2、サラの気苦労 (その二)

「雪が降る前に、前からアタリを付けていたちょっと遠いところまで行くつもりだから、帰りは少し遅くなるよ」


 山を一つ越えたところに、この辺りの者なら遠くて行かない森がある。

 そこは俺も足を踏み入れたことはないから、薬草もまだたくさん残ってるのではと期待している場所だ。


 冬になり雪が降ってきたら、日帰りでは行けそうもない。

 だけど今なら……俺の足ならまだ日帰りできる。


「うん、判った。気をつけてね。お兄ちゃん」


 サラの見送りに手を降って応え俺は走り出す。家はすぐに見えなくなり、周囲は樹木だけになる。しばらく駆けると山の中腹に到着したので、少し休憩をとった。


 魔法が使えるんだから転移魔法とか使えないものかな?

 そしたら今見える山の頂上に登るのも簡単なのに……。


 と考えたら、フッと身体が軽くなり、あれ?と周りを見渡すと先程見上げていた山頂に居ることに気づいた。


 え?

 練習もしていないのに転移魔法が使えたってこと?

 いやいやいやいや……。

 使えたにしても偶然でしょ?

 たまたまでしょ?

 何せ念じても居ないしな。


 サロモンから教えられた魔法はどれもすぐに使えることなんかなかった。原理を知って、その原理に合わせた精神集中が必要で、モノによっては詠唱も必要だった。


 でも……。


 山を降りたところに泉が見える。


 よし、あそこまで転移してみよう。

 すると先程と同じように身体が軽くなり、目の前には泉があった。


 おおおお……転移できた。


 ん?


 魔法を使うと使った魔法に応じて魔法力が減少するんだけど、その気配がない。


 何で?

 転移に魔法使ってない?


 でも疲労感は感じる。

 体力はそれなりに使ったってことだな。


 んー、よくわからないからサラに相談してみよう。

 サラなら何か判るかもしれない。


 でも”転移しよう”と考えただけで転移しちゃうんだから、転移に関しては考えないようにしなきゃな。


 まあいいや。これで早く薬草探しができる。

 家にも予定より早く帰れるだろう。


 目的地はこの泉から先の森。

 予定より3時間も早く到着したのは良かった。


 ゼギアスは森の探索を始める。


◇◇◇◇◇◇◇


 思った通りだった。

 安い薬草も高値で売れる薬草もかなり見つかった。


 明日も来て、今日回れなかったところを回れば、いつもの十倍以上は収穫できそうだ。持って帰るのに苦労しそうなくらいなんだから、サラもきっと喜んでくれるだろう。


 さて、今日はこの辺にして帰るか……アレで帰れると思ったから少し遅くまで頑張りすぎた。急がないと風呂の用意も遅れてしまう。


 ゼギアスが薬草をカバンに詰めていると、少し離れたところから物音が聞こえる。


 人の声?

 獣の声?


 それらに混じって別の何か……そう木が折れるような音も聞こえる。

 誰か獣に襲われてるのかもしれない。


 俺は助けに走った。


 森の中、木々で影ができ薄暗い所も多いし、日が沈みかけてるけどまだ明るい。

 見つけるのに苦労することはなさそうだ。


 大きな音がする方へ走り続けていると、獣に襲われ、戦っている人の姿があった。

 戦っているのはどうやら女性で、魔法を使いながら獣から逃げているようだ。


 その女性と獣達の間に素早く入り、女性の方を振り向かずに「こいつらは俺が相手します。下がってください」と声をかけ、返事を待たずに獣達の動きを確認する。


 うん、こいつらなら楽勝だ。


 小型の豹フォレストバンサー、森で集団生活をおくる肉食獣。

 森で仕事しているとしばしば出会う。

 素早い動きで獲物を取り囲み、集団で襲ってくる。


 フォレストパンサーは群れのリーダーの指示で動く。

 そいつさえ叩けばあとは逃げる。

 そして群れのリーダーは必ず奴らの後ろあたりにいる。


 奴らの動きを追ってみると……居た! あいつだ。


 他のより一回り身体は大きい。

 あまり動かず吠えて指示を出している。


 俺とその後ろに居る女性を引き離そうとする群れの動きに釣られず、一番後ろで吠えてるフォレストバンサーを見つけた。


 ふむ、なかなか賢い指示を出す奴だ。

 群れを二つに分け、片方は俺を牽制し、弱そうな女性を取り囲もうとしてる。

 だけど、新米の猟師なら勝てるだろうが、相手が俺じゃ運が悪かった。


 右手に龍気を集めつつ、女性を取り囲もうとする群れを蹴りで蹴散らす。

 蹴りを避けようと隊列が崩れ、女性を取り囲もうとしていた集団も俺と奴らのリーダーの間に逃げる。


 よし!


 ハッと息を吐き、右手をリーダーに向かって突き出す。

 魔法ではなく気を放つ。

 軽く込めた程度の気だからリーダーも死にはしないだろう。

 リーダーが死ぬと、残った奴らは死に物狂いで襲ってくる。

 それが面倒だ。


 気の攻撃を受けたリーダーは吹き飛んで木にぶつかった。

 ガッ・・ハッ・・ガッと苦しそうな吐き声を出し、ヨロヨロと立ち上がる。


「どうする。まだやるというなら次は手加減してやらんぞ?」


 リーダーを睨みながらゆっくりと近づく。

 リーダーからの指示を失った群れは、俺とリーダーの顔を見比べるようにキョロキョロしている。だが、たいしたものだ。そいつらは指示さえあれば俺にすぐにでも飛びかかれるよう足に力をためている。


 狩りに慣れた集団だ。

 リーダーからの指示に常時対応できる体制を保っている。


 俺をじっと見ていたリーダーは、俺には勝てないと理解したのか、一声あげて去っていく。群れもリーダーの後を追うように去っていった。


「悪いな。晩飯は他で探してくれ」


 灯りが無いとそろそろ足元も見えなくなりつつある。


 早く家へ戻りたいと思いつつも、女性一人をこの暗い森に置き去りにできるような俺ではない。


「大丈夫ですか? 怪我はないですか?」


 背中のカバンを地面に下ろし、中から松明を取り出し、魔法で火をつけ後ろの女性に声をかける。


「助かりました。ありがとうございます。あのぉ……?」

「それはよかった。ん?」


 大きな木に支えられて立つ女性は片足をかばってる。


「怪我してるようですね。ちょっといいですか?」


 女性に近づき、松明を手渡して足元にかがむ。

 血は出ていないようだ。骨折か捻挫か・・・・・・足首に軽く触っただけではそう痛そうな反応はしないから、多分捻挫だろう。

 と言っても、医療の知識は乏しいから下手なことはできない。

 一度くらい医者に転生しておけば良かったな。


 俺は回復魔法は使えるけど治癒魔法は使えない。サラは得意だけどね。

 外気功のように龍気を使って患部の腫れだけは抑えておこう。


 俺は龍気を練り、患部に手を当てる。当てた手がやや光り、龍気が患部を覆っている。


 龍気を使用するときに気をつけなければならないことは属性の付与だ。

 治癒や回復魔法のような形で龍気を使う時は基本的に”聖”の属性か、”無属性”で使う。だが、この世界には魔族や魔族の血をひく亜人が居る。相手が魔族系なら、”聖”の属性は宜しくない。その際は、治療や回復のときでも”闇”か”無属性”の属性を付与する。


 目の前の相手がどのような属性の種族かは判らないから無難な”無属性”の龍気を使った。


 無属性にした理由には他にもある。

 デュラン族が使用する龍気には様々な属性を付与出来るけど、聖と闇、そして初代しか使えなかったという”特殊な属性”を付与できる者は滅多に居ない。デュラン族のほとんどは無属性か四大属性しか付与できない。


 俺は聖と闇の属性も付与できるし、サラは聖の属性なら付与できる。でもサロモンから「聖と闇の属性はできるだけ他人に見せるな」と言われてる。


 治癒や回復系で使うなら相手の属性に合わせて聖か闇の属性を付与した方が効果は高いのだけど、軽い怪我なら無属性でも十分に効果はある。骨折や捻挫程度なら無属性でも問題ないだろう。


「どうですか? 少しは楽になりましたか?」


 手は離したが患部から目を離さず聞くと、彼女は怪我をした足に力を入れて地面に立とうとしている。


「ええ、随分楽になりましたわ」

「それは良かった。でも治癒したわけじゃないから、帰ったら医者に見せて治療してくださいね」


 そう言って立ち上がる。

 彼女はまだ足元を見ている。


 ふむ、どうやらエルフの女性のようだ。

 少し尖った耳、透き通るような白い肌に松明の灯りが映えて綺麗だ。

 身長はサラと同じくらいだな。多分、百六十センチから百七十センチの間。


 ちなみに俺は百九十センチくらいある。転生史上最大身長だ。

 強く大きくと願った後転生した傭兵時代でもここまででかくなかった。


「あの……貴方はサロモンさんですか?」 


 意外な名が出てきた。

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