第8話 鋼鉄人形ロクセ・ファランクス

 私たちは川を超えてロクセ・ファランクスがあるという天然の神殿へと向かっていた。


「大佐。今からどうするんですか?」

「勿論、鋼鉄人形を回収しますよ」

「回収できなかったらどうなりますか?」

「帝国と共和国で全面戦争になる可能性があるね。そうなれば共和国側の敗北は必至ですよ」

「帝国はそんなに強いの?」

「ええ、共和国軍では歯が立ちません。メル、貴方の役目はロクセ・ファランクスを動かし回収に協力することです。それが全面戦争を回避する唯一の方法になります」

「よくわからないけど……私が頑張ったら戦争は終わるんですね」

「ええそうですよ」


 大佐は笑っている。ひょっとしたら騙されているのかもしれない。そいう危惧はあったけど今は信じるしかない。

 木々に囲まれた天然の神殿には、思いのほか簡単に侵入できた。しかし、最も内側の木は切り倒され、ロクセ・ファランクスがむき出しになっていた、表面はコケに覆われ、所々錆び付いているようだった。


 ロクセ・ファランクスは片膝をつきしゃがんでいる。

 その周りには共和国軍の兵士が取り囲んでいる。胸の周りをガンガンと叩き何やら話していた。


「操縦席の扉が開かない。悪魔の歌姫はまだ来ないのか」

「今、位置を見失っている」

「あのガキふざけやがって。終わったらめちゃくちゃに犯してやる」

「魔女の一族なんて本当かな?」

「男をたぶらかす魔性の女だ。引っかかるなよ」


 私はこの国ではそんな風に思われているの?

 彼らの言葉は私の心に深く突き刺さる。

 涙が出てきそうになるのだけど、必死にこらえた。


「さあ、メル・アイヴィー。歌うんだ。君の歌でロクセ・ファランクスを目覚めさせるんだ」

「私にできるかな?」

「大丈夫だよ。精霊の歌姫。彼はきっと君の歌に応えてくれる」


 大佐はそう言って私が首に着けていたチョーカーを取る。そしてそれを私の左手首に巻いてくれた。私の心の中のもやがスッと晴れ渡る感覚があった。


 天の御神とそれに仕える精霊たちよ

 私の祈りをお聞きください

 私たちの魂の故郷であるこの森をお守りください

 この森の守り主よ

 貴方にお願い申し上げます

 私の歌をお聞きください

 そしてこの聖域を侵すものに裁きの鉄槌をお与えください


 私は歌っていた。思い出した。自分を取り戻した。

 私の胸から溢れる感情は天高く駆け上った。

 そして目の前にいた鋼鉄人形ロクセ・ファランクスの目には光が宿り、彼はぎしぎしと音を立てながら動き始めた。


「この歌は誰が歌っている」

「鋼鉄人形が動き始めた。誰も乗っていないのに信じられない」

「そこにいる三人だ。捕まえろ」


 十数名の共和国軍兵士が動き始めた時にはララちゃんと大佐は既に動いていた。ララちゃんは拳銃とレーザー剣を巧みに使い、大佐は格闘技だけで次々と兵士を倒していた。二対十数名の戦いは一分も立たないうちに決着がついた。


 逃げていく兵士が二人。何か通信しているようだけど内容はわからない。


「メル。君はあのロクセ・ファランクスに乗って所定の場所まで運んでほしい。場所はララが知っている」

「大佐は?」

「僕のことは気にしなくていいよ。じゃあ」


 手を振りながら大佐は消えてしまった。

 ララちゃんは私をお姫様抱っこしながらジャンプする。鋼鉄人形の胸はぽっかりと扉を開け、私たちはその中の操縦席へと入った。


私は席へ座り、ララちゃんは私の膝の上に座る。


「何処へ行けばいいの?」

「ソノ前ニ、敵ガ来タゾ」

「敵?」


 目の前のモニターに二体の人型兵器が着陸した。淡い紫色の機体は盾を構えレーザー剣を抜いている。

 

「手ニ入レラレナイナラ破壊カ。残念ナ奴ラダ」

「ララちゃん。どうしたらいい?」

「両手ヲクリスタルノ上ニ置ケ。ソシテ祈ルンダ。アノ敵ヲ倒セト。鋼鉄人形ハ意志ノ力デ動ク。遠慮スルナ。メル」


「うん。わかった」


 私はクリスタルに両手を乗せ歌い始めた。


 天より遣わされた戦神の権化たる人形よ

 侵略者を退けたまえ

 我らに安寧の地を

 かの敵には涅槃の楽園を与えたまえ

 斜線の光にて打ち払え


 私の歌に応えロクセ・ファランクスは動き始めた。

 ロクセ・ファランクスは、レーザー剣を抜き迫りくる敵の攻撃をかわして蹴散らした。一機は頭部を破壊し、もう一機は投げ飛ばして地面にたたきつけた。


 二機の戦闘人形は沈黙した。


「ララちゃん。どこに行くの」

「座標ハ入力済ミダ。テレポートスル」

「どうしたらいいの」

「鋼鉄人形ニ従エ」


『テレポートの準備完了しました。ドールマスターは所定の位置へ固定。大量に霊力を消費します。ご注意ください』


「え? どうしたらいいの?」

「心配ナイ。大丈夫ダ」

「うん。わかった」


『所定座標へのテレポート開始します』


 私たちは眩しい光に包まれた。私の意識はそのまま途絶えてしまった。

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