3、恐れられる者 (その一)
翌朝、まだ日が上らないうちに起き、泉の森へ行く準備を始める。
サラは簡単な朝食を作り、昼食のお弁当まで用意してくれた。
山を登る時は俺の転移を使うが、それ以降は歩きで向かうことを確認した。
ベアトリーチェとマルティナも、俺の体力消費が激しいと聞き了解してくれた。
準備を終えた四人は山の頂上まで転移した。
ハァハァ……。
ゼェゼェゼェ……。
しゃがんで息を切らしてる俺は、少しだけ休ませてくれと伝えた。
岩に座ってると、これから日がのぼるところが見えた。
遠くに見える山の陰から日差しが徐々に強くなる様子。
夜の黒い空が、紫に変わっていく。
「綺麗だ……」
俺はつぶやく。
皆黙って空の色が変わるのを見守っている。
雲の色が灰色から赤へ、赤から白っぽく変わっていく。
影となった山肌だけがまだ黒い。
こういった風景は過去に何度も見た。
砂漠で、海で、今と同じく山で。
それぞれに違う美しさがあった。
何度見ても、綺麗だ。
美しいものを美しいと感じられる時は幸せな時だ。
気持ちに余裕が無いときはどんなに美しいものを見てもその美しさに心を染めることはできない。感動もできない。少なくとも俺はそうだ。
これから大変なことがあるみたいだが、それでも今の俺には余裕があって幸せなんだろう。
陽の光に照らされるサラの横顔を見ながらそう思った。
二人とももっと幸せにならなきゃな。
「俺はもう大丈夫。さあ行こう」
俺達は目前に広がる明るくなり始めた泉の森を目指して山をゆっくりと下り始めた。
◇◇◇◇◇◇
俺とサラの目の前には、この辺りで生活するエルフの長、ベアトリーチェの父親アルフォンソが居る。その横には、アルフォンソの家族が並んで立っている。
俺とサラには木製の椅子が与えられ、それに座ってアルフォンソの話を聞いている。話の内容は昨夜ベアトリーチェが説明してくれたものとほぼ同じ。ベアトリーチェの話に無かったのは敵勢の詳細。
敵勢は、オーガ二百名を中心とした総勢五千の魔獣部隊。
こちらは俺とサラを加えたエルフ三百名ほど。
うん、数だけで言えば話にならないね。
でも、オーガとは戦ったことがないからちょっと慎重になるけど、話を聞く限りでは魔力が強いわけでもなく、力が強いだけではないかと感じた。魔獣なら五千が一万でも負ける気はしない.
逃げられないように戦う場所さえ選べば問題ない。
アルフォンソは、こちら側のエルフには攻撃系魔法を使える者は百名ほど、支援系魔法を使える者が百名、治癒・回復魔法を使える者が五十名ほど、結界魔法を使えるのは僅かだと説明した。
地図を見せて貰いながら、敵の進行ルートを確認する。
この村へ至る途中のさほど深くはないが谷間を通る地点を指差し、この地点へ到着する予定はいつなのかを聞いた。
「今晩か明日の朝には、通過するだろう」
「では、結界魔法を使える方を四名を選んでください。その方達と俺とサラがそこへこれから行きます。今から行けば確実に敵の通過前には到着するでしょ?」
「ああ、偵察の者の報告では、そこに到達するのは早くても今晩だからな。しかし、君の案では少なすぎるのではないか?」
まあ、心配するよね。
敵の侵攻を結界で抑えても、四名じゃさほど長くはもたない。そもそも敵を減らす手段を伝えていないのだから、怪訝な表情するのも当たり前だ。
「その谷で俺が敵を殲滅します。ですから、俺に同行する方の他は、谷から逃げた者の掃討の準備をしてください。もし俺が失敗しても、その谷からならここまで敵の侵攻が進む間に逃げる時間はあるでしょう」
でも心配はいらないですよと添えた。
「兄に任せていただけませんか? できないことを言う兄じゃありません。と言っても兄の力を見たこともない皆さんは心配でしょうね。本来ならお見せした後のほうがいいのですが、今は時間がありません。兄が言った通り、失敗しても逃げる時間はあります。ですから、結界を張る方の他に状況をすぐ報告できる方を一人お連れできればと思うのですが……」
サラが俺の案を後押ししてくれた。
大丈夫、サラの信用を裏切ることはない。
「お父様。結界魔法でしたら私が行きます。残りは私が選びます。そして、ランベルトお兄様に同行していただき、状況の確認とお父様たちへの報告をしていただけたなら良いのではないでしょうか? お兄様は誰よりも早く移動できる方です。いかがでしょうか?」
ベアトリーチェの発言を聞き、アルフォンソは考え、そして決断した。
「宜しい。ゼギアス殿の力の片鱗を見たベアトリーチェが言うのだ。ゼギアス殿の案を採用しよう。ランベルト、お前も同行しなさい。ベアトリーチェ、お前は結界魔法要員を選びなさい。いずれにしても他の部族からの援助が期待できない以上、ゼギアス殿の力に縋るしかないのだ。ゼギアス殿が申されたように、避難の準備だけは怠らないように。それはブリジッタ、お前がやりなさい。最年長のお前なら顔も広く、皆も指示に従うだろう。では、ゼギアス殿、サラ殿、宜しくお願いいたします」
うわぁ、まがりなりにも部族のリーダーから殿とか言われちゃった上に頭まで下げられちゃったよ。
傭兵時代にあった貴族とは違うね。貴族なら、命令は聞いて当然って態度だったものな。宜しくお願いなんて言われた記憶もない。
そもそも部族のリーダー自ら戦況説明してくれたのが驚きだ。
通常は、部下の誰かが説明する。
「お任せください。こちら側の被害は出しませんよ」
立って頭を下げる。
「お兄ちゃん、力は加減するのよ? 敵の殲滅程度で抑えないとダメよ? 」
サラが心配して小声で俺の無茶を止めようとしてる。
ああ、判ってる。谷を大きく壊すような真似はしない。
多少は仕方ないけどね。
「安心しろ。判ってるからさ」
・・・・・・
・・・
・
「聞こえたか? 力を加減しろとあの者の妹は言ってたぞ」
ベアトリーチェの兄ランベルトが疑いの声を出した。
「もし本当なら、ベアトリーチェ、お前はどんな化物を連れて来たのだ」
アルフォンソも疑ってる様子がありありと判る態度で口にする。しかし、ベアトリーチェの態度は毅然としたままでゼギアス達への信頼を少しも損ねたところがない。
「お父様、お兄様、私は信じますわ。マルティナ、ラニエロ、二人共私に同行してください。マルティナ、あと一名結界魔法を使える者を連れてきてくださいね」
マルティナとラニエロの二人は跪き、了解の旨を伝えた。
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