1、歩く女難 (その四)

「サラ、俺は旅に出たい」


 サロモンの葬式を済ませ、遺体を墓に納めたあと家に戻ってからサラに伝えた。

 サロモンの意識がまだあった頃、世の中をしっかり見てどう生きるか生きるべきかよく考えなさいと言われた。その時からずっと考えていたんだ。


 もちろんサロモンが亡くなる前提でではない。

 回復したとしても旅に出ようと考えていた。


 ただ、サロモンが回復していたらサラのことを任せられただろう。

 でも、もう居ない。


 俺はもう十七歳で一人でもやっていける自信があるが、サラは女でまだ十四歳。十五歳になれば成人として認められ結婚はできる。サラはまだ子どもっぽさの残る可愛い子にすぎないが、もう数年も経てばかなりの美人になるんじゃないか。結婚相手に欲しいと求められるんじゃないかと兄の贔屓目を抜きにしても整った顔をしてる妹の顔を見て思う。

 酷い顔と言われたことはないけど、格好いいとか美しいという表現はされたことのない俺の妹として、血の繋がりを疑われても仕方ないくらい。


 家事も万能だし、頭のできも俺よりは良い。あまり賢いと生意気な女と見られ結婚相手としては敬遠されるかもしれないなどと心配もあるが、相手に合わせて能力を見せないしたたかさもあるからうまくやれるんじゃないかと思ってる。


 サラは俺の自慢の妹だ。


 ちなみに……魔法や龍気の腕もなかなかのもの。

 体術は俺のほうが全然強いけど、サラもかなりなもの。

 山賊を相手にしても一人や二人なら負けないだろう。

 俺はサロモンにきっちり鍛えられたからサラに負けはしないけど、油断したら痛い目に遭う。


 だからそこらの魔獣や敵対的な亜人と出会っても命はもちろん怪我する心配もない。


 だけど、いくらしっかりしているとは言え、多分、心配はないとは言え、妹を一人残して旅に出るというのもどうなんだろ?


 そうは思うが、やはり旅には出たい。


「いつ行くつもりですか?」


 サラは俺の目をしっかり見て聞いてきた。


「一応、多少は旅費を貯めてからと……そうだな……次の冬が終わったら行こうかと……」


 俺の返事を聞いてサラは少し考えている。

 頭の良いサラのことだ。

 俺がどうやって旅費を稼ぐつもりか考えてるのだろう。


「お兄ちゃんは人里と山とどちらで稼ぎを得るつもりですか? 」


 人里でというのは、農家や土木作業の手伝いで、山でというのは、珍しい獣の皮や里の傍では取れない高額な薬草取りのことだろう。安定した稼ぎを計算できるのは人里だけど生活に必要なお金を除いたら貯められるお金は微々たるもの。だからいつもは入らない奥まで深く入った山のほうが稼げるだろうと思い……。


「山にするつもりだ」

「それじゃ生活に必要なお金は私が稼ぐから、お兄ちゃんは旅費を二人分稼いでね? 」

「……」

「……」

「二人分?」

「ええ、二人分」

「……」

「……」

「サラも旅に出るつもりなの?」

「お兄ちゃん一人を旅に出すなんてそんな無謀なことを許す妹だと思ってたの?」

「……無謀?」

「ええ、無謀よ」


 サラはいい笑顔で即答した。


 サラの後ろの窓から綺麗な月が見える。

 その月は、サロモンが俺を笑ってるように感じた。


「……どうしても無謀?」

「ええ、無謀以外のナニモノでもないわね」


 サラの口調からはごく当然という自然さしか感じない。


「でも……俺もいろんなこと知ってるのは判ってるよね?」

「お兄ちゃんがいろんなことを知ってることと、お兄ちゃんを一人で旅させて良いかは別の話よ」

「……それはどういう……」

「お兄ちゃんがサロモンも知らないことを知ってる理由は判らない。きっといつか教えてくれるって信じて今は聞かないであげる。でも、お兄ちゃんが女の子に弱いとか、女の子に甘いとか、女好きとか、私が知らないとでも思ってる?」

「え?」

「里の未亡人から色目使われても、さあいつ遊びに行こうかなんてお兄ちゃんが考えない……そんなこと私は信じないわよ?」

「え?」

「お兄ちゃんを一人旅させたら、近場の遊女に捕まって身の回りの世話させられて……遊ばれてお金使い果たして……半年程度で帰ってくるに決まってるわ。下手したらお腹が大きい遊女も一緒にね!」

「……も……もう少し兄を信用してもいいんじゃないかなぁ?」

「お兄ちゃん!」


 キッと鋭い視線に、これは来る! と感じた俺は背筋を伸ばした。


「はい!」

「お兄ちゃんが自分から女の人を誘うとは思わない。覗きや痴漢行為をするとも思わない。もちろん犯罪行為もしないでしょう。でも、相手から誘われたら断れないでしょ?」

「そんなことは……ない……よ? ないと……思うような思わないような……」

「お兄ちゃん。私サロモンからきつく言われてるの」

「なんて?」

「ゼギアスは女に弱い。サラが見ていてもダメかもしれない。でも見ていなければ酷い目に遭う気がしてならない。だから、あいつに寄ってくる女にはできるだけサラが目を光らせてやってくれ」


 サロモンの口調を真似してサラが話す。

 そんな歩く女難みたいな評価しなくていいと思うんだ。


「……余計なことを……サロモンめ……」

「サロモンが知らないことも私は知ってるのよ? お兄ちゃん」


 ヤバイ。

 サラの目つきが怖い。


 しかし、どのことだろう……。


 猫人のお姉さんともう少しで大人の階段登りそうになったことか?

 あれは残念だった。

 さあ服を脱いで本格的に、というところで弟ちゃんが帰って来ちゃったんだ。

 裏の窓から飛び出して軽く足を挫いたんだよな。


 それとも狐人の未亡人に誘われて……豊かな胸に顔を埋めて昼寝しちゃったことか?

 あれは気持ち良かった。

 またおいでって言ってくれたし、行くつもりだし……。


 あと……どれだろう……?

 何か嫌な汗かいてきた……。


「えーっと、判った。んじゃ高く売れそうな薬草探すよ? 魔獣に出会ったらついでにその皮取りもする。それでいい?」

「冬越しの分も考えてね。これからは節約するよ。里での買い物は私がする。いいわね?」

「え?」


 つまり、猫人さんや狐人さんと里で会う機会は失われるの?


「判ったの?」


 サラ、顔が近い、近いよ。

 いくら可愛くても、そんな怒った顔を近づけられると怖いよ。


「……はい」


 さらば、猫人のお姉さん。

 さらば、狐人の未亡人さん。


 二人共綺麗で色っぽい女性だったなぁ……。


 今度会えるのはいつになるのかさっぱり判りません。

 俺は妹の視線が怖いので薬草取りに励みます。


「でもさ? 俺が女の子と遊ぶのがどうしてそんなにダメなの?」


 この世界では、異性間の性的な関係はまったく特別なことじゃない。

 地球で、仲のいい異性の友達と外食する程度の感覚でキスもすれば身体も重ねる。


 前世を生きた地球でなら乱れてるとかふしだらだとか、お母様方がどこを見ても大騒ぎして日々の生活が成り立たない世界。


 だけどこの世界ではそれが当たり前。

 日常的な社会。


「お兄ちゃんは結婚してもいい年だし、養っていけるなら奥さんの二人や三人持っても構わないわよ。愛人を持ってもいい。女遊びだってほどほどにするならいいわ。でも、お兄ちゃんは女の人を見る目が甘い。甘すぎる。もうアマアマでお話にならないのよ」

「そうかなぁ……?」


「お金使い荒過ぎるのがバレて縁談全て断られ続けて、そろそろ年齢より断られた回数のほうが多くなる猫人のお姉さんとか、家事は一切せず一日中酒を飲み、更に酒癖が悪すぎて……旦那さんが早く亡くなって向こうのご家族に同情されてたけど、結局は離縁させられた狐人の未亡人とか、いくら美人でまだ若くて色っぽいからと言っても絶対にありえないわ! あの辺りと関係作っちゃダメ」

「……」

「他にも聞きたい?」

「サラ」


 俺は再び背筋をキッと伸ばし直して正座した。


「何よ」


 少し呆れつつ、可哀想な人を見るような目で見ていたサラが俺の言葉の勢いに少し引いたように返事する。


「心からありがとう」


 歩く女難は十四歳の妹に素直に深々と土下座した。

 あんなに素直で綺麗な土下座はあの後も見たことはないわと後にサラは笑った。


 どうやら何度転生しても女性を見る目は養われていなかったようだ。

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