1、歩く女難 (その二)

「お兄ちゃん起きて! サロモンが起きる前に水汲み済ませておかないと怒られるわよ!」


 目を開けると、自分を起こそうと力いっぱい俺の体を揺らす妹サラの顔が見える。


「ああ、サラ、おはよう。そんな時間か……。サラは毎日早起きできて偉いね」


 片手で目をこすりながら身体を起こして言うと、


「何言ってるのよ。私が起こさないとお兄ちゃん起きないからじゃない。お兄ちゃんが寝坊しないなら、私だってもう少し遅くまで寝ていたいわよ」


 腰に手を当て頬を膨らませてサラが怒る。

 十日のうち九日はサラに起こされるのだから、怒られるのも仕方ない……とは思うよ。


「そう怒るなよ。でも、サラは怒った顔も可愛いからいいけどね」

「誤魔化されないわよ~お兄ちゃんが水汲み済ませてくれないと、朝ご飯の用意遅れちゃうでしょ。それに……」


 家事にすぐにも取り掛かれるよう着替え済みのサラは、ブツブツと説教を始める。

 毎日同じことを繰り返すんだけど、俺が直さないのだから言われても当然か。


 「ハイハイ、毎日ありがとうね」と苦笑しながら俺は作業着を着て、くるまっていた厚手の毛布をたたんだ。木のベッドに腰掛け、靴を履く。 


「そっかぁ、サラの作るご飯は美味しいからなぁ。んじゃ行ってくるよ。サロモンの小言も聞きたくないし」

「うん、気をつけてね」


 掘っ建て小屋に毛が生えた程度の家を桶を持って飛び出し、少し離れた井戸へ向かった。


 明日からは寝坊しないよ、きっと……多分しないから、サラの小言も減るでしょ。

 何故なら昨夜見た夢で前世の記憶を全て取り戻したから。

 ここ数年毎夜続いた夢が昨夜で終わった。


 昨夜で終わったとどうして言えると聞かれたら、夢の終わりに”to be continue”のような言葉ではなく”さあ、新たな挑戦を始めなさい!”と言われたからだ。


 その声が神の声なのか、それとも俺の内なる声なのか判らないけど、転生を繰り返した際に見る前世の夢は毎回その言葉で終わる。今夜からはもう前世の記憶が夢に出てくることはないだろう。


 今回の人生はどうなるのだろうと 井戸から水を汲みながら俺は考えてる。

 でも心配したところでなるようにしかならないんだよな。

 転生を繰り返していろんな経験し、似たような状況に出会っても社会の状況や相手が違うから以前の経験が必ず活きるとは言えない。活きる機会もそれなりにあったから無駄とはまったく思わないけど。


 実際、今回の転生先が地球上のどこかの国とは思えない。


 科学が発達した二十一世紀の未来に、今生活している古代や中世時代のような時代が再び来るとしたら、人類が滅亡しかけるほどのことがあったとしか思えない。

 そこまでの事件が起きたとしても、人類が生き残っていれば、技術的な進歩の跡は残っているはず。

 しかし、そんな気配はどこにも無い。

 だから、ここは地球じゃないと思うんだ。


 それにこの世界には魔族もいれば亜人も居る。


 地球とは別の世界に転生したと考えなければ、この世界の法則も理解できない。地球で魔法と呼ばれた……地球で話したら物語の世界にしか存在しない……妄想として一笑に付されてしまうような力がこの世界にはある。


 まあ、この世界のことは既にある程度知ってるから、地球じゃないことくらい難しく考えなくても判るんだけどね。


 俺も魔法使えるし、龍気という力も持っている。まだうまく使えていないけれどサロモンが訓練してくれている。妹のサラも魔法も龍気も使える。


 あ、この世界での俺は人と変わらない姿をしてるけど、地球で言う人間とは違う種族らしい。


 ”呪われた一族”と呼ばれるデュラン族の末裔。

 それが俺とサラが属する種族。


 大昔に白の神と黒の神という二人の神が居て、この世を統べていたらしい。

 その神の眷属白の種族と黒の種族が、人間や獣人や魔族を支配していたとのこと。


 白の種族は、いわゆる聖の力を持っていて、黒の種族は闇の力を持っていたらしい。巨大な力を持つ二つの種族は他の種族を巻きこんで長い間争っていた。が、ある時、白の種族の皇子と黒の種族の姫が愛し合い結ばれ争いを止めた。


 だが、二人から生まれた子は聖の力も闇の力も持たなかった。更に、二人の間に子供が生まれると、白の種族も黒の種族もそれまで使えた力を失った。白の種族からは全ての力が失われて人間と変わらない種族となり、黒の種族もそれまでとは比較にならない程度の弱い魔法しか使えなくなってしまった。


 神が怒ったのだと。

 神が力を奪ったのだと。


 人々は生まれた子を呪われた子と呼び、皇子等とともに追放した。

 殺してしまえという声もあったが、神がそのことでもまた怒るかもしれないと考え追放で済ませた。当時の世界は過酷で、夫婦と子供一人で生きられるとは誰も思わなかった。どこかで勝手に野垂れ死ぬだろうと思われていた。


 だが、黒の種族の中には、争いを止めるために皇子達が結婚したことに感謝する者も居て、追放された皇子達をこっそりと助けた。皇子達は市井に紛れ、その血筋も細々と続いた。ちなみに白の種族と黒の種族は、その後長い歴史の中で人や獣人等と交わり、今では消えたと見られている。



 黒の種族の姫と結婚した皇子の名がデュランだったため、その後その血筋の者達をデュランの一族とかデュラン族と呼ぶようになった。

 白の種族と黒の種族が消えたのにデュラン族だけがその存在を今も認められているのには訳がある。

 白の種族の”聖の力を自由に使える”という特徴、黒の種族の”闇の力を自由に使える”という特徴を持つ者は居なくなった。だが、デュラン族と呼ばれるデュランの子孫には”龍気”という特殊な力があった。

 その龍気を使う者が稀に確認されている。だからデュラン族は生き残っていると考えられている。


 気を使った技術を持つ者は大勢居たが、龍気には他の気と異なる点があった。


 他の気が、気功で言う内気功や外気功の概念範囲を越えないモノであったのに、龍気は別物。

 気功でできることは当然できるし、その上、四大属性と言われる火、水、風、土の属性魔法で可能なこともできた。デュラン族の中には聖や闇の属性の龍気を使える者も僅かではあったが過去には居たらしい。聖や闇の力を使えると言っても、白の種族や黒の種族のように自由に使えるわけではなかったらしいが。


 ちなみに龍の名がついているのは、龍気が持つ一つの逸話があるからだ。

 デュラン族最初の者……つまり白の種族の皇子と黒の種族の姫との間に生まれた子は龍気を使って龍と意思疎通できたという逸話。

 龍と会話できる気……だから龍気と呼ばれてるらしいが、初代以外で龍と会話できた者は居ないらしい。初代だけが持ち、それ以降のデュラン族には発現しなかった”特殊な属性を持つ龍気”だったからだろうと今では言われている。



 その他にも、デュラン族には他の種族には無い特徴がある。

 外見は人間とまったく変わらないのだが、人間よりも長命でおよそ二百年は生きる。

 エルフの寿命も同じくらいなので、寿命に関しては人間よりも亜人に近い。


 人間が魔族との間に子を作ると、魔族の特徴が出る場合が多い。

 肌がやや青みがかったり、時にはほぼ魔族と同じような特徴……例えば羽を持っていたり……を持った子が生まれる。

 だがデュラン族と魔族や獣人との間の子は、デュラン族の特徴が強く出る。

 外見に限れば、人間とまったく変わらない子が生まれる。

 能力では、親の特徴を受け継ぐ子も居る。変身の能力を持つ魔族との間に生まれた子が変身の能力を持っていることもある。ただし、デュラン族固有の能力以外は孫にまで引き継がれることは滅多にない。


 俺とサラはデュラン族らしい。

 それは親父が死ぬ間際に教えてくれた。

 親父が教えてくれたことがどこまで本当かは知らない。


 ただ……軽々しく話すなときつく言われた。

 大怪我を負って今にも死にそうで、弱々しく話していた親父が、そのことを言うときだけは言葉にも目にも力があったから、きっと本当のことなのだろう。いや、本当かどうかは別として、親父は信じていたのだろう。


 今では神話のように話されることが、自分の身に関係することだと言われてもピンとこなかった。


 デュラン族しか使えないという龍気を俺もサラも使えるのだから、すべて本当とはまだ思えないけど、親父の話はまったくの嘘ではないと今は思ってる。

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