるよ。


 ちなみに俺は覗きなどしない。

 安心してくれ。


 過去に王族に生まれ、後宮を持ったこともある俺だ。女性の裸体など多数見てきたのだ。今更思春期男子の好奇心を満たす行為などして女性陣から冷たい視線を投げかけられるリスクを犯す必要などない。


 じゃあ、何で女性に弱いんだと思われるかもしれない。

 それはそれ、これはこれだ。

 とにかく、覗きや痴漢行為などの犯罪を犯すことはないと俺は断言できる。


・・・・・・

・・・


「じゃあお兄ちゃん、明日は寝坊しないでね」


 俺が風呂からあがるとサラが声をかけてきた。


「あのさ? サラ。実は相談したいことが一つあるんだ。寝る前にそれを話しておきたいんだが、いいか?」


 首を少し傾げて


「いいわよ? 何?お兄ちゃん」


 俺はサラの部屋で二人きりになり、転移に関することを伝えた。


「で、どう思う? 十中八九龍気が関係してるだろうけど、転移ができる龍気の使い方なんてサロモンからも教えられていないから、何故使えるのかも判らないまま便利だからと使って良いものか……」


 俺の顔をじっと見ながらサラは腕を組む。


「不思議なことね。通常は、無属性と四大属性、そして稀に聖と闇。これらの属性で転移が使えるものは無いはず。とすると別の属性ってことになるんだけど、そんなの初代が使ってた龍と会話できる未知の属性しか知られてない。うーん、今までデュラン族が使えなかった属性をお兄ちゃんは使えるのかもしれない」

「やはりそう考えるよね。俺もそう考えた」

「体力を使うこと以外で、お兄ちゃんの身体や精神に何も変化は無いんでしょ? 私が見ても、お兄ちゃんの龍気や魔法力に変化があるようには見えないし」

「ああ、晩飯食べて風呂に入ったら、疲れも取れていつも通りだよ」

「じゃあ、明日泉の森まで転移を使ったら、その後はできるだけ使わないようにしておきましょう。オーガとの戦いでもどうしても使う必要が出た時以外は使わない。いい? 」

「ああ、俺もそうしようと思ってた。あと……俺もサラもそろそろ転移魔法覚えたほうがいいんじゃないか? 俺とサラならいずれ使えるとサロモンも言ってたし、何故使えるか判らない俺の転移より、原理も術式も判ってる魔法による転移のほうが安全だよね。要は、あれだろ? 魔力の急激な枯渇が転移魔法で生じるからサロモンはまだ覚えないほうがいいと言ってたんで、転移で消費する魔法力がどの程度なのか判れば、使い時を間違えないようになる」

「そうね。私も成長とともに魔力の量増えてきたからいいかもしれない。お兄ちゃんのその馬鹿げた量の魔法力なら体力を消費する龍気より転移魔法のほうが使い勝手いいかもしれないわね。判ったわ。サロモンが残してくれた魔法関連の書物から転移魔法使用に必要なことを抜き出しておくわね」

「お願いするよ。頼んだ。じゃあおやすみ」


・・・・・

・・・


 ゼギアスが毛布にくるまる姿を後にして居間へ向かう。

 サラは兄に生じてることが何なのか考えている。



 サロモンが亡くなった後のお兄ちゃんの成長は異常よね。

 魔法力の保有量も強度も既に化物並みだわ。

 あの強かったサロモンの十数倍、里で見た高等魔術師なんかお兄ちゃんと比較したら小石と山ほどの差がある。


 魔力は通常、五歳時の保有量の倍程度が成人の保有量。

 強度は訓練次第で変わるけど、それでも三倍まで強くなる人すら稀だわ。

 ベアトリーチェさんとマルティナさんは、お兄ちゃんの魔法力の保有量も強度もさっぱり把握できないんじゃないかしら。


 それ以上に気になるのは龍気よ。


 龍気の強さは、気の光度でだいたい判るし、その人が使える属性は光が放つ色彩の種類で判る。もちろん気を見ることのできない人には判らないでしょうけど、私達のようなデュラン族ならお兄ちゃんの龍気がどれほど強くていくつの属性が使えるのか気になるに決まってる。


 光度は私より全然強いし、色彩の種類も八種類以上だということくらいしか私にも判らない。

 私の龍気だって、サロモンよりも光度は強い。聖の属性も使えるんだし、デュラン族の中ではかなりなレベルだと思うのよ。


 でも、お兄ちゃんが使える力はとんでもないわ。

 だから変な女の人に騙されないように私が気をつけなきゃいけない。


 鼻の下を伸ばして、悪い女の人の言うとおりにお兄ちゃんが動いたら、どんな犯罪を犯すか判らない。お兄ちゃんに悪気はきっとない。犯罪行為だって事前に判っていたらどんな美人の頼みでも断るだろう。でも騙されてから、悪気はなかったとか犯罪だとはわからなかったとか言っても遅い。


 ああもう……良識があって、お兄ちゃんを抑えるだけの気持ちがある女性に早くお兄ちゃんのお嫁さんに来てもらわなきゃ、私の気苦労が絶えないわ……。


 フウ……と息を吐き、既に寝ているマルティナの横に横たわり、毛布にくるまりサラは瞳を閉じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る