2、サラの気苦労 (その四)

 ゼェ……ゼェ……ゼェ……ゼェ……

 やっぱあれだな……。基礎体力鍛えなきゃな……。もうちっと体力つくまで同行者連れた転移は控えた方がいいな……。


 でもとりあえず家にはついた。


「ハァハァ……妹に紹介します。ついてきてください」


 マルティナとベアトリーチェは黙って頷いた。俺は二人を連れて家に向かう。


「ただいまぁ。サラ、遅くなってごめんよ~」


 おかえりなさいと言いつつこちらを振り向かず、サラは夕飯を机の上に並べてる。


「サラァ、ちょっと話を聞きたい人を連れてきてるんだ。サロモンの知り合いらしいから聞いてあげて。俺は先に風呂に水張ってくるからさ」


 俺の言葉に驚いたのか、サラはこちらを振り向く。後ろに立つエルフ二人にサラは気づき手を止める。


「あら、二人も……これじゃ夕飯足りないわね。急ぎ用意するから待っててくださいね」


 足早に台所へサラは向かった。


 いやいやいやいや、まず挨拶交換するとか、座って待ってもらう場所を伝えるとか、先にすることあるでしょう。

 うん、これはあれだな。

 今のサラはお客様に出す夕飯のことで頭がいっぱいで他のことは考えられない。

 サラには珍しく状況が見えていないってことだ。


 ここは年長者が落ち着けと言うべきところではないだろうか。

 でも、そんなことを下手に指摘したら、お兄ちゃんが連れてきたんだからお兄ちゃんがやることでしょと怒られそう。

 それとも、何で上から語ってるの?と言われるかもしれない。

 いや、エルフ達への妹の態度は後で何とでも言えばいい。大事なことは、サラの俺への評価を今よりも下げるわけにはいかないってことだ。


「んっと、適当にそこらに座って待っててください。俺も水汲みが終わったら戻りますので……」


 結局、いろいろ考えた割に大したことは言えなかったけど、まあいいよね。とにかく俺は水汲みを早く終わらせて、夕飯を美味しくいただき、サラの料理の腕を褒めるんだ。


 しかし、女性を二人サラの前へ連れて行っただけでどうしてこんなにいろいろと考えてるんだ。いつもならこんなにごちゃごちゃ考えることはないだろう。


 転生繰り返しいろいろ経験したけれど、妹に頭が上がらない兄なんて今回が初めての経験だもんな。

 そうか俺はサラのような有能な妹を持ったことがないんだ。ふむ、年下の家族が自分よりも有能なのって結構大変なんだな。


 王家に転生した際、弟や妹の顔色見たり相談してから判断下す他国の王見て情けないとか思ってたけどゴメンね。……俺反省したよ。


◇◇◇◇◇◇


「では、オーガが大軍連れて泉の森を襲撃しようとしていて、エルフだけでは戦力が足りないからサロモンに助力してもらおうと考えていた。だけどサロモンは亡くなっていたと知って困ったが、フォレストバンサーを退治したお兄ちゃんの戦闘力見てサロモンの代わりに助けて貰えないか? ということですね」


 サラがベアトリーチェの話をまとめ確認している。


「はい、他の土地のエルフにも助力を頼んでいるのですが、どこの土地のエルフも自分の生活圏を守るのに精一杯で当てにできないんです。どうかお力を貸していただけないでしょうか?」


 ベアトリーチェは真剣な顔でサラに頼んでいる。横に座るマルティナもお願いしますと頼んでいる。


 うん、俺の話なのに俺の意見を聞こうとする人はここに居ないね。

 ちょっと寂しいよ。

 ベアトリーチェとマルティナはこの家の要所はサラだと既に理解しているようだ。

 ――うん、正しい。

 実に正しい。

 でもちょっと寂しいんだ。


「お兄ちゃんのことだから、ベアトリーチェさんやマルティナさんに頼まれたら喜んで手伝うでしょう」


 確かに俺は美人に頼まれて断るような男じゃないね。というか、俺の長い転生経験を思い出しても美人の頼みを断ったことはない。

 いや、あったかもしれないけど、かなりな理由がそこにはあったはずだ。罠があると判っていようと、騙されてると判っていようと、断ったことはない……はずだ。


 罠などをうまく切り抜けられなかったこともないから変な自信を持ってるのかもしれないが、美人の頼みを断って後悔するより、美人の頼みを受けて苦労するほうがいいと今も思ってる。


 まあ、俺がこんなだから転生経験を生かせないことも多いのだろうし、サラからの評価も低いんだろう。今回の人生ではサラのおかげで多少は矯正されるかもしれないが、期待薄。 


「私の頼みででもですか? 」


 マルティナさんも少し驚いている。姫のベアトリーチェからの頼みならまだしも、侍女の自分の頼みで大軍を相手に戦ってもらえるとは思って居なかったようだ。


 サラは正しい。

 ベアトリーチェさんほどではないけど、マルティナさんも相当な美人だ。ベアトリーチェさんの可憐さが、お姉さん系の色気に変わるとマルティナさんになる。

 マルティナさんはもっと自分に自信を持っていい。


 しかしエルフってのは皆目の前の二人のように綺麗なんだろうか。仲間のところへ戻ったラニエロという男性もイケメンだったしな。


 ちくしょう。


 俺なんか愛嬌ある顔で可愛いと言われたことは十年近く前に言われたことはあっても、このガタイの良さを逞しいわねと褒められたことはあっても、イケメンを褒めるようなことは言われたことはない。


 そう言えば、イケメンに転生したこともないな。一度くらいは経験しておけば良かった……。


 いやいやいやいや、過去のことはどうでもいい。

 もしエルフの仲間のところへ行ったら、不細工評価されるんじゃないだろうか?

 そうだったらちょっと悲しいな……。


「ええ、マルティナさんからでもです。確実です」


 俺がくだらないこと心配している目の前で、俺の性格を知り尽くしてるかのようにサラがマルティナさんに断言している。


「では……」


 マルティナさんが話を続けようと口を開いたが、その言葉を遮るように


「だからお兄ちゃんの意見は無視します。私が判断いたします」


 サラが俺の意見は聞きませんときっぱりと言う。


「お兄ちゃんもそれでいいよね?」

「……はい」


 情けない!

 情けないぞ、俺。


 でも、目の前の高嶺の花二人からも情けない男と思われようとも、妹の俺への評価が間違っていない以上、妹に反抗する根性は俺にはない。


「ではサラさん。ゼギアスさんのお力を借りるにはどうしたら良いのでしょうか?」


 ベアトリーチェがサラに聞く。

 サラは話を聞きながら既に決めていたのだろう。すぐに返答した。


「いくつか条件があります」

「はい。それは当然ですね」

「一つ目は、その戦いには私も加わることを許していただきます」

「それは構いません。ですがお判りでしょうが、危ないですよ?」

「危ないからです。体術や武術はお兄ちゃんほどではありませんが私も使えますし、何より、お兄ちゃんが苦手な治癒・回復系の技術が得意ですからサポートや後方支援は任せてください」


 ベアトリーチェが俺の方を見た。俺は黙って頷く。


 サラが居れば心強いのは間違いない。

 首が飛んだとか、腕や足がちぎれでもしない限り、腹部に穴が空いた程度ならサラは完璧に治癒させるだろう。それも短い時間で。


「判りました。そういうことでしたらこちらとしては願ってもありません」

「二つ目の条件は、対価をいただきたいということです」

「ええ、もちろん私達に払えるものならば可能な限りいたします。私だけで判断できないものでしたら、一旦仲間と相談することになりますが……」

「私が欲しい対価は、ベアトリーチェさんとマルティナさんにはお兄ちゃんのお友達になって欲しいということです」

「は? 」


 俺は間抜けな声を出した。


 何その条件。

 旅費の足しにするお金とかそういったものじゃないの?


「本当にそんなことで宜しいのでしたら、私には異論などありません。マルティナはどう?」

「私ももちろん構いません。今回の事態を解決できるなら愛人も吝かではありません」

「え? いいの? 」


 こんな美人が俺の愛人に! などと期待に胸を膨らませ、ちっとエロいことを考えてた俺を睨んでサラは続けた。


「愛人など、お兄ちゃんの気持ちはどうあれ、将来、お兄ちゃんを気に入ってくれたときに考えてくださればいいです。今私が欲しいのは、お兄ちゃんの女性に対する基準というか見方というか……そういうものをしっかりとしたものにするための相手なのです。お二人のお話や態度を見て、こういった方がお兄ちゃんの友達になってくれたらいいなと思いましたので」


 友達くらい自分で選べるのにとブツブツ言ってたら、サラに頭をぶたれた。


「お兄ちゃん。私だってね? こんなこと言いたくないのよ。でも、お兄ちゃんのことだから、このお二人のような綺麗な方を相手にしたら格好つけたがるでしょ。いいえ、絶対に無駄なまでに格好つけるわ。そして必ず自爆するのよ。墓穴をほって恥をかくのよ。お兄ちゃんは変にプライド高いから、そうなったらお二人と会わなくなるでしょ。私には見える。その後引きこもって、ベッドの上でダンゴムシのように丸くなって、毛布をかぶって涙流して後悔するお兄ちゃんの姿が……。だから先にお友達になって貰うの。お兄ちゃんの失敗を笑って許して貰えるような友達になってもらうの」

「そこまで言わなくても……」


 でもサラの予想は当たってる気がする。


「お兄ちゃん。どうせ……友達になったくらいで、お兄ちゃんの失敗許してくれるとは限らないとか考えてるんでしょ。それはそうよ。だから、対価って言ったの。お兄ちゃんがしっかりとエルフのお手伝いができれば、多少のことではお兄ちゃんの友達を辞めるなんて言われないわ。お兄ちゃんは女好きでお馬鹿さんなところがあるから私はとても心配。でも、お兄ちゃんは優しいし、強いし、頼りがいもある。そうそう絶交されるほど嫌われることはないわよ。安心しなさい! 」


 サラにまくし立てられて、黙って俯いている。ベアトリーチェとマルティナは苦笑している。


 そりゃそうだよな。

 マジで恥ずかしい。

 今すぐダンゴムシになりたい。


 でもサラは俺のことを思って言ってくれてる。わざと二人の前で言うことで、こんな兄ですけどよろしくお願いしますと伝えてる。

 この妹にもっと信用される兄にならなきゃダメだなとしみじみ思った。


 しかし、サラ、お前は本当にまだ十五歳なのか?

 しっかりしすぎだろう……。

 お兄ちゃんちょっと心配だ。

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