2、サラの気苦労 (その三)

 いや、意外でもないのか。サロモンは時々見回りと称して俺達の生活圏やその周囲を見て回っていた。

 ここまで足を伸ばしたというのは十分考えられる。


「俺はサロモンじゃないよ。君は何故サロモンのことを知ってるの?」

「失礼しました。私はこの辺り……泉の森に住むエルフを治めるアルフォンソの次女ベアトリーチェと申します。サロモンさんのお話を以前聞いたことがあり、このたびお願いがあって探しているのです」


 んー、ベアトリーチェさんね、ヤバイくらい美人だ。

 白い肌に緑の瞳、ブラウンの長髪が風で軽くたなびいて……スタイルも良いな……サラと同じくらいの年齢に見えるけど、実際は判らないな。種族に拠って見た目よりかなり年上とかよくあるし……。


 あ、見とれてちゃダメだな。


「そうなんだ。俺はサロモンの養子でゼギアス。えっと……サロモンは今年の春に病気で亡くなったんだ。残念だけど会えないよ」


 彼女は口に両手をあてショックを受けた様子だ。

 瞳に驚きと悲しみが混じったような色が伺える。


「サロモンさんが亡くなった……あ、それはお気の毒に……では私達はこれからどうすれば……すみません。動揺してしまって……」


 確かにかなり動揺してる。

 でもサロモンが死んで俺達がショックを受けるのは判るけど、エルフの女性がショックを受けるってどういうことだ?


 サロモンのことだから愛人という線は無さそうだし、でももしかしたら俺やサラが知らないところで……いや、無いな。無い無い。


「何か事情がああるようだけど、サロモンが亡くなったのは事実だから。えーと、君の仲間達のところまでは送るから行こう。俺も帰りが遅くなると困るんだ」

「あ、大丈夫です。仲間は呼びますから」

「そっか、んじゃ早く呼びなよ。仲間が来るまでは待ってるからさ」


 ベアトリーチェは空に向けて片手を挙げる。

 その手から白い光が上空に上がり、木の頂上よりかなり高いところまで上がると、フワっと広がった。


 なるほど、合図か。


 五分もしないうちに、二人のエルフがベアトリーチェの前まで駆けてきた。

 一人は女性、もう一人は男性のエルフ。

 二人はベアトリーチェの前に跪き、男性のエルフが顔をあげる。


「姫様、ご無事ですか?」

「ええ、私はこの方に助けていただいて、足を挫いたけれど大丈夫です」


 足を挫いたと聞くやいなや、女性のエルフがベアトリーチェの足元まで近づきベアトリーチェの怪我の様子を確かめている。


「そうですね。この程度ならすぐに治せるでしょう」


 そう言って治癒魔法をかけている様子。


「お迎えも来たようだし、それじゃ俺は帰るね」

「あ! お待ち下さい!」


 俺の上着の端をベアトリーチェは捕まえる。


「ん? ゴメン。急いでるんだ。離してくれるかなぁ?」


 必死な表情だから話を聞いてあげたいんだけど、これ以上遅くなったらサラは心配するだろうし……。


「あ、ですが、何とかお話を聞いてはいただけないでしょうか?」


 うーん、時間があるなら美人のお話を聞かないなんてことしないんだけども、どうしようかな。


「んじゃ一緒に家まで来てくれる? 妹が心配するから早く帰らないと……」

「お宅はどこでしょうか? 」


 家のある方角の山を指差し


「あの山越えた先だよ。ねえ、お願いだから早く帰してくれないかな?」


 信用回復したいサラに怒られるのは勘弁して欲しいんだ。


 少しイライラしてきたけど、表情には出さない。見た目と違い、俺は数多くの転生で経験だけは積んでいる。フフフ、商人や王族、公務員で鍛えた対人スキルが生きる。


 笑顔にもいろいろあるが、こういう時は柔らかな笑顔を心がけつつ目には力を込めるのですよ。


 眼力が大事。


 「いい加減にして帰れよ」とか「いくら粘っても無理だぞ」とか、そういった本心を目できっちり伝えるのだ。


 この間、表情筋は動かさない。

 笑いの能面状態を維持するのだ。


 ククク、完璧だ。


 あとでサラに教えて褒めてもらおう。


 この俺の完璧な対応を!


「山向うなら、今から帰っても深夜になるのでは……?」


 うん、空気読めない人には眼力ちっとも通じなかったです。


 転移使える俺なら帰れるんだよ!

 だから大丈夫なの、判る?

 ……説明していないから判らないとは思うけどさ……。


「俺ならさほど時間かけずに帰れるから大丈夫なんだよ。だからさ、お願いだから……一緒に来るのか、来ないのか早く決めてよ」


 ベアトリーチェは少し考えて


「マルティナ、悪いけど私と一緒にゼギアスさんのお宅まで来てくれる? ラニエロ、貴方は父に状況を説明してください。できれば今夜中、遅くても明日の昼には戻ります」


 「そんな! 姫様。危のうございます」と、ラニエロと呼ばれたエルフがベアトリーチェを抑えようと近づいてきた。


「ラニエロ、私がこの身に変えても姫様は守ります。姫様のご意向を尊重するのも我ら傍使えの者の役目ではありませんか」

「心配は要らないでしょう。今もフォレストバンサーから助けていただいたばかりですし、私の安全のために貴方方を呼び到着するまで待っていただいたのです。もし私を攫ったり害するつもりなら、貴方方を呼ぶようなことを仰らないでしょう。私はこの方を信じます。それに私達には時間がないことは貴方にも判るでしょう?」


 マルティナと呼ばれたエルフがラニエロの肩に手を置き信用してくれと言い、ベアトリーチェも笑顔で大丈夫だからと伝えている。


「それじゃ話はまとまったということで、ベアトリーチェさんにマルティナさん、俺の手をつかんでください。決して手を離さないように……」


 二人は俺の手を掴む。


「マルティナさんは、ベアトリーチェさんの身体をしっかりと掴まえてくださいね」


 ベアトリーチェの腰にマルティナさんが手を回したのを確認したところで


「じゃ行きますよ」


 そう言って俺は来たときの逆の順で山の頂上まで転移した。

 一気に家まで転移すればいいじゃないかとも思ったが、転移すると疲れを感じた点が気になっている。魔法での転移には思えないので、自分で転移を使用しておきながらその力の源が判らないのでビビってるのだ。


 俺一人だけなら家まで一気にという手段をとったかもしれないが、今回は俺を含めて三人での転移。一応慎重になってる。


 転移を終えて確認するとやはり疲労感を感じる。この分だと次の転移で家に戻るのは大丈夫だろうが、かなり疲れていそうだ。荷物や人を同時に転移するには体力と相談の上で使わないとダメみたいだ。


「なんと、転移した。転移魔法を使える者など高位の魔法を修めた魔術師くらいしか知りません。この方は高等魔術師なのでしょうか?」


 マルティナはかなり驚いた様子で、ベアトリーチェに質問している。


「いえ、転移で魔法は使われていないと思います。別の力によるものですね」


 ベアトリーチェはマルティナの質問に答えながら、難しい顔で何か考えているようだ。俺自身も何で使えるのか判らないのだから、質問されたら困る。


 質問される前に家まで戻って、あとはサラに任せよう。と言ってもサラも判らないんじゃないかな。


 まあいい、今は家に戻るのが最優先。


「それじゃさっきと同じように掴まってください。行きますよ」


 二人が先程と同じように掴まっているのを確認して俺は転移した。

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